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その1

よろしくお願いします。

 あの時のアリエルは、頭に血が上りきっていた。


「こんな田舎、もうウンザリよ!」


 彼女は両親に向かってそう言い放つと旅行鞄に手当たり次第の荷物を放り込み、目的無く貯めていた貯金箱をここぞとばかりに叩き割ると、一日に二本しかない列車に飛び乗った。

 両親は引き留めるべくアリエルを追いかけてきたけれど、彼らがホームに着いた時には列車はすでに駅を離れてしまっていた。呆然とホームに立ち尽くす両親に向かって、アリエルは「ごきげんよう!」と陽気に手を振ってみせたのだった。


 それが、一昨日の夕方の出来事だった。

 その後列車を二回乗り継いでアリエルは今、港湾都市玉都の広いホームに降り立った。


 さすがにもう頭は冷えていたけれど、だからといって今更のこのこ帰るというのも現状ではありえなかった。

 持ち物はいくらかの着替えとふかふかのタオル、それから古びた小さなラジオ。所持金はあまり多くはない。


「玉都だもん。まあ、なんとかなるでしょ!」


 そう言うアリエルに『なんとかならないよ、だからお家に帰ろう?』などと諭す声も無く、彼女は見事な緋色の髪をたなびかせ、はりきって市街地へ歩き出した。




 駅舎から出た瞬間、アリエルは思わず目を細めた。

 所狭しと建ち並ぶ背の高い石造りの建物や、駅前広場や大通りにびっしり敷き詰められた石畳が春の日差しを照り返してとてもまぶしい。アリエルが生まれ育った田舎とはまるで正反対だった。


 アリエルの暮らしていた場所は、何故そんなところに居を構えたのかと聞きたくなるほど田舎も田舎、豊かすぎる自然だけが取り柄のような所だった。民家は木造の平屋ばかりで、しかも隣の家は地平線の向こうに隠れてしまって見えない。玉都では逆に、建物が密集して地平線が見えなかった。


「お嬢さん、玉都は初めて?」


 つかの間立ちすくんでいたアリエルに、横から青年が声をかけてきた。

 そちらを振り向けば、金属製のアクセサリーに囲まれた露天商がいかにも接客用の笑顔で手招きしている。

 これが噂の露店販売……とアリエルは若干警戒しつつも、彼の手招きに誘われることにした。右も左も分からない状態なので、情報は少しでも欲しい。


「ええ、田舎から出てきたばかりだからびっくりしちゃって。このアクセサリーはお兄さんが作ったの?」


 注意深く近づきしゃがんだアリエルに、露天商は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ああ、ほとんど趣味だけどね。本業は鍛冶師見習いだから、普段は五時通りの工房で刃物とか鉄製の道具を作ってるんだ」


