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第51話 みかんの汁は目薬ではありません

 ゴトン。

 大きな音を立ててテーブルの上にビニール袋が置かれた。何の変哲もない袋だが、中身の重さのせいか、手提げの部分が憐れなほど伸びきっている。袋自体もでこぼこと、原型を留めていない。

 その袋は弟の手を離れた瞬間、重力に従って横に倒れた。中身がごろごろと転がる。

 しかし、それはテーブルから落ちる直前で弟の手で止められた。

 その様子を姉こと斎藤紗弥加と、最近になってようやくユントと名前を付けられた犬が興味深そうに見ている。

「…食っていいぞ」

 転がり出たそれに、あまりにも熱い視線を感じたため、弟はそう言った。

「その前に、これどうしたの?」

 テーブルの上に転がっていたそれ、大きな夏みかんを手に取り姉が問い掛けた。犬はそのみかんが気になるのか前足を伸ばして振っている。

 弟は夏みかんの表面を触って食べ頃か見ているようだ。

「どっかの熊本出身者がもうすぐ里帰りするっていうのに大量に送られてきた夏みかんを抱えて困ってたから貰ってきた」

 実際には「夏みかん好きか?好きだよな?そんな斎藤のためにどっさり持ってきてやったぞ!!」「そんなに食えねぇよ」「大丈夫だ!お前のとこはお姉さんと二人暮らしだろ!俺は一人暮らしだけど斎藤にやる分の倍はあるんだ!!」と涙ながらに押し付けてくるのを渋々貰ってきたのである。

「…まあ食えよ。いっぱいあるから」

 家に持って帰ってくるだけで弟は疲れきっていた。

「えー。だって夏みかんて皮厚いじゃん」

 それはそうだ。夏みかんを全部手で剥こうなど思うことが間違っているのである。

「………」

 弟が大きくため息をついた。自分が持っていた物と、姉が持っている物を残してすべてビニール袋にしまって、その口を結んだ。

 次にシンクの下から小さめの包丁を取り出した。それで自分の持っていた夏みかんのへたの反対側に十字の切り込みを入れる。そのまま手でバリバリと皮を剥きはじめた。

 飛び散る汁を嫌がるように犬がリビングの方に逃げて行った。

 弟に皮を剥かれた夏みかんは、白い柔らかな皮に包まれている。それをさらに力技で半分に割ると片方を姉の目の前に突き出した。

「これでいいか?」

 ここまでやってやったんだから感謝して食えと言わんばかりの態度だった。

 その半分に割られたみかんを姉はじーっと見ている。

「しゅーちゃん」

「なんだよ」

 最早何もかもが面倒なのかいつものツッコミすら入れない。視線すでに手元のみかんにあって、丁寧に分厚い薄皮を剥いているところだった。

「…なんならツッコミ入れてやろうか?」

 弟の目が据わっているので遠慮願う。

「………」

「でさー、しゅーちゃんこれなんだけど」

「なんだよ」

「剥いて」

「………」

 薄皮を剥いてやっと夏みかんを取り出した弟が一瞬固まる。そのすきに姉はそのみかんを掠め取って口に入れた。美味しそ…ではなく、実に満足げである。

 それを見て弟は素早く復活する。

「食うなよ!せっかく剥いたんだから!」

「いいじゃん。さあ剥いた剥いた」

「俺は姉貴の召使じゃない!」

「知ってる!目に入れたら流石に痛いけど、可愛い可愛い弟よ!」

「そうか…ならもっと痛いの目に入れてやるよ」

 ガタッと椅子を蹴倒して、立ち上がった弟が持っているのはみかんだった。正確には剥いたみかんの皮。

 それを姉に向かって構える。こうなったらやることは一つだろう。

「ちょっと待って!待って!その攻撃は小学生しかやらないわ!」

 たしかに二十歳越えた姉弟がやることではない。だが、まあこの姉弟なら読者もきっと納得する。

「ちょっと…天の声も止めなさいよ!みかんの汁は目に入れるものじゃないって!」

「……珍しい」

 姉がツッコミになった。

「そこ二人!私だって自分がピンチの時ぐらいツッコミ入れるからね!だからとりあえずみかんの皮は放して、椅子に座りなさいしゅーちゃん!」

「俊介なんで聞けませんね、お姉様」

 お姉様と言いながら、全くみかんの皮は放さない。むしろ今にも皮を潰しそうである。

 姉が慌てて目をガードした。

「わかった自分で剥く!剥くからやめてね俊介」

 そう言われてようやく弟がみかんの皮を捨てた。ついでに蹴飛ばした椅子も、ちゃんともとの位置に戻して座る。

 何事もなかったかのようにみかんを剥いて、口に運ぶ。姉はそれを未練がましく見ていたが、深く息を吐き出して、自分の分を剥く。

「そういえば姉貴」

「何ー?」

 姉は少しばかり不機嫌になっていた。睨まれても私にはどうしようもないのである。

「明日から実家帰るからよろしく」

 離婚秒読み夫婦の『実家に帰らせていただきます』!?

「私はしゅーちゃんがいないと生きていけないのに!?」

「お前ら大袈裟すぎ!!まず天の声!帰省の方だからな!そして姉貴!割と最近まで一人で暮らしてただろうが!」

 うん、これでこそ弟だ。

「…何としてもツッコミ入れさせたかったのか…」

「で、なんでまた突然帰省?私とユントのご飯は?」

「ご飯の心配かよ!ユントはドッグフードあるだろ。姉貴は…外食してろよ」

「えー。しゅーちゃんのご飯ー」

 足をばたつかせて姉が抗議する。弟はそんな姉を見て深くため息をついた。どちらが年上だっただろうか…。

「あー…姉貴だよ、一応」

 ピタリと足を止めて、突然手を打った。

「そうだ!じゃあ休みに入り次第、私もユント連れて帰るから!それまで実家で大人しく待っててしゅーちゃん!」

「姉貴こそ、俺が帰ってきた時にまっ先に掃除しなきゃいけないような状況にしないで、大人しくしてろよ」

「えー。無理」

「無理じゃねぇよ。やれよ人間なら」

「人間である前にしゅーちゃんの姉なので!」

「俺の姉である前に人間だろ!!」

 姉弟が喧嘩をしている間に、今日も日が暮れていく。

 久しぶりに書いたら加減が分からずダラダラと長くなってしまった…。

 しかも最終の予定と展開違うし…。

 次回から舞台が実家になりますよ!次回はいつ更新されるんだろうね!

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