神世代
この小説は数々の名作を生み出したスライムさんが今回担当する持ち回り短編企画「スライム杯」の参加作品です。
もし興味があったらスライム/栖原依夢さんの活動報告をご覧ください。
こんな底辺の作者だけでなくスライムさんなど書籍化作家も参加していますので
―――0―――
最近、夢をよく見るようになった。
その夢はいつも同じ夢で、妹が数々の屍の上に立ち、三日月のような口で笑っていた。
俺はいつもそれを何もできずに呆然と見ていた。
―――1―――
神代維新それが俺の名前だ。妹は一葉で、姉は月葉である。
姉の月葉は都会の方で一人暮らしをしており、両親は仕事でいつも遅い。自然と俺と妹の一葉は一緒に家にいることが多く、妹の異常な行動も俺だけが知っていた。
異常な行動、それは破壊衝動である。
妹は時々何かに取りつかれたように暴れる。しかしそれは今はどうでもいい話だ。
そんなことより、今日もいつも通り妹と一緒に親の帰りを待つ予定だった。
だったと過去形なのは訳があり、現在目の前の人物がいつも通りの生活を崩した。
目の前には気絶した妹と窓を破壊された妹の部屋、そして矛を持つ見知らぬ美少女がいた。
その美少女には見覚えがあるような気がしたが妹が地に伏してるこの状況ではそれどころではなかった。
「なんなんだよ、お前は……?」
「おかしい……、神子に覚醒した者以外に誰もいないはずじゃなかったのか?」
俺を無視するように誰かと話す少女。
こちらを一瞥すると再び何かと話す。
「ふむ、貴様は覚醒前の神子なのだな。いや、この少女同様覚醒しかけの神子か……」
この女は何を言っているんだ?
正直言ってこの女が同じ人間かも疑わしい。
それほど目の前の人間を理解できなかった。
「まぁ、貴様にはすべてを理解する時間も必要だろうし、その権利もあるだろう。さて、貴様は神話について詳しいか?」
戦闘の意思は無いとでもいうように少女は手を上げその場に座ると、その手に持っていた矛を床に置き、しゃべり始める。
自分には武術の経験がないため武器を持つこの少女をどうにかすることはできないだろう。時間を稼ぐ意味も含め少女の話に乗ることにした。
「別に……、ゲームとかで軽く知ってる程度だよ」
最近では神様を題材にしてるゲームやら小説なんかも多くある。
スマホでも神様の名前を使ったモンスターが出てくるゲームが大流行したこともあった。
「ふむ、それならば一切省略せずに話す必要がありそうだな。まず神子というのは我々が使ってる神話上の神と同種の能力を持つ者のことだ。同一ではないのは細部が若干違うからだな。まぁ、神というのも昔の神子が神と言われたのではないかという推測もあるが検証のしようがない話だから気にするな」
「で、俺と一葉もその神子という超能力者ってことでいいんだな」
神といえばオーディーンやゼウス、日本で言えば天照大御神といったとことであろうか?
