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Privilege of god ~内に秘めたる力~

「日ノ本は神によって守られている」


巫覡とは。

先天的または後天的に内へ神を賜った者たちのこと。

後天的に現れることは稀だが、武器や場所に留まった神は何らかの条件を満たすと、人間に取り憑くとされている。

依り代となった身には、神の名を冠した漢字が刻まれ、力のごく一部を扱える。

事物を操り、姿を化かし、傷病を癒すその力を恐れた古代の人々は、寺社に彼らを祀り、戦神として信仰した。

世に言う御神体とはこのことである。

畏れ敬われていた彼らは侵されることがなく、奥で巫女たちに世話を焼かれていたおかげで、表立って現れることはなかった。

そのころの巫覡は日に当たらないため肌は幽霊のように白く、運動をしない腕はまるで小枝だったという。

おかげでちらりとでも見た村人たちは、その姿に神々しさを感じ、毎日のように膨大な供物を捧げた。


しかし人の目に触れないものは廃れやすい。


後に存在は神話化され、寺社には偶像が祀られるようになり、巫覡は人々の記憶から抹消されていく。

何も与えずとも金を生み出す虚構の像に目が眩み、追い出され各地を放浪する羽目になった者たちもいた。

巫覡と分かっても化け物として差別される者たちも。

生きる場所を奪われただけでなく、子供たちも親に捨てられた。

それでも彼らは生きていた。

あまりに厳しい世の中を生き抜くために、彼らは力を隠した。できる限り何も変わらない凡人を演じた。

自ら仏門に入り、仙人と名を馳せたり、不治の病を直し、聖人として名を連ねたのは一握りどころかひとつまみほどの巫覡たちである。

時が過ぎるにつれ巫覡という言葉すらも忘れられた。仙人や聖人たちには巫覡という意識はなくなった。

余談だが仙人や聖人になれたのは巫覡の中でも力の弱い者だけだった。

何故なら強すぎる力は必要とされておらず、人々が求めたのは危険をおよぼさない救世主であったからだ。

人にとってはやはり異能者は恐ろしいもの。どうせなら凡人に近いほうが親しみやすいというのが世の風潮。

強者は淘汰され、弱者で世渡り上手が生き残った頃、日ノ本は戦国時代。

息を潜めていた巫覡たちに一筋の光明が差した。


尾張のカリスマ織田信長の登場である。


彼が一躍有名となったのは、田楽狭間での今川義元との戦い。

文字通り霧のごとく現れた信長軍に、冷静さを失った今川軍はあっという間に散り散りになり、義元の首は宙を飛んだ。

確かに当時猛暑のために雷雨だった。しかし酒宴を催したという話は真っ赤な嘘だ。

義元は信長の前衛拠点を次々と攻略していったが、そこは名将らしく傲りはない。

信長軍僅か二千の中に一人の女がいた。

花の盛りの十三歳の彼女は輝くばかりに美しく、まさに神の化身と言うべきものだった。

お察しの方もいるかもしれないが、女が巫覡である。

彼女は一軍を隠して、今川義元の目前で姿を現した。そして彼の炎が雨の中地を舐め、退路を断然し、義元の刀を奪った後に全てを燃やし尽くした。

義元の布陣した山は今でも草木一本生えないとか。

かくして巫覡の有用性は明らかになった。

味を占めた彼は寺社仏閣を襲い始める。

最も多くの巫覡を抱える本願寺とのいざこざは今も続いており、毛利家も参加して複雑化していることは有名だが、すでに世界各国をしのぐ異能者を雇っていることは明白である。

