箱庭世界の眠れる双子
××××と勝利の神が転生した姿であるアテン・ムトゥは両手に纏わりつく湿った柔らかな感触で目を覚ました。
暗闇から解放された視界は、布団の上にある重なりあう三つの裸体を発見する。
アテンは両手を覆う感触の正体が、自らに抱き着くように寝ている二人の少女が自らの手を口に含み、甘く噛み、舐め吸っている結果であると理解した。
少女達はそれぞれの腕を枕にしており、腋に当たるぷっくりした胸の柔らかさや、呼吸に合わせてもじもじと動きながら腿に絡み付くほっそりした足は刺激的だ。
手を自由にしようと優しく動かすと、少女達の口の中をくちゃりと音を立てながら掌が蠢くが、硬い歯をなぞったり、少し堅めな歯茎に当たったり、柔らかな舌が絡まるだけでどうにもならない。
そんな挙動を二人の少女は幸せそうにしながらはむはむと受け入れている。
二人の少女を何よりも大切に思っているアテンは、寝させたままでは怪我をさせないようにするのは不可能だと悟り、二人を揺さぶり呼び掛ける。
「ムウ、トト、起きてくれないか」
ゆさゆさと強めに揺すっても中々起きない。起きない二人に寝起きのアテンは苛々し始めるが、ある事実を思い出して頭が冷める。
――起きたいわけないじゃないか。こんな世界で、理不尽に心を傷つけられた二人が。地位を失い、尊厳を失い、言葉さえ失ったのに。
二人の名はムウとトト。金髪金瞳のムウ、銀髪銀瞳のトトの双子。名字は剥奪された。
金の髪と銀の髪を短く切り揃えて、アテンの匂いを幸せそうに嗅いでいる二人は、三人が住んでいる英雄王国ホルアケルの最上級貴族である六公爵家のシース家の息女だったのだ。
◆◆◆◆◆◆
貴族とは魔宝という物質の恩恵によりレベルという存在階級をある段階、レベル300まで進める事により進化した新人類である。
魔宝とは様々な色をした宝石状の物体。体内に意志により無尽蔵に収納出来、譲渡可能であり現金としても使われる。人間や魔宝生物が死亡時、または瀕死時に奪う事が可能。
ダンジョンにおいて主に魔宝生物を殺害する事で得られる。ダンジョンは地下迷宮や城というのが一般的だが、差別世界では森や山など、単に魔宝生物が生息・発生・繁殖する場所の意味で使われる。
たまに自然死した魔物によるものか鉱石のような状態で得られる事もある。
体内に所有している魔宝の量がレベルを決める。
魔宝により進化した貴族の寿命は人の数倍で、美貌や力、カリスマも人の範疇を逸脱した生き物である。
人類と交配は可能。レベルが高くなればなるほどにそれらは高まり、最上級貴族であるシース家となれば、市民からしたら神も同然となる。
王から力や功績が認められると爵位が授けられて領地が与えられる。領地と言っても、統治やら政務やらは一切行わず、単に税を得る権利と土地を自由にしていい権利とも言える。
名家はそれらを用いて自らの子々孫々を強者のカテゴリーに至らしめた。
領地に住む弱者は税として魔宝を払い弱者となる子を産み育てる。
支配者と被支配者のメカニズム。それを個人のレベル破壊するためですら、多大な才能と運を必要とする。
土地持ち貴族の中でも最上級の六公爵家に生まれ落ちる事はどれだけ幸せな事だろうか。
アテンもまた、六公爵家の生まれだった。アテンの以前の名はアテン・ラース、ラース家の嫡男であり、王候補として有力視されていたのだった。
六公爵家は王に準じた強大な力と税として人々から魔宝を得られる広大な領地を持つために、日頃から交友する事により互いを牽制し合っていた。
そんな事など微塵もわからないアテンとムウとトトは、仲良しの幼馴染みだった。
それに目をつけたのが、シース家当主であった。
レベルを持つものはそのレベルに準じた念料を持つ。念料とは精神的燃料であり、それらを用いて様々な事象を起こして異世界の人々は暮らしている。
