第36話 貴方に美味しい朝食を
「おはよ」
おはよう、弟。今日はちゃんと目覚ましが鳴ったのか。
「…実は止めてたの天の声とか言わないよな」
はっはっは。まさか。
「………」
弟が疑うような表情をしたが無視しよう。
朝から美味しそうなご飯の匂いが漂っている。洋食なのかトーストの匂いだ。
「へー。……はい?」
ちなみに今は弟の自室。弟寝起き。つまり朝食を作っているのは弟ではない。
ばたっと大きな音を立ててリビングに続く扉を開く。トーストの匂いがより濃厚になった。
そういえば弟は和食派だったか。洋食は滅多に作らないな。
「父さん!?」
「あぁ、俊介おはよう」
フライパン片手に父が朝の挨拶をした。リビングとダイニングはつながっていて、さらにキッチンは対面式なので弟の部屋から顔を出しただけでも見える。
「おはよう…。なんで朝食準備中?」
言葉だけだと文句を言っているようにも見えるかもしれないが、決して文句を言っているわけではない。
「二日、今日で三日か、世話になったんだ。これぐらいはやるさ」
父よ…いつも家でやっているからのか?
「どうして」
手際の良さが弟並。
「………」
「そういえば母さんに朝食作ってもらったことほとんどないな」
まあやらないと落ち着かないんだろう。習慣というのは癖になるものだから仕方がないのである。
「…そうだよな。はっはっ」
「…そうそう。はっはっ」
乾いた笑いを浮かべながら父子が朝食をテーブルに並べる。
終わった頃に姉が部屋から出てきた。
「珍しい!!今日はパンなんだ!?」
嬉しそうに顔を綻ばせて姉が席に着く。それを見て父と弟も座る。二人して目が泳いでいる。
「どうかした?」
「なんでもない」
「ならいいけど。それじゃあ、いただきます」
パンに手を伸ばしてかぶりつく。男二人が固唾を飲んでその様子を見守った。
スパニッシュオムレツにフォークを伸ばした時に二人ともまだ食べていないことに気がついた。
「食べないの?」
「食べるけど」
「じゃあ何?もしかして食事に毒を仕込みました、とか!?」
「「ないない」」
父と弟、二人の声がかぶる。
姉が疑うような目線を向けてきたので、弟も朝食に手をつける。
本日の朝食は焼きたてのトースト、特製スパニッシュオムレツ、ベーコン、レタスとキュウリのサラダ(オニオンドレッシング)、ブルーベリーヨーグルト、コーヒー。弟が作ったら絶対に出てこない組み合わせである。
「このトーストの焼き加減が絶妙よ、しゅーちゃん!!」
親指を立てて姉が感想を言うが、弟は姉を見ずに答えた。
「しゅーちゃんじゃねぇよ。それにトースト焼いたのは父さん」
「………」
「え?」
姉が父の方をちらっと見て、食べかけのトーストを皿に置く。今度はスパニッシュオムレツに手をつけて一言。
「美味しい!!」
「こっち向いて言うな。それも俺じゃなくて父さん」
「…わざとやってるのか…?紗弥加…」
父が完全に落ち込んだ。娘に嫌われた父親というのはこういう姿なのだろうか。まあ、娘に嫌われているわけではなく、娘がブラコンなだけだが。
「一言多いよ、天の声」
姉が笑みを浮かべている。一言多いかもしれないが事実である。
「しゅーちゃんは何も作ってないの!?」
今度は矛先を弟に変えた。
「作ってない。コーヒーいれたぐらいだ」
「じゃあコーヒーがおい…」
「インスタントだ。ついでに言うとまだ一口も飲んでないだろ」
「………しゅーちゃんの馬鹿!!揚げ足取り!!」
流れていない涙を拭いながら鞄を掴んで、姉が外に飛び出して行った。お腹がすいていたのか、食べかけのトーストと共に。
「しゅーちゃんて人はこの家にはいません」
のんびりサラダを食べながら弟がツッコミを入れた。…段々と弟のツッコミの入れ方が優雅になっている気がするのは気のせいだろうか?
「成長したんだよ。いつも全力でつっこんでたら疲れるから」
…そうなのか。
「真に受けるな、天の声」
父に言われずとも。
二人で優雅な朝食タイムとなった。もちろん私が食べられるはずがない。
「俊介、今日暇か?」
「まあ。講義もないし」
「じゃあ付き合え」
父の言葉に弟がキョトンとしている。父は面白そうに笑みを浮かべた。
お久しぶりです!!
朝比奈蒼です!!
お久しぶりなのに次回はまた2ヶ月以上後になります。
父編はあと一話なのですが、遠いな…。