 そう言って、クロスのペンダントを一つつまみ上げた。


「お嬢さん、これとかどう? 安くしておくよ」

「ごめんなさい、あんまり手持ちないの」


 アリエルが断ると、彼は仕方ないなといったふうにペンダントを元に戻した。


「お嬢さん、旅行に来たのに手持ちがあんまり無いなんて、どうするつもりなの?」


 彼の問いに、アリエルは眉根を寄せた。


「そうよね。実は旅行じゃないんだけど、どっちにしてもお金が無いっていうのは大問題よね」


 腕を組んでうなるアリエルに、青年は意外そうな顔をした。


「え、それじゃあどっかの家に奉公に来たとか?」

「奉公の予定もないわね。ここで普通に暮らせたらいいなって思っているけど」

「頼れる人はいるの?」


 彼は興味深そうにアリエルの顔を見ている。

 アリエルはうーむ、と首をかしげた。


「顔も合わせたこと無い親戚なら居るかも」

「そんなんじゃ玉都で生活していくのは難しいと思うよ」


 青年は肩をすくめた。アリエルも肩をすくめる。


「ご忠告ありがとう」


 露天商相手に、買い物もしないのに話だけしているのも悪い気がしてきたので、アリエルは立ち上がった。


「根拠は無いけど、案外なんとかなると思うわ。手持ちに余裕が出来たら、また覗きに来るわね」


 青年は立ち去るアリエルに軽く手を振って引き留めることはしなかった。



 アリエルは駅前広場の真ん中へ歩いて行った。

 広場は玉都の中心地にあり、ほぼ円形をしている。その中央では大理石の噴水が、日の光を浴びてきらきらと輝く水しぶきを上げている。

 その水しぶきを見上げながら、アリエルは先ほど聞いた話を反芻していた。


「五時通りの工房か……」


 そう言って、南東方向に伸びる大通りの入り口を眺める。そこへ向かう人々は貴族のような人は少なく、平民の方が多い。


 玉都には、この広場から放射状に伸びる十二本の大通りがある。山の上にある王家の離宮、通称玉都城に向かって北に伸びる通りを十二時通りといい、そこから時計回りに一時通り、二時通り、と順番に名前が付いている。大通りはそれぞれ特徴があり、例えば十二時通り沿いには貴族の別邸が集まっているし、七時通りは海の港に向かって伸びているので生鮮食品などの市場になっている。

