第14話 頑張る時と頑張らなくていい時がある
「なーにしてんの?」
塚田が弟に話しかけた。弟は肘をついてぼーっとしている。
「……」
「おーい」
「夕飯のメニュー考えてんだよ…」
「…主夫ですか?」
「お前、ツッコミになれるよ」
弟はいつもツッコミですから。
「お前はもう立派なツッコミだよ」
「誰に言ってんの?」
塚田が周りをキョロキョロと見回す。弟がしまったという顔で塚田をとりなす。
「いや、なんでもない!気のせいだ!!幻聴だ!!」
「明らかに自分で言ったくせに…。まぁいいか」
塚田が物事に頓着しない正確で良かったな弟よ。
弟が中空を睨んだ。だから、そっちに私はいません。
弟が悔しそうに机を叩いた。乗っていたペンケースが跳ねあがる。
「今度は何だ!?」
弟よ、奇っ怪な行動が多くなったな。
誰のせいだ!!と弟が顔で語っている。
「どうかしたのか!?大丈夫か!?特に頭!!」
「気にするな。どうもしないから。頭も正常だよ」
弟がため息をついた。ため息が増えた気がするのは気のせいではきっとない。
「…で、何の用?」
「用があるのは俺じゃなくてあっち」
塚田が指差す方を見ると女三人がにっこり笑ってこちらに手を振っている。いずれも女装コンテストで塚田に協力すると言った人だ。
弟は塚田の肩をガシッと掴んで、低音で問う。
「何の用だって?」
「さぁ?わからないなら聞けばいい。さぁ、レッツゴー」
塚田が弟の手を外して、勢いよく背中を押した。弟はつんのめるようにして彼女らの前に出た。
「おはよー斎藤君」
「…どうも」
弟が無愛想に答えると塚田がいい音を響かせて弟の頭を叩いた。ちなみに斎藤というのは弟の名字。弟は本名を斎藤俊介というのである。
「悪いね。こいつ無愛想で。女の子とあんまし喋ったことないらしくてさ」
塚田が言う『女の子』に姉と妹は入っていない。あれを含めるなら、弟は塚田よりも女の子と話していることになる。
弟が叩かれた頭をおさえて塚田を睨む。塚田はそれを意にも介さず話し続けた。
「多分、名前も覚えてないから自己紹介してくんない?」
カールのかかったロングヘアーの人が弟の方を向く。三人の中では一番背が高い。
「教育科の柿崎美紗でーす。ヘアメイク担当なんでよろしくね」
「ヘアメイク!?」
弟がすっとんきょうな声を出す。
「女装美人コンテストの役割分担したらしい。決めた方が後が楽だしな」
塚田が暢気に言った。
「考古学科2年の葉賀耀子です。一応、メイク担当よ」
一番元気のよさそうなセミロングで茶色というよりは栗色に近い髪の人が言った。可愛いかもしれないが、それにしても化粧が濃い。
「えっと…心理学科の山村未姫です。衣装担当です」
ストレートのロングヘアーの人が言った。薄い化粧が元々の美しさを際立たせるのに一役買っている。
「塚田孝司。歳は二十歳。趣味は」
「お前は自己紹介する必要ねぇだろ!!」
弟の肘が脇腹にヒットして塚田が黙った。というか見事にヒットしたため痛みで悶絶している。加減してやれよ。
「で、俺に用って何?」
「それは私たちじゃなくて…山村、ほら早く言いなよ」
見るからに大人しそうな山村が柿崎と葉賀に押されて前に出る。
…塚田が弟の後ろで親指を立てて笑っている。弟がまともに会話したことに対する喜びだ。
「塚田、親指立てるな」
弟が振り返らずに言った。
「な、なんで分かった!?お前エスパーか!?エスパー伊藤なのか!?」
「そんなわけあるか」
弟が振り返らないで塚田の行動に気づいた理由は全て私にある。
「あ、あの…」
「何?」
「あー、こいつが怖く見えるかもしれないけど、無愛想なだけだから大丈夫」
復活した塚田が弟を指差す。よい子の皆さんはくれぐれも塚田の真似をしてはいけません。
「い、衣装用に肩幅とかはからせてほしいんだけど…」
「オッケー。ここじゃあなんだから別のとこ移動しようか」
「ちょっと待て。何でお前が仕切るんだよ!!つーか、もう次始まるぞ!!」
弟の言い分に塚田が爽やかに笑った。
「サボれ」
「お前も同じだろうが!!ノート誰に借りるんだよ!!」
「ツテならいくらでもある」
塚田は凄くいい笑顔で言いきった。
ここまでくると弟も反論する気力を失い、大人しく彼らについていくのだった。
数日後。
塚田と弟は衣装担当の山村に呼び出された。衣装が出来たらしい。
言われた場所に行くと柿崎と葉賀もいた。問題の衣装を囲んで何やら話しこんでいる。
「どーも。それが衣装?」
「はい。そうです」
山村が笑った。しかし、幾分疲れた顔で目の下にうっすらクマも出来ている。
「…もしかして、徹夜?」
この衣装のために?
「頑張りました!」
「徹夜してまで頑張らなくていいから!!」
弟がツッコミを入れる。しかしそれは完全に無視された。
「丈とか合ってるか着てみてもらった方がいいんじゃない?」
「そうですね」
「よし!手伝ってやるから着ろ!!」
塚田に強引に衣装を着せられた。描写は文化祭の楽しみにとっておこう。
「寸法ばっちり。直さなくてよさそうですね」
「やっぱりウィッグ用意した方がいいわね」
「口紅は赤い方が似合いそう」
「似合ってるぞ、斎藤」
皆好き勝手に感想を言っている。
「似合ってるって言われても嬉しくねぇよ!!」
弟のツッコミはことごとく無視されるのであった。