念料を用い、実験や研究により発達させられた技術を、既存の技術とは異なるもの、異術と呼ぶ。異術は異術言語や異術記号を用いて奇跡にも似た現象を引き起こすものである。
貴族はその異術を超えた本物の奇跡を扱える。それを人から外れた能力、外能と呼ぶ。外能は遺伝するため、名家と呼ばれる家は昔から優秀な外能を持つものを血筋に引き入れてきた。
貴族の子は身体こそは旧人類だが、様々な点で旧人類より優れており、旧人類と新人類の中間と言える。
そして貴族の子は生まれながらに外能を発現している場合も多い。
それらの美点が高い水準で備わるかは両親の優秀さが重要であり、名家の息女は様々な手を用いて優れた男を迎え入れたのだった。
そしてアテンは英雄王国の初代王である英雄王ルゥートライの持った外能 神性を持つと言われ、それゆえに王候補と見なされていた。
その外能を欲したシース家当主は三人の仲の良さを利用し、双子をアテンの婚約者にしてしまった。二人とも嫁になれば産まれる子供は多くなり、神性を継ぐ可能性が多くなる。
そんな事など気にせず三人は幸せに暮らしていた。それは享楽時代とでも言うような素晴らしき日々。
それが終わりを告げるのは、一年前の事だった。
貴族化とは身体に負担をかけるために、14歳になるまで行われない。
それを成人の儀式と呼ぶ。
悲劇はそこで起きた。双子は自らに悪影響を及ぼす外能を発現したのだ。
外能 魔宝拒絶 それは、魔宝吸収率を著しく妨げるものであった。
魔宝吸収率はこの世界に生きる者にとって非常に重要だ。レベルを上げてくれる魔宝という物質の吸収率には個人差がある。
最高値の者と最低値の者には八倍以上の差があり、最低値のものは八倍の魔宝を集めなければ最高値のものに追い付けない。
双子はその最低値とされていた者を下回っていた。貴族へと変化していた身体は旧人類へと戻り、得た外能は消えず、全てを失った。
アテンが見たのは、ぼろ切れのようになった双子が虚ろな瞳で処刑を待つ姿だった。
今まで彼女達を慕い助けた市民級の使用人達はその哀れな姿を汚ならしいものかのようにただ見ているだけ。
アテンはある契約をシース家と交わして、その代価として双子を救いだした。
成人の儀式を目前としてレベル290に達していたアテンは市民級ぎりぎりになるまで自らの魔宝を双子に分け与えたが、二人のレベルはやっと下層民を抜けたところで、レベル100である市民級には至らなかった。
だがアテンは何とかして双子を市民級にまでさせなければならなかった。
その理由は貴族に付与された殺人権である。
貴族はその力に酔う傲慢な輩ばかりであり、旧人類は動くゴミぐらいの認識である。
そんな貴族級が余りにも市民級や下層級をいたずらに殺害し続けた結果、国の産業が成り立たなくなったために王は無制限の殺害を禁止した。
差別世界ではレベルが最高に位置する王の発言は重視されたが、貴族達から下克上をされる事を恐れた王はその代わりにレベルが300以下の者で、産業に影響を与えない常識の範囲までならば市民級以下の殺害の理由は問わず、貴族以上ならば正当な理由があれば殺害出来る権利を貴族達に与えた。
貴族級の子供には特別に与えられる地位がある。殺人権の対象にならず、両親が死んだ際に魔宝の継承権を持つ。それを『貴族の子』と呼ぶ。
それが成立した理由は年齢の関係から儀式を経ていない子が殺され多数の貴族階級を巻き込んだ内乱めいた私闘が何度も起きたからだ。
それからは貴族の子は王の印が刻印されたブローチを服に着ける事により立場を証明し、安全が保障される事になった。
その地位と家名を双子は剥奪されたのだ。そして双子を助けるために魔宝を差し出したアテンも当主である父親の怒りを買い、地位を奪われた。アテンはまだいい。
彼には勝利の力があり、ぼろぼろになり苦痛は味わうだろうが、例え王から命を狙われようとも生き長らえるだろう。