 そして、五時通りには何らかの職人の工房が集まっているのだ。


「工房だったら、弟子とかお手伝いさんとかで雇ってくれないかな?」


 一度口に出すと、それは素敵な考えのように思えた。

 アリエルは早速、どんな工房があるのか様子を見に五時通りへ向かった。




 五時通りの半ばまで歩いてくると、アリエルはすっかり疲れてしまった。

 帽子工房やアクセサリー工房の様な小さな身につける物の工房に始まり、奥に進むほど陶芸工房やガラス工房の様な大きな物を作る工房までありとあらゆる工房が集まっていた。


 そして、大通りに面した位置に工房を構えているような所はすでに大所帯で、新たな人手など求めていそうもなかった。


「やっぱり無謀だったかな……」


 アリエルは少し不安になって周りを視線を巡らし、ふと気づいた。大通りに寄り添うように細い路地があり、そちらにも小さな工房が並んでいるようだった。


「あっちに行ってみよう」


 アリエルは気を取り直し、まだ見ぬ可能性を求めて脇道に吸い込まれていった。

 高い建物に挟まれて昼だというのに妙に薄暗い道を、きょろきょろと落ちつきなく見回しながら進んでいたその時。


「うわっと」


 どしんと、何かにぶつかってしまった。驚いて振り向けば、男性が派手に転んでいる。

 アリエルはさっと青ざめた。


「すっすみません! 大丈夫ですか!」


 慌てて助け起こそうとすると、その人は乱暴にアリエルの手を払いのけた。


「触るな!」


 怒鳴った勢いで、彼の黒髪からぱっと雫と甘い香りが飛び散る。彼は何か液体を持っていたらしく、転んだ弾みにそれを頭からかぶってしまったらしい。

 アリエルはあたふたと鞄からタオルを取り出し、彼に渡そうとしてはたと固まった。


 さっきまで男性がうずくまっていた場所に、今は少年がうずくまっている。しかも着ている服は男性の物と全く同じで、少年が着るにはずいぶん大きい。

 アリエルは一度タオルに視線を落とし、もう一度彼を見た。やっぱりぶかぶかの服を着た十歳くらいの少年がいる。

 目を点にしていると、少年はおもむろに立ち上がって漆黒の双眸をキッとアリエルに向けた。


「前見て歩け! お上りさんか!」

「はい、お上りさんです! すみません!」


 少年の気迫に、アリエルは思わず腰を抜かした。そんなアリエルを見て、彼は額に手を当てた。


「マジでお上りさんかよ……」

「マジですみません……」


 頭の芯がしびれたようになにも考えられず、アリエルはとりあえず地面にひれ伏した。少年はイライラしたように長く息を吐き出す。


「とりあえず、こんな所で土下座するな。場所を変えるぞ、ここだと少々目立つようだ」


 とげとげした声にせっつかれるように、アリエルは素直にその場に立った。彼は周囲を見回すと、頭をがしがしと掻いた。

 裏路地で元々人通りが少ないとはいえ、昼間の都会である。いつの間にか騒ぎを嗅ぎつけた野次馬が集まりつつあった。


「着いてこい。あっちに俺の店がある」


 彼は路地の奥を示すとアリエルを目で促し、長くなった裾をたくしあげて歩き出した。

 アリエルは何でこんな事になったんだろうと思いつつ、鞄を抱えて彼を追いかけた。




 しばらく歩き続けると、通り沿いは背の高い大きな建物がだんだん減り、平屋建てか二階建ての小さな家が増えてきた。五時通りのだいぶ外れの方まで来たらしい。


 鞄を抱くアリエルの腕も疲れでしびれだした頃、彼はやっと歩みを止めた。アリエルもそれに並び、少年の視線を追った。

 それは木造のこぢんまりとした二階建ての家だった。軒先には少し錆びた看板が潮風に揺れている。海が近いようだ。


「『薬屋レオナルド』……君がレオナルド?」

「そうだ、この玉都一の薬師なんだぞ」


 彼は少し誇らしげに胸を張り、ドアノブに手を伸ばした。しかし、何かにぎくりとして手を引っ込め、さっと横に逃げた。

 その瞬間ドアが勢いよく開かれ、家の中から誰かが飛び出してきた。その勢いのままドアの前に立っていたアリエルに抱きつく。


「レオ、お帰りなさい!」

「ひゃあっ」


 勢いよく抱きつかれたアリエルは耐えきれずに、その人と一緒に地面に倒れ込むことになった。アリエルは反射的に目をぎゅっと閉じたが、いつまで待っても体が地面に激突しない。恐る恐る目を開けてみると、アリエルを押し倒した本人の腕に抱き留められていた。絹のような金髪が頬にかかる。


「あらあら、ごめんなさい。レオだと思って悪ふざけしちゃったわ」


 アリエルの目の前に絶世の美人の顔があった。はしばみ色の瞳が申し訳なさそうに細められ、アリエルは妙にどきどきしてしまった。

 レオナルドが呆れたようなため息を吐く。


「やっぱり貴方ですか。だからいつも、もっと慎重に行動してくださいと言っているのに」

「だって、レオの驚く顔とか見てみたかったんです、もの……」


 その人はレオナルドの声につられて彼を見上げ、そしてみるみる顔に驚きが広がっていく。力が抜けたようにアリエルを解放すると、一瞬の間を置いてはじけるように笑い出した。


「やだ、レオの小さい頃そっくり!」

「本人だ! 無断侵入については後で詮議させていただきますから、とりあえず中に」


 レオナルドは舌打ちすると乱暴にドアを開け、大股でさっさと店の中に入ってしまった。

 アリエルは突然のことに呆けていたが、飛び出してきた美人が手を差し出してきたので我に返った。それにすがって立ち上がると、アリエルは美人に促されて店に入った。



 店に入って真っ先に目に付いたのは、天井から吊された色とりどりの薬草だった。

 入り口の向かいの壁には薬棚が据え付けられており、あちこちの引き出しから乾燥した細長い薬草やトカゲか何かのしっぽがはみ出している。

 奥の方を見れば分厚い木製のカウンターがあった。そこに置かれた椅子がレオナルドの定位置らしく、むすっとした顔のレオナルドが肘をついている。

 部屋の真ん中にはガラスのローテーブルとソファが二脚置いてある。その片方に、美人が軽やかに腰掛けた。


「お前も突っ立ってないで座れ」


 レオナルドに促され、アリエルももう一脚のソファに腰掛けた。思っていたよりもふかふかで深く沈んでしまい、アリエルはバランスを崩して背もたれにもたれかかってしまった。

