第7話 台風上陸する、かも
金曜日の夕方である。
弟が一人、家でごろごろしている。それにしてもこの弟はいつ大学に行っているのだろうか。
「行ってるよ。夕方に授業がないだけでちゃんと行ってるから、ニートだと誤解されそうなこと言うのやめろ」
すでに夕方ですが、今日の夕飯は作らないのですか?
「今日は姉貴が早く帰って来れるから外食だ」
だそうだ。
「何!?俺はお前の代弁させられてたのか!?」
気のせいだ。
雑談をしていたところに呼び鈴が鳴り響いた。弟が出ていくのである。…ほら行け弟。
「なんで命令すんだよ!!」
文句を言いながらも弟は渋々出ていく。
「どちら様ですか?」
ドアを開ける前に一応確かめる。
「宅急便でーす」
覗き穴の死角になっているところにいるらしく、人の姿が見えないが大して気にもせず弟はドアを開けた。…何もいない。少しずつ視線を下にずらしていくと…いた。
「やっほー」
「やっほー…って、鈴!?なんでいんの!?」
いたのは宅急便ではなく、十歳ぐらいの少女だった。声で気づけよ。
「なんでお前につっこまれなきゃいけないんだ!!」
「この声何?」
どうもこんにちわ。ナレーションこと天の声です。ちなみに「天の」が苗字で「声」が名前。
「天の声で一つの名前だったのか!?」
嘘である。
「嘘つくんじゃねぇよ!!」
それはいいけれど弟クン、鈴の説明しないと幼女と戯れる変な大学生だと思われるよ。
「天の声だろ!!自分でやれよ」
むしろ変な大学生の設定でいいと思う。
「俺がしないとその設定のままなんだな!?分かったよ!!これは妹の鈴!!見知らぬ幼女じゃねぇ!!」
そういえばどことなく姉に似ている。
「遅い!!」
「ねぇ、お兄ちゃん」
妹が弟の袖を引く。
「鈴じゃなくて、りんちゃんて呼んで♪」
どこかで聞いたフレーズだ。
「…姉貴に似てきたな…」
弟がため息をついた。ところで弟、妹出てきたけど兄じゃなく弟のままでいいですか?
「どうせ直す気ないだろう…」
分かってるじゃないか。
「お前はどうして俺に対してはあくまで高飛車!?」
気のせいである。
「二回目だから…」
それも気の…。
「分かった!!分かったから鈴とまともに会話させろ!!」
ご自由にどうぞ。
弟が深々とため息をついてから、妹を見た。
「鈴、一人で来たのか?」
「そうだよ。小学四年になったらこれぐらいはかる〜く」
「軽くないから!!新幹線乗らないと来れない距離だから!!」
「え〜。…じゃあお兄ちゃんに会いたいあまりに!!勢いのままに!!」
「鈴ならマジでやりそうなところが怖いから。母さんとかに言ってきたのか?というか、学校は?」
「学校終わってから速攻で来てみた。学校は創立記念日とかで火曜日までお休み。その間よろしくお兄ちゃん」
見ると妹の足元にドラムバッグが無造作に置かれていた。なんて用意のいい…。
「ちょっと待て!!親にちゃんと言ってきたか!?これで家出でしたとか、笑えないからな!!」
「大丈夫だって。ほらこれ」
ドラムバッグから紙を取り出す。妹が声に出して読みあげた。
「火曜日まで鈴、よろしくBY母」
「母さん!?なんてテキトーなんだ!!迷ったりしたらどうするんだよ!!」
「それも大丈夫。いざとなったら交番に行けばなんとかなるって。お兄ちゃんの名前と電話番号教えればちゃんと迎えに来てくれるって言ってたよ。お母さんが」
「何してんのあの人!?」
あの姉がどうやって育ったか手にとるように分かってしまったのだった。
姉が帰宅すると当たり前のように妹が座ってプリンを食べていた。
「え!?鈴!?ていうか私のプリン!!」
姉は食べ物命である。
「諦めろ姉貴」
「そうだよ。なくなったものは仕方ないって」
「なくなったって今まさにあんたの胃の中に消えてるの!!」
姉のプリンをペロリと食べて、妹は二人を交互に見た。
「あたしはどこで寝ればいいの?」
「あ…」
何も考えてなかったな弟。
「姉貴のところ占領しろ」
「え〜」
「俺のところ来たら勝手に布団に入るんだろ」
「…朝起きた時に驚くお兄ちゃんを楽しみにしてたのに」
「姉貴のところでやれ。それならいくらやってもいい」
「ちょっと待って。あんた達私のこと嫌いなの!?」
「そんなことないって」
「考えすぎだ」
弟と妹の厳しさはツッコミ体質ゆえだ。嫌ってはいないと思う。
「慰めなのどっちなの!?」
自分で判断して頂きたい。
姉がオーバーリアクションで床に泣き崩れた。弟と妹は完全無視をきめこんでいる。
「今日はそこらへんのファミレスで済ますか」
「わーい♪」
弟と妹が出て行こうとすると姉がついて来て弟だけに聞こえるように言った。
「…俊介、今日は一晩中愚痴に付き合ってもらうわよ」
「………」
弟、今日は徹夜決定だ。
「マジ!?」
台風上陸…しましたね。その名も妹。鈴という名前はりんちゃんて呼んで♪って言わせたいためだけに採用。
しばらくは妹編です。