はっきり言ってイザナギのような創造神が居たら世界がいくつも創造されることであろう。また、世界を破壊するような邪神が存在するとすると――。
そう考えるとぞっとした。
しかし、そうなってないとみるならばそこが同一ではなく同種であるということであろう。
「ふむ、理解が早くて助かる。まぁ、神子といってもなりかけだがな。状況を察するにこの少女。一葉と言ったかな? 貴様はこの一葉という子の血縁者といったところかな?」
「一葉の兄だ……」
「ふむ、それは失礼した。私はヒンドゥー教のサラスヴァティーだ。日本では七福神の弁才天と言った方がいいだろう。音楽神、福徳神、学芸神、戦勝神、豊穣神、水に知恵と色々とある。この矛は戦神としてある8つの武具の中の一つを実体化させたものである。神子はその神がつかってた武器やらを自由に使えるからな」
「お前は、何のために妹を狙った? 神子をただ殺すのが目的なら覚醒しかけという俺も妹もさっさと殺すはずなのに」
最初は自身の力を至上とし、同じような能力を持つ者を減らすのが目的と考えた。しかし、丁寧に神子のことを教えてくれる理由が分からない。
だからこそ別の目的があるのでは? そう考えた。
「別にそれが目的ではない。我々はあくまでもシヴァ……日本では七福神の大黒天として福の神であるのだが今回はシヴァとしての影響が大きいのでシヴァの方が正しいだろう。つまりは破壊をつかさどる神であるシヴァ。そのシヴァが現在の世界を破壊すると言われている。それを防ぐことが我々の目的なのだから」
「つまりは何か? 別に殺すつもりはなく気絶させシヴァを封じる対策を取るのか?」
「……」
「おい……どうなんだよ?」
俺はその沈黙が何よりの答えだとわかりながらも否定してほしくって続く言葉を求める。
やがて口を開いたかと思うと――
「現状殺す以外には方法がない」
――と言った。
分かっていたことだった。
妹が最近以上だと言ったが具体的には先に述べたように誰かに操られるように暴れるのだ。
幸いにも暴れ始めた時には自分と妹以外に人が居ない場所でしか暴れた事がなかったので俺を含め人的被害はないが、近くにいた鳥が2匹と電柱にひびが入った事もあった。こんなことを妹を含む誰にも言えるはずもなく、俺しか知らない事実だ。
そのほかにも何度も見るあの夢……
妹がたくさんの屍の上にいるあの夢は現実になるような気がした。
「ん……? 夢……。そっか、あんたはあの屍の中の一人か!」
この少女の顔をどこかで見た気がしたのは夢の中だった。
妹が立つ、大量のの屍の中にこの少女の姿もあったのだった。
「屍とは失礼だな。この通り私は生きている」
「いや、悪い……。妹があんたを含む大量の屍の上に立つ夢を見たもんでな」
「夢、もしかしたら私が間に合わなかった場合の未来かもな。貴様はもしかしたら予知能力を持つ神かもしれん」
誰かが言った。
人は自分の都合のいいように物事をとらえる生き物だと。
先ほど俺が妹を殺さない方法があると思ったように、今いる時系列の未来じゃないと思ったのは仕方ないかもしれない。
つまり何が言いたいのかというと――
「ガアァァッァァぁぁぁぁ」
――妹が暴走を始めた
―――2―――
妹が声を上げただけで家の屋根が吹き飛び、俺と弁才天と名乗る少女も吹き飛ばされた。
俺はこの時両親に怒られると関係ないことを考えていた。
現実逃避も似た考えをしていた時に、地面にぶつかった痛みで現実に引き戻された。
「ハッ!? 一葉……一葉はどこだ?」
俺と一緒に吹き飛ばされ、となりに着地を決めた少女が空を指さす。
その先には肌が青くなり、三日月の髪飾りをし、先が三つに分かれた槍を持つ妹の姿があった。
「ちなみに周りの人は無事だ。福禄寿が人払いを澄ましてるからな」
「人払いを澄ましててもこれじゃあのぅ。あれをどうにかしない限り世界中の人間が危険じゃからなぁ」
少女の声にこたえるようにこれまたいつの間にか少女とは反対側のとなりにいる老人が答える。おそらくはこの人物が福禄寿であろう。