しかし双子は駄目だ。市民級にさえ満たないレベルの二人は貴族の肩がぶつかったり、苛々した貴族に出会うだけで憂さ晴らしに無惨に殺されるだろう。
市民級になってやっと、ある程度は安全になる。市民級ならば下位貴族は手を出しにくいし、逃げる事も可能だ。そうすればアテンと一緒ならば注意しながら出歩けるだろう。
上位貴族ほど下位存在に興味を持たず、欲情もしない。虫けらをいたぶって喜ぶ人間も、虫けらと交尾して快感を得る人間もいないというわけだ。
一番数が多くて危険なのが下位貴族で、殺人権制定の理由となった事件の大部分は下位貴族によるものであった。
幼い子供をいたぶる気持ちなのだろう。自らよりも弱い存在を嬉々として弄ぶ下位貴族達は差別世界の象徴的存在である。
そんな輩から愛する双子がいたぶられるのは許容出来なかった。
アテンは市民級の者が多く貴族があまり訪れない場所に家を借りて双子を囲った。弱いものに対してこの世界は余りにも冷たかった。
弱いものなど、生きる価値がない。強くなれないなら、生きる甲斐がない。
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アテンはやや強めに二の腕に頬をこすりつけている少女達を揺すり起こす。二人はやや苦しげにしながら目を覚ます。アーモンド形の綺麗な金と銀の瞳がゆっくりと開かれていく。
ムウとトトはその目にアテンを映して顔を綻ばせる。しかしその顔はすぐに青ざめたものへと変化する。
覚醒した意識が己の犯した罪を自覚させたからだ。二人は素早い動作で昨夜の情事の跡が残る裸体をアテンから引き離すと、布団の上で正座をして身を低くし頭を膝に付くくらいに下げる。
恥も外聞も気にせず、かたかたと裸身を震わせながら必死に許しを乞う。
それを目の当たりにしたアテンの顔は苦悶に歪んでいた。
あの日に失ったものは、こぼれ落ちたものは、取り返す事が出来ていないのだと、この風景は雄弁に語っていた。
生家から捨てられた二人は『愛玩動物』としてアテンに譲り渡された。
平穏な日本で暮らしていた××××の記憶を受け継ぎ、六公爵家という最上級の地位にいたアテンにはレベルという存在階級の重みを理解していなかった。
レベルが最下層であることが双子の心をいかに傷つけ、砕き壊していたかなど頭の片隅にも存在しなかったのである。
◆◆◆◆◆◆
最初は捨てられたショックのせいで塞いでいて、時間が経てば幼き日のように快活でお喋りで心優しい二人が戻ってくると思っていた。
初めに彼がおかしいと思ったのは双子がまともな言葉を返さなくなったことだ。単音を繋ぎあわせた唸り声のようなものしか出さない。
医者に見せると心因性の失語症だと言う。使い物にならないから異術式で記憶を破壊してお前の思い通りになる人形にしてやろうかと言われた。
その医者の言葉に心が摩り切れていた双子は頷いた。当然、アテンにそんな事が出来るはずがなかった。
双子の病状が少しでも良くなるように彼は様々な努力をした。
実家から勘当されたがアテンには姉が一人、妹が二人いた。その姉妹達との間にシース家と同じ契約を結び、魔宝を無心した。
自らを切り売りするその契約は吐き気を催すものだったが、双子の為にアテンはその義務を淡々とこなした。
それで得た魔宝で彼は外に出られない二人に色々なものを買い与えた。
双子の好きだった本、可愛いお人形、綺麗な花、可憐なドレス、流行りのお菓子。
それらに興味を示さないどころか、恐れ多いといった風にひれ伏しながら突き返して来る。
服はアテンが掃除や服の補修の為に使おうとした布切れの山を双子が縫い合わせワンピースに仕立てあげたものを何着も作り、それを着た。
それこそが自分達に相応しい服装なのだとでも言うように。
そして無言で彼の為に働いた。少しでも自分の価値を高めようと必死に彼に尽くした。
