第43話 投げるならボール
「ごふっ!!」
最初から擬音で始まってしまったのでまだ状況が飲み込めていないだろう。しかし、それは声を出した弟も同じことなのである。
「………」
目を開けてまっ先に飛び込んできたのは、あの犬だった。犬は尻尾を振って遊んでのアピール。
「………」
全く状況が飲み込めていない弟と読者のために私が解説しよう。
まず、昨夜姉が犬を貰ってきたところまでは覚えていると思う。その後、夕飯の片付けをしていた弟の足元を犬が駆け回っていた。姉が呼んでも何故か弟のことが気に入ったようで、離れようとしない。そこで弟はさっさと入浴して部屋に閉じこもったのだ。犬は部屋の扉を引っかいていたが弟がいっこうに出てこようとしないので、諦めて姉のところに行った。弟も安心してぐっすり眠れたというわけだ。
「そこまでは分かるから」
犬の脇の下に手を入れて持ち上げながら弟が言った。まだ続きがあるのである。
しかし弟はぐっすり眠りすぎてしまった。朝ご飯を作る時間になっても起きてこないのだ。こういう時はいつも姉が起こしにくるのだが、姉は少し考えた。『たまには変わった起こし方をしてみよう』
「…それで?」
さてここからがクイズである。
「はぁ!?」
姉が一風変わった起こし方としてえらんだのはどれでしょうか。
1、妹、鈴のようにベッドにダイビング
2、扉を開けた
3、犬とすり変わった
さあどれ!!
「………2」
弟クン、残念!!
正解は4、扉を開けて犬をベッドに向かってほうり投げ、素早くリビングに戻って自分は何もしていないかのように装うでした。
「4なかっただろ!!」
いやいや、123をすべて混ぜると4になるのである。
「汚ぇ…」
そう思うのは自由だ。
で、いつまで犬を抱えているのだろうか。
「気が済むまで」
ご飯を作らないと怒られるのでは?
「たまには飯抜きで会社行けよ」
犬が弟がかまってくれていると思って嬉しそうに尻尾を振っている。弟は抱えたまま特になにもしない。
怒りに行かないのか?いつもの弟なら答えを聞いた瞬間に飛び出して行って文句を言うだろう。
「怒りに行く気力がない」
風邪でも引いたのか?
「え!?しゅーちゃん風邪引いたの!?」
姉が飛び込んできた。弟がなかなか出てこないからずっと様子を伺っていたらしい。
そんな姉の腕を素早く掴んだ。
「引いてねぇよ」
弟が怒りの形相になる。溜め込んだ物が爆発したようだ。
「え…?さっき怒る気力もないって…」
「正しくは怒りに行く気力もない、だ」
「え…?」
姉の顔色が変わる。ちょっと青ざめていく。
「いつもいつも、俺が怒りに行って丸め込まれるから、たまには怒られる側に来て頂こうと思いましてね、お姉様」
怒りのオーラを出したまま笑う弟。しかもわざとらしく敬語。
今日の弟は凄く機嫌が悪い。寝起きとか関係なく悪い。
「天の声、ナレーションマジックでこの状況をなんとかして」
そんなに都合よく働かないのがナレーションマジックである。それに姉の日頃の行いが悪かったからこうなっているのだ。
「……こういう時、天の声の口調がすごく腹立つわ」
「天の声としゃべってないで、少しは反省しろ」
絶対零度の弟の声に、思わず正座をした。その膝に前足をおいて犬が不思議そうに覗き込んでいる。
「起こすなら普通に起こせ。だいたい本当ならもう少しゆっくり寝てていいはずなのに、姉貴のために朝食作ってやってるんだ。そんな弟に向かって犬を投げるか?」
「投げません…」
弟、まず犬は投げる物じゃないというところから怒るべきではないのか?
「天の声は黙ってろ」
そして弟の説教は姉が出勤する時間ギリギリまで続いたのだった。