第15話 理由なんてこんなもの
「しゅーちゃん、今日の夕飯は何がいい?」
弟がレポートを作っていた手を止め、口を開けて呆然としている。それぐらい姉の言葉は意表をつくものなのである。
「…俊介な」
あまりの衝撃に弟のツッコミがずれている。駄目だろう弟よ。
「姉貴、もう一回言って」
無視ですか。
姉が笑顔でもう一度繰り返した。
「夕飯、何が食べたい?」
弟は開いた口がふさがらない。
正直、ナレーションに身体があったら弟と同じ行動をするだろう。
「…夕飯が何なのか聞いてるわけでは…?」
「何が食べたいのか聞いてるの」
「…それは作ってくれるという意味で間違いない…?」
「他に何があるのよ」
「………」
………。
「えっ!?ちょっと、天の声まで黙らないでよ!!ナレーションがいなくなるから!!」
本当に驚きです、お姉様。
弟は開いた口がふさがらないという状態を越して、茫然自失。さっきからぴくりとも動かない。
「え〜!!なんで!?作っちゃ駄目なの!?」
いや、作っちゃいけないわけではなく…意外と言いますか…。前に弟が炊事を放棄した時も、出前だった気がするのですよ…。
「そう?まぁいいや。さぁ、何がいい!!」
凄く気合いの入った姉が聞く。その声で茫然自失だった弟がまばたきをした。
「じゃ、じゃあカレーで」
初心者向けだからね。
「しゅーちゃんが来る前は自炊してたんだよ。もうちょっと凝った物も作れるって」
どんな物を作っていたんだろうか…。
「あんまり凝った物頼むと後が恐ろし」
「俊介、何がいいたいのかな?」
呼び方が俊介になっている上に、手にしたシャープペンの芯がボキッと折れた。弟の額に汗が浮かんだ。
「いえ、今カレーが食べたい気分で!!辛口のカレーが食べたいんですよ!!凄く食べたい!!今すぐ食べたい!!」
「そう?じゃあ買ってくるね」
「こだわらなくていいから!!ルーは市販のやつ買ってきていいから!!」
「分かった」
姉が立ち上がり玄関に向かった。その間、弟の額からは汗が流れっぱなし。
ドアを静かに閉める音がしてから弟が大きくため息をついた。
頑張れ。責任持って食えよ。私は身体ないから食べられないのである。
「そんな無責任な!!」
そう言うなら止めればよかったのに。
「あんなにノリノリな姉貴を止められ自信はない。大体止めたって」
ガチャッとドアが開いて姉が駆け込んでくる。
「お財布忘れたー」
弟の汗の量が二倍になった。
料理がどうなるのか不安である。
姉が帰ってきた。手にはスーパーのビニール袋。とりあえず、無事に買ってきたようだ。
キッチンで姉が食材を出すと弟が心配そうにやってきた。姉が帰ってくるまで何を買ってくるのか心配しすぎてレポートが手につかなかったのである。
「何買ってきた?」
「しゅーちゃんが辛口って言ったからルーは辛口のやつ」
言いながらルーを取り出す。まともなやつだ。
「あとはじゃがいも、にんじん、玉ねぎ」
ゴロゴロとそれらが出てくる。
「そしてほうれん草」
袋に手を入れて出てきたのは確かにほうれん草である。…なんで?
「野菜カレーにでもしようかなぁと」
「野菜カレーですか…」
弟がなんとも言えない顔をする。心配すぎるのは分かるが、姉の機嫌を損ねてはいけないのである。
「後は豚肉」
ポークカレーなので…!?確かに豚肉ですが、それは…。
「豚の角煮でも作る気か!?」
バラ肉である。ブロック肉である。…カレーにそれは普通入れない。
「え〜!!お肉は大きい方がいいと思ったのに!!」
「牛なら分かるけど、豚は薄切りの方がいいから!!」
牛肉もそんなに入っていたらカレーじゃなくてカレー風味の肉煮込みである。
「え〜。買い直して来る?」
「いい!!もう余計なことするな!!やっぱり俺が作るから!!」
「私がやるって言ったじゃん」
「姉貴にやらせたら、夕飯が出前になりそうだ!!ここは任せてくれ。そのバラ肉薄く切って代用するから」
残りは?
「角煮で片付ける」
弟は腕まくりをして豚肉に手を伸ばした。
着々と料理が完成する中、姉が小動物のような目で弟を見ている。見られているよ弟。
「はぁ……なんで作るって突然言い出したんだよ」
「日頃の苦労を労おうかと」
労おうとして完全に仕事を増やしているが…。
「それはどうも」
「だって明日、コンテストでしょ?」
「…コンテスト?」
「学祭の女装美人コンテスト。見に行くから!!」
姉が満面の笑みを浮かべた。
「忘れてた…」
当事者が忘れるな。
というわけで次回から学祭編です。果たして弟の女装はどうなっているんでしょうか。