「ちと、同じ七福神だとしても主神でもある大黒天には子宝に長寿と財産の儂と色々あるがどれもほかの専門に比べ一歩劣る費用貧乏の弁才天じゃ荷が重いのぉ」
「なんだ? 耄碌爺。なんか私に恨みでもあるのか?」
「任務を失敗し、世界を危機に陥れたことじゃ」
「返す言葉もないな」
そう言うと二人は行動を開始する。
少女は矛を弓に変え、いくつもの矢を放つ。そして老人が飛出し、手に持った杖を思いっきり一葉に突き刺そうとしたところで一葉の水をまとった矛の一振りで少女の放った矢と共に老人は叩き落される。
いつの間にか弓を刀に変え斬りかかった少女も、一葉の額にもう一つの目が現れ、そこから吹き出す炎に呑み込まれる。
圧倒的だった。
確実に少女らが弱かったわけではない。
それは人間離れした動きからも想像がついた。
しかし、それさえも意にかけずひたすら一葉はただ圧倒的であった。
そしてその圧倒的であった存在が自らに一歩、また一歩と近づいてきていた。
体は言うことを聞かずに俺は殺されるのを待つしかできなかった。
「何やってるのよ維新」
ふと、そんな声が聞こえた。
それはここにいないはずの姉であった。
「月葉姉ちゃん……?」
「お兄ちゃんでしょ? 妹の前ではシャキっとしなさい」
―――3―――
突如現れた自らの姉である月葉は、左手にどこからともなく取り出した本を開き、右手手を前に出すと一葉が黒い球体の中に閉じ込められる。
真っ黒なその球体は中が見れず、一葉がどうしてるかもわからなかった。
「遅れてごめんね。でも情けない顔してるんじゃないの。お兄ちゃんでしょ?」
なぜ姉がここにいるのか、姉はこの状況を知ってるのか、あの球体はなんなのか。いろいろと質問したかったが
なぜか安堵した。
「一葉はブラフマー――創造神である私が閉じ込めたわ。だけどもともとシヴァはブラフマーの作った世界を壊すのが仕事。つまりはすぐに破られるわ。だからそれよりも早くに兄であるあなたが助けてあげなさい」
そんなことできるわけがない。この状況を説明してくれ。月葉姉ちゃんは一体なんなのか。
どれもが今すぐ姉に言いたいことであったが口にできたのはたった一言だけだった。
「分かったよ」
俺は姉の作り出した黒い球体へ、一葉が待つ世界へと足を踏み入れた。
―――4―――
そこには荒れた地と、火の海しかなかった。そして、その荒れ果てた地の中心には青い肌をした妹がいた。
「一葉、一緒に帰ろう」
俺はそう声をかけていた。
そう、ここにいるのはシヴァなんて神でなくたった一人の妹の一葉だ。
神なんて関係ない。
ただ妹と一緒に家に帰るだけだ。
だから作戦も何もなく、また必要もなかった。
「グラアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
一葉は言葉になっていない叫びを放つとその手に持つ矛を振り下ろす。
炎をまとったその振りおろしは地を裂き、世界を破壊しようとする。
しかし、世界が破壊されることはなかった。
姉が創造し、妹が破壊するのなら自らにできるのは維持することだ。
そして、俺にはなぜかその力の使い方が分かった。
自らの力を姉の作った世界に注ぎ、維持する。
そしてもう一つ分かったことがある。
先ほどの振り下ろし、それは俺とは的外れな方向に振り下ろし、俺を狙わずにただ単純に世界そのものを破壊しようとした。
それは俺が眼中にないわけではなく、俺に攻撃する意思がないことを教えてくれた。
今まで妹が暴れだした時も俺は一切傷を負ったことはない。つまりは妹きちんと俺を傷つけないようにしてくれた。
「さっきのも別に俺を殺そうとしたわけじゃないんだよな」
あまりの恐怖にそう勘違いしただけで本当に殺そうとするのなら炎を出すだけでよかったのだ。そうじゃないという事は俺を傷つける意思は無いのだろう。
「駄目な兄でごめんな。さぁ、一緒に帰ろう」
そう言って妹を抱きしめた。