 アリエルがソファに座ったのを見て、レオナルドは姿勢を正した。つられてアリエルもなんとか背筋を伸ばす。


「それじゃ、まずお前の名前と年齢から聞こうか」

「アリエル・エイプリルです。十五歳」


 レオナルドの眉が少し跳ねた。


「ファミリーネームがあるのか?」

「あ、エイプリルは母の名前です。田舎だと名前がかぶった時に区別できるように、みんな自分の名前の後ろに親の名前も言うの」


 アリエルは失念していたが、この国では庶民はファミリーネームを持たない。貴族が自らの血統を証明するために名乗るものだからだ。


「そういうものなのか」


 レオナルドは疑いつつも納得したように、あいまいに頷いた。

 美人がうずうずしたように手を挙げる。


「はーい、私はクララ、十九歳でーす」

「貴方には聞いていません」


 レオナルドが一瞥してピシャリと遮ったので、金髪の美人改めクララはわざとらしくしょんぼりと手を下ろした。

 レオナルドは咳払いをして続ける。


「で、アリエル。ぶつかった後、俺にタオルを貸してくれようとしたな?」

「うん、髪が濡れているように見えて。それから、何だか甘い香りがした気がして」


 アリエルはレオナルドの目をまっすぐ見て答えた。彼の髪はもう乾いていた。

 レオナルドはそうか、と呟くとカウンターに置かれていた宝石に彩られたピンク色の小瓶を示した。


「その甘い香りの正体は、この瓶に入っていた若返り薬だ。本来は三十倍くらいに希釈して少しずつ飲むものなんだが、原液をもろに浴びたからか、結果はご覧の通りだ」


 レオナルドは眉間にしわを寄せて、ため息を吐いた。

 アリエルは目を見開いて少年を見た。彼とぶつかった時、最初は大人に見えたのは気のせいではなかったのだ。

 玉都一の薬師というのは伊達ではないらしい。


「なんでそんな物を持ち歩いていたんですか?」

「あるお貴族様からの依頼だ。女性っていうのは若さと美貌に執心するものだろう? それで、届けに行く途中だったんだ」


 瓶が過剰装飾気味なのは貴族の見栄っ張りの派手好きに合わせた物だからかと、アリエルは納得した。

 レオナルドは壺を持ち上げ、確認するようにじっくりと壺全体を見た。


「幸いこっちの方は傷とかついていないみたいだ。しかし、誰かさんのせいで中身は全部こぼれてしまったわけだが……」


 レオナルドはアリエルに含みのある視線を投げかけた。アリエルははっと息を飲んだ。


「もしかしなくても弁償……?」


 鞄の中の薄っぺらい財布にそろりそろりと手を伸ばす。


「あの、あんまり手持ちないんですけど……」

「そもそも、田舎娘に払える金額じゃない」


 アリエルは両手で財布を抱えて縮こまる。レオナルドはそんなアリエルを一瞥して瓶を置き、ため息を吐いてカウンターに肘をついた。


「大人しく田舎の両親に事情を話してお金を出してもらうか、それが無理なら働いてもらうか……」


 アリエルは目を見開いた。これから職探ししようかと思っていたので、まさに渡りに舟だ。


「喜んで!」


 勢いづいて身を乗り出すと、レオナルドは目を丸くして椅子からずり落ちかけた。


「妙にいい返事だな……」

「私、特にやることも無かったから、玉都で働くところを探してたの!」


 アリエルはチャンスを逃すまいと、必死に頭を回転させた。


「駅前で五時通りの工房で働いているっていうお兄さんと会って。それで、私もここに来れば仕事が見つかるんじゃ無いかと思ったの!」

「それでお前、あんな所にいたのか」


 アリエルとレオナルドがぶつかったのは工房街である五時通りの少し北側、四時通りとの間にある細い裏道だ。四時通りは玉都で働く人たちの住宅街である。あまり観光で行くような所ではない。


「そうよ。ところで、ここ薬局よね? 私、薬草の知識ならけっこう自信あるわよ!」


 拳を振り回し熱心にアピールするアリエルを、クララはのんびりと見上げていた。そしてふと首をかしげた。


「アリエルちゃんは何か用事があって、玉都に来たのではないの?」

「え、えっと。そういうんじゃないのよね。とにかく、田舎にいるのが嫌で」


 レオナルドが顔をしかめた。


「さてはお前、家出娘か」

「家出なんかじゃないわ! たぶん! 私、もうじき十六なのよ。そろそろ自立しなきゃいけないの。だから玉都で働くのよ!」


 アリエルは拳にぐっと力を入れた。

 レオナルドはあきれ顔だ。

 クララは愉快そうに微笑みを浮かべている。


「つまり、それってお互いにとって都合のいいことじゃなくって? アリエルちゃんは玉都で仕事が欲しい。レオはアリエルちゃんに弁償として働いて欲しい。ね、利害の一致」

「そうは言っても家出娘をどうしろっていうんです……」


 レオナルドは厄介ごとは御免とばかりに眉間のしわを深めた。

 クララはちっちっと指を振った。


「レオ、貴方にとってもすごく良いことだと思うわよ。よく考えて。今の貴方は子どもの姿よ。そんなんじゃ今後、商売にも日常生活にも支障が出るでしょう。到底今までと同じ働きができるとは思えないわ。下手したら薬師としての評判も下がってしまうかも。でも、アリエルちゃんがお手伝いさんになってくれたら、いろいろカバーできることがあるんじゃないかしら」