幾らそれを止めようとしても無駄だった。止めようとすると、二人は静かに泣きながら平伏すのだ。止められるという事は必要ないという事であり自分達は捨てられるのだ。
追い詰められた二人の脳内ではそのように歪んだ解釈が成されていた。
双子が仕事をするのをアテンが許すまで、何時間でも平伏したままでいるのだった。
極めつけは二人のアテンを見る瞳がぐずぐずとした熟し過ぎて腐った果実のようになっていったことだ。
アテンの自惚れでなければ三人は相思相愛であったように思える。しかし今は度が過ぎているとでも言うのだろうか、あるいは気が違っていると言ってしまってもいいのだろうか。
いつでも視界にアテンを入れる事が当然となった。それ以外を見る事は無駄だとでも言うように。
彼の外面的な一挙一動から顔や言葉に表される内面まで一つ残らず見逃すまいと食い入るように見つめているのだ。
そしてその視線を感じたアテンが視線を返すと何か途方もない幸福に出会ったかのような笑みを浮かべるのだ。
小さな頃に仔犬のようにじゃれ合った時に見せた快活な笑みではなく、何かに心酔し切った者の愉悦の笑みで。
双子の異常な行動は加速していった。アテンの着ていた服の臭いを嗅いで喜んだり、彼の抜け落ちた黒い髪を集めたり、彼の後ろを意味もなくちょこちょことついて回ったり。
また、彼から離れる事にひどく不安を抱き泣きじゃくった。この事から寝る事や風呂も一緒にするようになった。
そして二人は父親から言われたようにアテンの『愛玩動物』になった。
二人の興味は彼の関心を得る事であり、身体を優しくぶつけて犬のようにぺろぺろと掌や首を舐めてきたり、首を撫でられて猫のようにごろごろと言う。
しかし、彼女達は犬や猫ではなく人間の『愛玩動物』である。
求められるがままに犬や猫にするように腹をさすってやったり、背中を撫でたり、耳を弄ってやると双子がはぁはぁと息を荒くしているのに気付いた。
二人の身体からは興奮による汗の匂いがぷぅん、と香り、瞳はとろんとしていた。
そこでアテンは二人は犬や猫ではなく人間の女であり、女として愛玩される事を望んでいる事を理解する。
初めは彼は拒絶した。根底にあるのは愛などではなく逃避と依存であると誰の目にも明らかだったからだ。
どんどんと閉じられていく二人の世界は彼からは酷く病的に見えた。
それでも双子は執拗に彼を誘った。
自分達を取り巻いていた優しい人々は失われてしまった、結局は言葉や感情や論理などの抽象的なものではなくて身体を繋げるといった事実こそが大事なのだ。
雌として所有されるならば彼が自分達の肉体に飽きるまでは側に置いてくれるだろう。
双子の頭の中にはそのような考えが呪いのようにこびり着いていた。
何度も泣きながらすがられ、求められてアテンは双子と肉体の契りを結んだ。
もしかしたら彼が前世で好んで読んだ物語のように、愛の奇跡で双子が治るかもしれないと淡い期待を抱いた。
彼は愛の言葉を呪文のように繰り返しながら行為に没頭し、可能性にすがるが。
肉体の戯れを終えた後に双子の顔に表れたのは喜びではなく、ただ安堵する表情。
必死に掴んだ藁によって何とか助かったという顔。
アテンは二人はもはやレベルという存在階級を取り戻す事でしか救えないのだと諦めるしかなかった。
いつ用済みとなって命を失うかわからない苦界で二人は溺れ続けているのだと。
◆◆◆◆◆◆
「いいんだ、謝らなくていいんだ……」
二人が何故許しを乞うているのかアテンにはわからなかった。彼より早く起きなかったからか、昨夜の情事の始末をせずに眠った事か、彼の呼び掛けにすぐに応えなかった事か。
何が彼女達の決めた『愛玩動物』のラインを越えてしまったのかは。
それでも許さなければならない。だから顔を歪めながらも二人を抱き寄せて褒める時のように首や頬を撫でてやる。
するとほっとした表情をしてからべたべたと彼に体を寄せて媚びへつらった笑みを向けるのだ。
