第41話 兄弟が増えました
「起きろー」
なんか低い声が聞こえた。そんなはずがあるか。この家にいるのは姉貴と俺だけだ。もし鈴が突撃訪問してきたとしても、低音なはずがない。いや、もしかすると…。
「塚田…?」
布団を被ったまま聞いてみた。即座に声が返ってくる。
「弟の友達の?弟、耳大丈夫か?」
「だよな。塚田がこんなにいい声してたらとっくの昔に絞めてる……って誰!?」
勢いでベッドから起き上がった。目の前にいるのは…見たことがない男だった。俺よりは年上。姉貴とタメか少し下。背は俺より高くて、顔がいい方に入るかは微妙。黒髪を短く刈っているので、スポーツマンに見えるかと思えば、そういうわけでもない。声がいい以外は全体的に平均値か?
「遅刻するぞ。今日、1限からあるんじゃなかったのか?」
「そう…だけどさ、誰?」
「何を寝ぼけているんだ、弟」
「弟って呼ばれても、俺、兄貴いないし…」
でもなんかそういえば、よく弟って呼ばれてた気が…。姉貴はそんな変な呼び方しないし…。塚田あたりがふざけて呼んだら殴る…。で、なんで俺が地の文なんか…。
「あぁぁ……お前もしかして天の声か!?どうりで地の文が俺の一人称のはずだ!」
「朦朧したのか?私が弟の兄の天の声以外の誰に見える」
誰にも見えないから困ってたんじゃないか。
「天の声なら最初から『である』って言ってくれよ」
「『である』なんて現実でしゃべっていたらただのエセ中国人だ。あれは地の文限定の話し方なのだよ、弟くん。そして『天の声』ではなく、気軽に『天兄』と呼んでくれ」
「誰が呼ぶか」
これが天の声なら納得。妙に喋り方が堅苦しいし、ナレーションだから声がいい。
「なんで天の声が実体化?」
天の声が呆れている。というか、なんで朝から俺の部屋に出現するんだ。
「何を言う。私は生まれた時から身体があり、生まれた時から弟の兄だ。そして姉の弟だ」
「いやいや。うち3人兄弟だから。俺長男だから」
「頭でも打ったのか?まあいいが、朝食の準備…」
「お前もか!!」
どうして俺を起こす理由が朝食の準備しかないんだ!!
「なんでかなぁ…」
なんで俺が3人分も朝食の準備をしなきゃいけない。姉貴はいつもだからおいておくとしても、自称天の声の分までなんで俺が作らなきゃいけないんだ。
「しゅーちゃん、まだー?」
「姉、弟の名前は俊介だ」
「うん。まあいいじゃない、天ちゃん」
なんで姉貴は普通に天の声と喋ってるんだ。つっこめ。兄弟って言ってるわりにそこまで似てないところとかつっこんでやれ。てか、いつも天の声って呼んでるのになんで天ちゃん?てか、やつはなんでこの家に住んでるんだ?
「…つかぬ事お伺いしますが、仕事は何を」
「私に聞いているのか?何故敬語」
「気にしないでください、自称兄貴」
キッチンに立っている俺が見えるようにダイニングの椅子に座る。天の声が移動しても姉貴は気にせずにソファでテレビを見てる。
「フリーター」
「地元でフリーターやれ」
天の声が微かに笑う。そういえば身体がないから笑ったところを見たことがない。
「わざわざ都会まで出てきたのは夢を追いかけているからだよ、弟」
「夢なんかあったんだな」
「…弟は私をひたすらけなしたいんだな」
天の声落ち込む。が、立ち直りはすごく早い。もうちょっと落ち込めって言いたくなるほど早い。
「フリーターになってでも夢を追いかけたかったんだ」
なんだろ。ちょっといい話をしようとしてるっぽい。
「ちなみに夢は…」
「ナレーター」
「…………………………………………………………もう立派になってるよ」
聞くんじゃなかった。聞いて損した。
肩を落としていると、姉貴が怒りの声を上げる。
「しゅーちゃんご飯!!」
「今作ってる!!」
「間に合わなくなるよ!!」
「もうできるって!!」
「しゅーちゃん!!」
「しゅーちゃんいつまで寝てるの!!」
「もう起きてるだろ!!」
弟がガバッと起き上がった。周りを見回してキョトンとしている。怒りの形相の姉が弟のパジャマの襟を掴んだ。
「俊介、今何時だと思ってるの?さっさと支度しなさい」
「……はい」
姉が出ていって、弟が支度をし始める。心なしかいつもより手際が悪い。
「…なあ、実体化とかしないよな」
私がか?ナレーションが実体化してどうする。そんなものは不必要である。
「やっぱり天の声だ」
なんだかよく分からないが、一人でニヤニヤ笑っていると不気味だ。
「…うるさい」
やってみたくなっちゃったんだ、天の声実体化。そして天の声も兄弟設定。実体化するにあたり、天の声の設定を考えたんですが、わりと自然に姉の一つ年下の兄という位置に入りました。
心残りといえば、弟に『天兄』と呼ばせられなかったことですかね。