第3話 バイトしようよ
「姉貴、今日友達と飲みに行ってくるから帰り遅くなる」
一応言っておくが弟は今年で二十歳。残念なことに普通に酒が飲める。
「残念てなんだ!!」
「はいはい。で、飲みに行ってくるのは別にいいけど、夕飯は?」
「外で食べてくるよ」
「そうじゃなくて私の分は!?」
「自分で作れよ!!」
弟に同意。
「ちょっと待て天の声、ちゃんとナレーションやれよ!!」
ナレーションにツッコミを入れるから段々ナレーションじゃなくなっているのである。しっかりしていろ弟。
「お前に言われたくねぇ!!」
「で、夕飯は?」
「たまには自分で作れ!!」
「生活費誰が出してると思ってんのよ」
「…姉貴…。でもさすがに今日は無理だから!!」
「え〜。誰がこづかいやってんのよ〜」
「あ、姉貴です…。でも金についてはこれで解決できる!!」
バンッと弟がテーブルに置いたのは街でよく配っているアルバイト情報誌である。
「俺アルバイトしようと思うんだ!!」
「アルバイトだけで食っていけると思ってんの?」
恐怖を誘う姉の微笑み。
「うっ……」
「ここの高い家賃半分払えるの?」
姉弟が住んでいるのは駅に近く、セキュリティもばっちりなマンションの五階。姉の仕事は給料がいいらしい。
「は、払えるさ…!!」
「払ったとしても最高時給1000円のバイトじゃそれで精一杯ね。生活費は出せないよ」
姉が立ち上がって腰に手をあて、残りの手で弟を指差した。
「世の中なめんじゃない!!」
「すいませんでした…」
お姉様、つ、強すぎる…!!
「でもバイトはいいだろ!!少しは家計の助けになる」
「残念ながら家計は火の車ではありません。よってバイトは必要ない!!」
家計って姉弟間でも言うものだろうか?むしろ母と息子の構図に見えてきたのである。
「親子じゃねぇよ!!」
「そんなこと言われなくても分かってるって俊介」
ところでなんで姉はそんなにバイトに反対するんだ?
「そうだよな!!で、理由は!?」
「うーん…」
さっきとはうって変わって考える人のポーズになる姉。
「バイトの後、夜遅くなると物騒だし?」
「それは二十歳の男に言うことじゃねぇ!!」
「変な店長に当たると危ないし?」
「何がだ!!そんなに変な店長ならすぐにやめればいいだろ!!」
「うーん…。給料のいい仕事ほど大変だし?」
「それは当たり前だ!!」
「だってしゅーちゃん重労働向かなそうだし…」
姉が弟の腕をつかんで触る。筋肉があまりついていない弟の腕は細い方だ。…それよりもこれ、弟が姉にやるとうるさいんだろうなぁ…。
「だろうな…って天の声に返事してる場合じゃない!!人が気にしてること言うな!!それと重労働じゃないの選べばいいだろ!!」
弟、しゅーちゃんのところツッコミ入れるの忘れてる。
「しまった…!!」
まだまだだな弟は。
弟が凄い形相で中空を睨んでいる。だからそこにはいないって。
「…で、他にも理由あんの…?」
「……帰ってきた時、しゅーちゃんがいないと寂しいなぁ」
姉、わざとっぽさが全面に現れたぶりっ子演じられても反応に困ります。
「しゅーちゃんじゃねぇ!!それぐらいで寂しいとか姉貴が言うんじゃねぇ!!」
「誰なら言っていいの?」
おーっと!!思わぬ反撃に弟タジタジだ!!
「なんでここだけ実況中継になってんだ!!」
ナレーションにツッコミを入れることで弟、答えることを避けたぞ!!汚い!!弟、実は汚い!!
「…天の声…少し黙ってなさい」
…はい。
「と、とりあえず姉貴は寂しいと死ぬ人種じゃないから問題ない」
「え〜」
「…姉貴…俺で遊んでないか…?」
「バレた?」
「バレるわ!!ここまであからさまだと逆にわかりやすい!!」
「でも…一応バイトやって欲しくない理由はあるんだよ?それ言ったら怒りそうだから…」
「とりあえず言ってみろ」
「…俊介にご飯作ってもらわないと困るから」
うわぁ…さっぱり…。
「俺は家政婦じゃねぇ!!」
しかし弟がバイトをすることはなかった。なぜなら姉に説得されたから。え?実は弟シスコンじゃないかって?いや違います。多分。