この顔を向けられる度に、望んでいた何かから永遠に離れてしまった自己をアテンは感じるのだった。
「あー、ぅああー」
「んぅー、ぅうー」
双子が彼の腕を掴んで浴室の方を指差す。毎朝の恒例行事である昨夜の後始末を行うために三人は浴室へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
シャワーを終えたアテンは通っているアテネルヴァ学園の制服に袖を通していた。男子の制服は紺のブレザーにスラックスという彼が前世でも見慣れたものである。
存在階級の上昇による双子の地位の復権を必要とする彼は莫大な量の魔宝を必要とした。
何せ魔宝吸収率最低の人間を貴族級にしようというのだ。レベルは上がれば上がるほどにより多くの魔宝を必要とするために天文学的な数字となるだろう。
理論的に言ったら最上位貴族級を殺害しなければならない。
そんな量の魔宝を援助してくれている姉妹に無心出来るわけがなかった。だから彼はワーカーを目指す事にしたのだ。
ワーカーとは働き手、この差別世界で最も古い職業である事からそう呼ばれる。
魔宝で進化した人間以外の生命から魔宝を手に入れる職業。ただ裏では人から奪うものも多く、人専門のワーカーもいる。
下位は働き蟻など馬鹿にされるが、高位は上位貴族や王族級もいるために職業の地位自体は悪くない。
一代で成り上がるものも多いために若者に人気、というより地位を少しでも上げたいものは大半が一度はワーカーにつく。
しかしワーカーの死亡率は非常に高く、そこに商売の臭いを嗅ぎ付けた高位ワーカー達がワーカーを目指す者にノウハウを教える学園を作り上げた。
学園の成立により死亡率は下がり、ワーカーを目指す者で金銭的余裕がある者は学園に通う事が必須となった。
アテンと双子は領地持ち貴族が高位ワーカーと共同で開発した学園都市アテネルヴァに住まいを移し、数ヵ月前から彼は学園の生徒となったのであった。
彼が着替えを終えて食卓へと向かうと美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
食卓には白くて丸いパンと焼かれた肉に野菜サラダ、コップに入った水が一人前用意されていた。
「おいで」
アテンがそう呼び掛けると、椅子に座っている彼の側の床に双子は姿勢正しく膝をつく。
パンを千切ってやり小さな唇に寄せてやると彼の指ごとぱくりと美味しそうに口に入れてしまう。
もぐもぐと幸せそうな顔でそれを咀嚼し終えるのを確認すると次は肉をナイフで小さく切り分けてフォークで雛鳥にでもするように口に差し出す。
このような奇妙な習慣が始まったのはアテンが双子が最下層民の食べるような残飯を食事としているのに気付いてからだ。
彼がきちんとした二人の食事を用意しても手をつけないどころかそれを恐れるように遠ざけるのだった。
試行錯誤の結果、彼の手からならしっかりとした食事を取る事がわかった。
そこまでしてくるのを断るのは無礼であるという感覚なのだろう。
そのお陰で少しの風変わりさに目を瞑れば最下層民のような骨ばった体ではなく昔と同じ健やかな肉体でいてくれるのだから、彼はそれ以上深く考えなかった。
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「それじゃあ行ってくるよ」
玄関でアテンを見送る二人の眼には涙が溢れている。うぅー、あぅう、と唸りながら今生の別れであるかのように切羽詰まった顔で彼を送り出すのはいつものことだ。
彼を送り出した後は家の仕事を終えると双子はアテンの髪やら服、布団に囲まれて彼が帰るまで眠ってしまう。
それが双子の日常で、それだけでいいと思ってしまっているのが双子の生活なのだ。
アテンは失ったものを取り戻すために、今日も家の扉を開けた。