第16話 面白すぎる学祭 その一
翌朝、弟が色々と言い訳をして家を出ないでいた。このままだと学祭に間に合わない。
「本当に腹痛いんだよ!!言い訳じゃねぇ!!」
言い訳にしか聞こえない。
その時、お姉様が降臨なさった。ノックなしで部屋に入ってきたとも言う。
「しゅーちゃん、そろそろ出ないと間に合わないよ」
「今日は行かない」
だんだんと弟が駄々っ子に見えてきた。
姉が笑うのではなく微笑んだ。嫌な予感がする。
「しゅーちゃん、行きなさい」
「だから、行かな…」
「俊介、行け」
姉が命令形で、しかも背後にドロドロとしたオーラを引き連れて言った。弟が息を飲む。記憶の扉が開いたらしい。
「い、イエッサー…」
玄関まで自主的に弟が歩いていく。姉がその後ろを表情を崩さずについていく。今日は一段と姉が怖い。
弟が靴を履いたところで姉が弟を押し出し、扉に鍵をかけた。ハッとして弟が扉をガンガン叩く。
「鍵ー!!鍵忘れた!!」
「ケータイと財布は?」
「それはある」
「それなら問題ないから行きなさい。心配しないで。私も後でちゃんと行くから」
「心配してねぇよ!!むしろ来なくていい!!」
間髪いれずに返事をしていた姉の声が止まる。弟は不思議に思ったが、少し間を置いただけで返事が帰ってきた。
「写真もちゃんと撮るからね!!」
「撮るな!!撮らないでくださいお姉様!!」
「ホントいいキャラしてるよ、お前の姉ちゃん」
塚田は弟に今朝の話を聞いた後、勢いよく吹き出すとそう言った。それに対して弟は不機嫌丸出しで答える。
「そんなにいいなら、お前にやるよ…」
「いただけるならいただきたいね。あぁいう人はタイプだから」
姉がタイプという奇特な人、塚田孝司。でもその願いは多分実らない。
「お前…マゾか…」
妙に納得する弟。
「いや」
「は?あんなのがタイプって時点でそうだろ」
「いやいや」
塚田が首を振ってから笑った。
「マゾの皮を被ったサディストさ」
それは言いきっていいのか塚田!!しかもなんでそんな満足そうに言う!!
「さって…面倒だからもういい」
おーとっ!!ここで弟があっさり匙を投げた!!いいのか弟!!それでいいのかツッコミ!!
ピキッと額に筋が浮かんだが、ギリギリで弟は怒りを堪えた。
「じゃあ、時間まで回りますか」
「……?すぐ用意じゃねぇの?」
「用意は午後からで問題ない!!」
むしろその自信が不安を煽っているのである。
「安心しろ!!男二人の寂しすぎるメンツにならないようにちゃんと誘ったから!!」
「…誰を?」
「やっほー」
弟が振り返るとそこにいたのは、コンテストのヘアメイク担当柿崎美紗とメイク担当の葉賀耀子だった。ちなみに背が高いのが柿崎で、化粧が濃いのが葉賀である。
「もう一人いたよな?」
「あぁ、未姫ならサークルで喫茶やるから回れないって」
「衣装担当だから当日いなくてもなんとかなるしね」
「喫茶!?行こう!!様子見に!!」
塚田がノリノリで歩き出す。そんな塚田を誰も止めることが出来ずに後を追う。
「サークルって何やってんの?」
「あー…うん。行けば分かる」
柿崎が塚田の質問に言いよどんだ。葉賀に至っては目をそらしている。
男二人が怪訝な顔をしていたが、そんなことに構わず、すぐに目的の場所についた。
「どこ入口?」
「こっち」
四人が入っていく。
「ようこそ喫茶パラダイスへ!!」
中で注文を取っていた人全員が大きな声で言った。学祭にありがちな喫茶にも思えるが…。
「なんで全員コスプレ!?」
ナースから侍までよりどりみどり…。ほとんど接客は女だが、男がミニスカートの警察官はどうなのか…。しかもなんでそんな堂々としているんだ!!
「こちらへどうぞ」
ごく普通に空いていた席に案内される。でもその接客の格好は巫女さん。
「あの…」
弟が恐る恐る声をかけた。接客係はニッコリと微笑む。
「なんでしょうか」
「これなんのサークル…?」
「手芸サークルです」
それだけ言うと巫女姿の接客係は去って行った。
「手芸サークルがなんでコスプレ喫茶!?」
「手芸サークルって小物とか服とか作るしかないじゃない。展示だけだと人があんまり集まんないから作った服着て喫茶やろうとしたんだけど、何年も続いてるうちに全部コスプレになっちゃったんだって」
葉賀が事も無げに言った。
四人が注文する物を決めて接客係を呼ぶ。
「ところで未姫ちゃんは何着てるんだろうね」
「そんな風に呼ばないでくれませんか」
四人が声のした方を向く。コンテストの衣装担当、山村未姫だ。髪を二つにまとめてヘッドレスをつけ、レースをふんだんに使った白と黒の上下。ゴスロリ風、メイド服だった。
「未姫ちゃんナイ」
塚田がすべて言う前に弟が山村の持っていた注文票で頭を叩く。小気味いい音が響いた。
「そこの女好き、お前は少し黙ってろ」
「男なら女好きは当たり前だろ!!」
「分かった。言い直す。お前が喋るとセクハラ発言に聞こえるから黙れ、女たらし」
「斎藤君、そこまで言わなくても…」
山村が仲裁に入った。
「これぐらい言わないと塚田は止まらないだろうよ」
そう言う横で塚田は親指を立てて笑う。弟の言葉に同意してどうするんだ。
弟がまた注文票で塚田の頭を叩く。
「少しは学習しろ」
「あ、斎藤君、そろそろ注文票いい?」
「あぁ、ごめん」
弟が山村に注文票を返した。そして思い出したように笑う。
「そういえば、その服可愛いね。よく似合ってるよ」
山村は顔を真っ赤にすると、声を小さくして注文を取りはじめた。
弟に恋の予感!?あの姉のもとで弟に春はくるのだろうか…。
学祭でコスプレ喫茶ってありそうな気がして書いてみました。
この後の展開が気になるところですが次回は珍しく弟が出てきません。女装は次の次ですよ。