どれぐらいの時間がたったのだろうか? そんなに長くはないと思う。妹の肌の色が青から元の肌色に元に戻り、その手にあった矛も消える。
「お兄ちゃん……?」
妹は胸の中で顔を上げるとそう聞いてきた。
今の妹には先ほどの記憶はなく、ここがどこなのかもわからないのだろう。
「そうだ。お兄ちゃんだ。一緒に帰ろう」
ただそれだけ聞くと妹は安心したかのように眠った。
―――5―――
その後のことだ。
妹は無事に元に戻り、姉の力で創造した元の家の妹の部屋に寝かせていた。
そして俺は姉と七福神の弁才天と名乗る少女と福禄寿と名乗る老人の3人に説明を受けていた。
「ヒンドゥー教の三神一体論の創造神のブラフマーの私、破壊神のシヴァの一葉そして維持神ヴィシュヌの維新。それが私たち3兄妹ってわけね」
「正確には神子だがな」
ヴァシュヌは魚の姿で大洪水を知らせたという。
その能力が予知夢として不完全な姿で現れたというのだ。
「ところで話は変わるけどノアの方舟とその話って似てるわよね。どっちも大洪水だし」
と意味の分からないことを言い出した。
明らかに自分のことに向こうとしている話をそらすためであったがあえて何も聞かないことにした。
少女と老人は高いところから叩き落とされたにもかかわらず、気絶しただけで大きなけがはなかったらしい。
神子として戦闘もあるからと耐久力も高いそうだ。
「そういえばまだ名を名乗ってなかったわね。私は斎木秀花だ」
「儂は鎌田録助じゃな」
そう言ってメルアドを交換後にして帰った。
なんでも神子は少ないらしく力を隠さずにいられる相手は貴重なんだそうだ。
その後も四神の朱雀やら三貴子のスサノオやらが紹介された。そして、なんでだか俺の部屋にやたら様々な神子が入り浸るようになった。
妹に生暖かい目で見られた……。お前らまた他でやれよ……。
そうそう、なんでも天照は天皇らしい。――と言ってもテレビに出てるのは影武者らしいが。
「なぁ妹。神ってのはなんだと思う?」
俺はそうやって妹に問いかけた。
妹はあの時のことを覚えておらず、いつも通りの生活に戻っている。
町は姉の力で元に戻し、シヴァはもう出てくることの無い様に通常の状態を俺が”維持”している。
妹の身長なども止まってしまうみたいだが生きることには代えられない。
俺がシヴァを出るのを封じることで秀花と録助の爺さんも納得し、妹には手を出さないことになった
「うーん……。人間より高次元の存在?」
「んじゃ、神って呼ばれるほどの人間はなんだ?」
「自分が高みを目指さなくてもいいようにする言い訳とか、心のよりどころとかそんなマイナスイメージをプラスに見せるための言葉かな?」
妹は自らが神の力を宿すなどとは知らない。つまりは一般人からの視点であろう。
神の定義などたくさんあり、妹が言ったマイナスイメージを隠すためもその一つであろう。
そして、物事にはすべて表と裏があり、それはつながっている。何が言いたいかというと、マイナスがあるならばプラスもあり、見方を変えるだけでマイナスは簡単にプラスに変わる。
つまり、神は自分の弱さを隠すものであっても、人々の希望でもあるのではないか?
いくらキツイ状況でも諦めなければ神は答えてくれるとそう思ったのだ。
俺があの時妹を助けられたように――
それからは、妹が世界が滅ぼす直前になったのが信じられないくらい平和だった。
どこかで神子がもたらす事件が起きているかもしれないが、妹をめぐる事件は確かに終了した。
事件が終了した今、俺にできることはあまりない。
だけど、せめて――
――この平和をずっと維持していきたいと思う。
もともと昔考えた長編予定だった小説を短編用に短くしたものです。
他にもヒロイン予定だったキャラやオーディーンやゼウス、シヴァのペット的な存在とかも考えていたんですがこれ以上のキャラは作者の技量的に厳しいですorz
ここまで読んでくださってありがとうございました。
スライム杯をよろしくお願いします