第44話 雨が降ると歌いたくなる
「あーめあーめ降ーれ降ーれ、母さんがー、じゃのめーでおむかい、うれ……」
突然歌が止まった。決してオルゴールをかけていたわけではない。窓の外を見ながら歌っていた姉がピタッと動きを止めたのである。窓の外は歌の通り雨が降り続いていた。
「うれしいな?」
なぜ疑問形?
「………しゅーちゃーん」
「………」
「しゅーちゃん」
「………」
弟は部屋から出てこない。
「しゅーんー」
「何?」
俊介という名前が分かる程度までになってようやく弟が部屋から出てきた。
「お母さんが雨の日に迎えに来た記憶ある?」
「………ない」
「そもそもお母さんが雨の日外に出てるの見たことある?」
「それは…さすがにあるんじゃねぇかなぁ」
母は晴耕雨読の人なのか?それともただの雨嫌い?
「後者」
「甘いわね、しゅーちゃん。雨が嫌いとかそういう問題じゃなくて出不精よ」
「あぁ、出不精…でもそんなに家事やってない気が…」
専業主婦じゃないのか?
「専業…専業?」
「専業で主婦してたっけ?」
「そもそも主婦だったか?」
父が主夫なのか?
「専業主夫…うん。そのほうがしっくりくる気がする」
「ちょっと待て姉貴。父さん仕事してるから専業じゃない。この前出張で来ただろ?」
姉がかすかに笑った。視線は弟からテレビに向かう。
「そうだっけ?」
父が来たことは忘却の彼方に追いやられている…!!
「あ、そうだ」
弟が何か思い出したようだ。
「雨の日はほとんど父さんが迎えに来た」
「そうだった。幼稚園が閉まる時間ギリギリに迎えに来たのよ」
では、その当時の父を振り返ってみよう。
「斎藤、今日飲みに行かないか?」
同僚が父を誘う。父は困ったように笑って、手を振った。
「悪いけど今日は…」
「あぁそうか。子供の迎えだったな。誘って悪かった」
同僚が笑いをかみ殺す。
「お前も子煩悩だな」
「…あぁ」
父は誤解されていた。同僚からの父の印象は、子煩悩で愛妻家だった。決して妻や子供を愛していないわけではないから否定はしなかったが、父は同僚に本当のことを言えなかった。『雨の日は子供を迎えに行くように妻に言われている』ということを。
「じゃあちゃんとまっすぐ迎えに行ってやれよ。子供待ってるだろ?」
「そうするよ」
こうして同僚から見送られながら父は幼稚園に行った。幼稚園で待っている可愛い娘を迎えに。だんだん母に似てきたために可愛さよりも狡猾さなどが育ちつつあるように彼自身も感じていたがまだ一応可愛い娘である。
「すみません」
幼稚園の玄関で父が声を出すと、間もなく先生が現れた。よく迎えに来るためにこの先生に父は覚えられている。
「今日はお父様が迎えにいらしたんですね。ちょっと待っててください。紗弥加ちゃん奥で遊んでますから呼んできますね」
「よろしくおねがします」
物腰が柔らかく、口調も丁寧で驕ったところのない父は幼稚園で『父親の模範』と呼ばれていたが、それは本人の知らないところである。ちなみに父は妻と会う以前から、この性格だったので妻の重圧からこうなったわけではない。
「パパー」
先生の腕を引いて紗弥加こと姉が現れた。父を見てうれしそうにしている。この頃の姉はまだ父に懐いていた。
「紗弥加、幼稚園ではいい子にしてた?」
「いい子だったよー。ねぇー、先生」
「うん。そうね、紗弥加ちゃん」
姉にそう答えて先生は父の方を見た。父が見返すと、苦笑しながら一枚の画用紙を父の手にしっかりと握らせた。
「がんばってくださいね!!」
父が不思議そうに見返しても先生はただうなずくだけだった。質問しようにも、姉が腕を引いて帰ろうと促すので、さっさと暇を告げて幼稚園を後にした。
「その画用紙の中身は?」
さあ。そこまでは私も知らないのである。姉ならば知っているのでは?画用紙なのだから姉が描いたものだろう。
「姉貴、中身は?」
「そんな幼稚園の頃の落書きなんか覚えてないよ」
まあ、少なくとも幼稚園の先生に父が励まされるような内容だったに違いない。
「だろうな」
タイムリー!!今日雨降ってるのでこんな内容にしてみました。
ところで犬はどこに行ったのでしょうか?犬の描写までするのが面倒だったので犬が出てこない状態に。
ちなみに姉が歌っている『あめふり』という童謡にはちゃんと続きがあるんですよ。一番までしか知りませんでしたけど。気になる人はネットで検索してください。