第8話 普通なんてこの家にはない
土曜日の朝である。
ここは弟の部屋。弟はベッドの上で死んだように眠っていて、起きる気配がない。早朝5時まで姉の愚痴に付き合わされていたのだから無理もないが。
「そーっと…」
静かにドアを開けるのはいいが、自分で口に出していたらあまり意味がないのである。
そんなわけで、妹登場。一体何をするつもりなんだ?
「しー!!静かにして天ちゃん!!お兄ちゃん起きちゃったらどうするの!!」
ナレーションの声は寝ている時には聞こえない周波で出しています。それよりいつの間に私は天ちゃんになったんだ。
「天の声って長いから天ちゃんでいいじゃない」
直しそうにないから天ちゃんでいいが、妹の声が一番大きいのである。
「うーん…」
弟が動いた!!妹、視界に入らないところに素早く身を隠す!!弟、まぶたを開かない!!これは…まだ寝てるのか。
「…あ」
あ?
「……姉貴の馬鹿野郎…」
本当に寝てるのか!?なんて現実味を持った寝言を言うんだ弟くん!!いっそのことお姉ちゃん大好きとか言ったらそれはそれでウケるのに!!
妹が出てきた。弟の横に立つとしばらく考えてから、ドアの近くまで後退する。
「とう!!」
助走をつけて弟の上に飛び乗った!!
「ぐほっ!!なんだ!?」
弟が起きた。妹はこれがしたかったのか。
「重い!!出る!!内蔵出るからそこをどけ!!」
「え〜」
妹、その辺でやめないと放送できなくなる。
「は〜い」
「…なんで天の声の言うことは聞くんだ」
私が猛獣使いだからである。
「猛獣じゃないよ。可愛い小動物だよ」
動物の部分は認めるのか。
「どけ…。マジで中身出てくるから」
「は〜い」
妹がやっとどいた。弟が頭を押さえて起き上がる。二日酔いですか?
「そのとおり。あの姉貴人間じゃねぇ…。ざるだ、ざる」
そんなに凄い呑みっぷりだったのか。
「一般人ならアル中で倒れるぐらい」
………。
「で、鈴はなんで俺の部屋に来て、寝てる俺の背中に大ジャンプしてんの?」
「心地よく起こしてあげようと思って」
「心地よくねぇよ!!なんで大ジャンプ!?普通の起こし方しろよ!!」
「普通って何?」
妹、よくぞ気がついた。普通って何?普通って言う人に限って変なのが多い…。
「うるせぇ!!何語り出してんだ!!普通っていうのはなぁ」
弟が立ち上がった。妹を抱えて今まで自分が寝ていたベッドに寝かせると、弟は枕元に立った。
「おい、鈴、起きろ」
妹を使って実演するのか。
「え〜、もう朝なの?」
ノリいいな妹。
「もう起きないと遅刻するぞ」
「あともう少し…」
妹がこう言ったところで弟が揺さぶった。
「起きろ。遅刻する気か」
「いいよ。遅刻したらお兄ちゃんがひき止めるから家出るのが遅れたって言うもん」
「やめろ!!教師からいらん誤解を受けそうなことを言うのは!!」
「言った時の先生の反応が面白いのに」
「おま…マジでやってるんじゃないだろうなぁ?」
「えへ♪」
「何てことしてくれんだ!!」
で、普通って何?途中から演技忘れてただろお二人さん。
「…気のせいだ。それよりもこれだけ騒いでたら来そうな姉貴が来ないな」
「もう会社行ったよ」
道理で静かだと思った。
「…姉貴今日会社だっけ?」
「急遽会議が入ったとか言って7時頃」
「…今何時?」
「9時すぎ」
「ヤベ!!講義遅刻する!!」
二日酔いの酒臭い状態で行くつもりか弟。
「…行かなくてもいいか」
「え!?じゃあ今日はあたしに付き合ってくれるの!?」
妹が服の端をしっかり握って、目をキラキラさせて弟を見上げる。弟の顔が渋くなってきた。
「…ちなみにどこに付き合わせる気だ?」
「竹下通り!!」
妹の嬉しそうな顔で悟ってしまった。これは絶対に弟に買わせる気だ。
「うんよし!!」
「行ってくれるの!?」
「講義に出よう!!」
弟は金がないんだな。
「俺は一言もそんなこと言ってないからな!!さぁ着替えから出ていけ!!」
「…図星?」
妹は部屋から放り出されたのだった。
姉が出てきませんね。ざるな姉が。多分次は出てくるのでは?