夕焼けの空の中で3〜彼女の夕焼けと招かれざる者〜
真っ赤に染まる長い廊下を、濃い紫の髪をした少女は歩く。
「…もうすぐーー私の時間は、終わっちゃうなぁ」
独白のように少女は告げ、歩みを止めると、窓から外を見る。
少女の背丈はさほど高くはないが、窓に半身を押し付けるように覗きこんだ為、胸が多少潰れ、窓に押しやられる。
「……不思議…風景がーー綺麗。見飽きるくらい見た筈なのに、凄く綺麗」
少女は吐息を漏らす。窓から見えるのは、夕日に包まれた街並み。
行き交う、学生服とジャージの生徒ーー喧騒に包まれたこの空間が、少女だけは…まるで切り離された空間のように、静けさが漂う。
急に、少女は紺のスカートを翻し、廊下を歩き出す。
階段へと向かい…上の階へと視線を向け、軽く首を振ると、下へと降りていく。
「零司君…結局…午後は来なかったなぁ。またーーあの世界にーー」
少女はゆっくりと階段を下り、そんな事を言いながら…少し広いエントランスへと足を進ませる。
喧騒はーー次第に遠ざかり、少女は特に何もせず、歩みを止める事もない。
靴音を響かせーー
「こんにちは…こんばんは?かもしれませんね」
背後から、声が響く。エントランスに反響するような、穏やかな声音が少女の歩みを止める。
少女は背後を振り返り、そこには…漆黒のタキシードに身を包み、耳を隠すほどの長さの、鮮やかな金髪の青年がそこにいた。
穏やかな表情を携え、優雅に腰を折り、執事を連想させるような振る舞いで、少女へと挨拶をする。
「……誰だろ?あの〜私の知り合い…じゃないですよね?ごめんなさい。私その…英語とか話せないですよ…」
「ええ、知り合い…ではないですね。英語?ああーー言葉はこのままで結構です。安心して下さい」
そう言いながら、にこやかに笑い。長身の細身の男は…少女へと、ほんの少しだけ近付く。
「時に、貴女様…姫をご存知でしょうか?気配はあるのですが…いやはや、どこにいらっしゃるか……まるで見当もつきませんので、困っていたのです」
細目…いや、もはや閉じているような…そんな細長い目蓋は、顔の微笑みを崩さず少女の顔を目前にまで捕らえる。
「ええと……姫??あの、何かの演劇ですか?それだったらーー」
「ーー匂いがしますね。やはり、貴女様からーーそう、甘美な匂いがします」
薫りを嗅ぐような…そんな手の仕草で、男は少女の周囲の空気を吸い込む。
「え!?……私…帰らないと行けないので…これでーー」
いつの間にか少女は、ジリジリと男から後退していた。足を後ろにやり、大股で一歩後退するが、男は距離を詰めるように少女へと近付く。
「ひ…人を…呼びますよ?それ以上ーー」
「成る程。貴女様ーー契約ーーしませんでしたか?」
その問いに、少女の表情は一瞬で険しくなる。
「ーー貴方…誰なの?何者?どうして、それをーー」
男は、いつの間にか少女の肩に手を置き、少女の体が、跳びはねるように一度動く。
「…契約者よ。ほんの少しーー夢を見てくださいね」
そんな事を言われ、少女の体は震える。ビクビクと体が痙攣するように動きーー
「は…う…ん、あ…あぁ」
少女は、少女の声とは思えぬような…甘い、艶かしい声音と吐息を漏らしながら、ゆっくりとーー床に膝をつく。
「い…あ…だ…め…あ、あぁ」
「ククク…さてーー参りましょう。貴女様ーー脆弱な人の子であり、同時にーー穢れすらなき乙女。ククク…こんなに甘美な匂いと、餌が手にはいるなどーー我の天運か」
少女は、そのまま床に倒れーー体を震わせる。
男は、そっと少女の背中に指を這わせーー少女は、背中を仰け反らせるように一度動くと、そのまま眠ったように動かなくなる。
「さあ、行きましょう。最高の舞台を見せてあげますよ」
男は、口を吊り上げーー笑った。
笑ったまま、少女を抱き抱えると床を蹴りつけ、宙にフワリと舞い上がるとーー
そのまま、幻のように消えた