 クララの話にレオナルドもふむ、と顎に手を当て眉間のしわを緩めた。

 アリエルも今が期とばかりに食い下がった。


「田舎の学校だけどちゃんと卒業してるわ! 家事だってうちで手伝っていたから、一通りのことはできるわよ!」


 レオナルドは、アリエルの顔をじっと見た。


「しかし、お前の親は? アリエルが玉都に来ていることを知っているのか? 急に出てきたのなら心配して探してるんじゃないのか?」

「だから、家出じゃないって言ってるでしょ! 大丈夫よ。うちの両親が私を本気で連れ戻す気なら、とっくに捕まってるわ」


 アリエルの熱弁っぷりに、レオナルドは目を伏せ、降参したように小さく息を吐いた。


「そこまで言うなら。じゃあこれからしばらく、具体的には俺が元の姿に戻るまでうちで働いてもらおうかな」


 アリエルはぱっと喜色を顔に浮かべると、天に向かってガッツポーズした。クララもおめでとうーと小さく拍手している。

 レオナルドは、はしゃぐ二人を複雑そうな顔で見ていた。


「で、アリエル。宿はどうなっているんだ? 長期滞在となると宿代も大変なことになるぞ」

「あ、ノープランだったんで宿取ってません」

「やっぱり家出じゃないか!」


 レオナルドは脱力して天を仰いだ。

 クララは楽しそうに、ぽんと手を打った。


「じゃあ、ここに一緒に住めばいいじゃない。二階に使っていない部屋あるでしょう?」

「確かにありますが……いいのか? 年頃の娘が男とひとつ屋根の下なんて」


 レオナルドが呟くようにこぼしたのを聞いて、クララはきゃーっと両手を自分の頬に当てた。


「やだレオったら。そんな体で何をしようって言うの?」

「何もしねえよ!」


 レオナルドはクララをギッと睨んだ。

 クララは愉快そうにクスクス笑っている。


「なら、問題ないでしょう」


 レオナルドはいらついたように親指の爪を噛んだ。


「問題のあるなしを決めるのはアリエルです」


 当のアリエルは急に話題を振られて、きょとんとした。


「私は気にしないよ?」


 あまりのあっさり具合にレオナルドは力が抜け、再び椅子からずり落ちそうになった。


「気にしてくれよ!」

「だって、クララさんだって一緒に住んでるんでしょ?」


 アリエルの視線を受け止めて、クララはあらやだ、と口元に手を添えた。


「ごめんなさい、私は帰る家が別にあるの」

「え、そうなの! 私、てっきりクララさんもいるんだと思ってた」

「クララ様は、うちのお得意様だ。しょっちゅう店に来ては、一日中入り浸っていらっしゃるけど。うちに住んでいるわけじゃない」


 レオナルドの口ぶりは非難半分諦め半分といった感じだった。


「そうだったの。でもレオナルドさん子どもだし、大丈夫でしょ」

「俺は二十一だ!」


 レオナルドはギッとアリエルを睨んだ。

 アリエルはおっとっとと口を押さえる。確かに最初に一瞬だけ見た彼の本当の姿は、細身長身の青年だった。

 クララがふふっ、と声に出して笑った。


「でも、仕事以外でもサポートが要るかも知れないってことは、住み込みの方が都合がいいんじゃないかしら」


 レオナルドも、それは分かっているんだろう。がしがしと頭を掻くと、アリエルの方を向いた。


「あー、くそ。二階の部屋をひとつ貸してやる。鍵もつけてやるから、とりあえず荷物を運べ」


 レオナルドは人差し指でくいっと手招きした。

2014/02/24 だいぶ改訂しました。

シーン増えたり削ったりしましたが、おおむねストーリーは変わっていません。

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