慌てて巫覡集めをする諸国は危機感を募らせ、織田信長という異端児を危険視した。

実は越後の上杉謙信や甲斐の武田信玄も信長と同族で、しかもその有り余る力を川中島でぶつけあっていたことは世間の知るところではない。

前述した通り巫覡は隠すもの。

大名には巫覡が多かったが、僅かながらに残った伝承に乗っ取り、力を忘れさせることに努めた。

今となっては大方が力の目覚めを終え、むしろ巫覡でないことを恥に思う世になったが。


閑話休題。


誰よりも早く利用価値に気付いた信長は、巫覡だけの軍隊を作るなどして日ノ本統一の駒を進め、あと一歩のところまで来た。

大名たちの焦りは頂点に達し、包囲網など組んだが上手くいかず、やけになりかけていた頃。

どうしたことか信長が国内の進軍を止めた。そして目を向けたのがヨーロッパだった。


魔女狩りというものがある。


それは巫覡の集団弾圧であり、多くは罪もない一般人だったが、それに紛れた本物の巫覡も多く殺された。

元々なぜか巫覡が出やすかった日ノ本に比べ、ただでさえ少なかった彼らの数は激減。

国民全体が殺気立ち、巫覡のふの字も言うことを許されない。

それを生み出した家系はヨーロッパの宗教において救いを受けられないとされ、子供に少しでもその気がうかがえれば捨てる親も多かった。

世に言う神の加護の薄い空白地域。

しかもヨーロッパでは戦争がおさまりつつあり、腑抜けた気風が漂っていた。彼がまず狙ったのはアルビヨン。

アルビヨンは島国であり、周りから攻められにくいことが信長のヨーロッパ拠点足り得た所以だ。

遠い異国の地で島国を発見し、日ノ本を思い出したのかもしれないが。

海からの攻撃も鉄船さえあればなんてこともない。


その素早さといったら目を見張るものがあり、彼らが通ったあとには焦土しか残らないと恐れられたものだ。

これはすでに日ノ本の銃器製造技術は、勤勉な鍛冶屋たちによって、世界をずば抜いていたことも起因している。

もちろん諸国も信長の攻撃に甘んじていたわけではない。

目には目を、歯には歯をとばかりに巫覡を集めて、対抗しようとしたのだ。

だがしかし長年に渡って差別されてきた彼らが、そう簡単に手を貸すはずはなく、むしろ巫覡を子に持つ数少ない親たちは隠そうとした。

むしろ信長に売り渡す者も出た。

信長は巫覡の家族に多額の金を出し、その生活を保証し、また巫覡は一般兵よりも待遇がよかったため受けがいい。

焦りが強くなりつつあった国の上層部は、信長に渡した駒を提供しない人々を殺し、老人も子供も関係なく異能者を引きずり出す。

結局それでも集まったのは数十人足らず、もちろん訓練も積んでいないため、軍の補助くらいにしかならない。

何百人もの鍛えぬかれた巫覡を引き連れる織田軍の猛攻に、なす術もなく倒される強国たち。

それを見て弱小な国々は、戦う前に白旗を上げた。

こうして日ノ本は文献でしか知られない極小の島国ではなく、ヨーロッパの半分以上を統治する列強の一つに成り上がったのだった。






「骨折り得のぼろ儲けってか」


四人がかりて運ばれる長持ちを見て、甲板を転がる樽を見て、夏蔭はニヤニヤ笑いが止まらなかった。

キセル片手に白い煙を吐き出すと、白い雲が新たに空へ上っていき、高みを見るよりも先に霧散する。

目の前の手摺に留まっていた海鳥は不思議そうに首をかしげ、その顔にふっと白い息を吐きかけると、慌てて飛び去っていった。

先の戦では通常の金額に白星金、さらに迷惑料と称した金を含めて請求したのだが、彼らは全く気付かなかったらしい。

別に法外な値段を提示したわけではない。払っても国が傾かないギリギリを狙って請求したのだ。

だがギリギリということは何か異常があれば滅亡するような額である。

どうやらこのまま国まで攻め滅ぼされては叶わないと踏んだらしい。思いの外あっさり出して、あっさりと追い払ってくれた。

しかもほとんどを日の本特産の布や食品で払ってくれたので、これは異国で売り捌けばかなりの高値になる。

もし初の黒星をつけることになったらどうしようかと心配していたが、本当に骨折り得のぼろ儲けだった。

もし国主が賢ければ、まだ私たちを解雇した旨を広めていないはずだ。バレるまでの間、復興の盾に名は使われるだろう。

名前の使用料とか取ったら、いい収入になるな。

これまた戦利品の金平糖を口に放り込むと、広がった甘さにますます頬を緩めた。

代わりにキセルは灰皿に伏せる。


「御頭ぁー、手伝ってくださいよぉー!

とりあえず適当に詰めとけって言ったから、今入れ替えなきゃいけないんですからねぇー?」


「私の膝が取り込み中だから無理だな」


階下からの文句を非情にも跳ね返し、膝で丸くなって眠る白兎の頭を撫でた。

墨を流したような髪から、灰色の長い耳がぴょこんと飛び出している。それは表面を短い毛で覆われ、時節何かに反応して震えた。

まるで荒んだ現世に落ちてきた天使だ。

日に温められた風が磯の香を運んできては散らす。頬を撫でる感覚は柔らかく、荒れる様子もなく、眠りを誘う。

そんな昼下がりのことだった。

胡座の隙間にすっぽりと収まって、寝息を立てる白兎につられて、夏蔭も舟を漕ぎ始めた。

苦情の声が沸き上がるも、帳をかけられた聴覚には虫の羽音ほどの害意ももたらさない。

見ていなくたって最後には必ずやらなくてはならない。だったら後でやいのやいの言われるより、終わらせてから邪魔されずゆっくりと娯楽に興じるのが賢明だ。

それを彼女らが理解していると知っているからこそ、こうして日向ぼっこに現を抜かしていられる。

それに夏蔭より優秀な監視役なら他にいるのだ。

重い瞼をうっすら開けて確認すると、赤色が長持ちを持った一人に拳骨を食らわせたところだった。


「ひどい!女の子にこんなことするなんて!」


「都合のいいときだけ女の子振るな!お前はいつも下着を脱ぎ散らかしてるだろ!」


「やだ!勝手に見たの?」


「片付けるこっちの身にもなれ!」


可哀想な炎魃。圧倒的に悪いのはあっちなのに。

かといって助ける気力もなく、再び目を閉じる。

次第に辺りから音が遠ざかり、瞼越しの光が掠れてゆく。

遠退き始めた頭蓋の軋みは、直に影もなくすだろうから、より眠りに落ちやすいはずだ。

あとは静寂に身を委ねれば……、

水中に沈むような感覚を味わおうと、身体をより深くもたれさせたとき、波音に紛れて鼓膜に引っかかったか細い鳴き声。


「い、如何なさった?」


パチリと目を開けると、目の前で羽織を広げている炎魃がいた。

あの数秒であそこからここに移動できるようになったとは。

少し驚いて彼を見つめてから、目を擦って辺りを見回す。

鳴き声の主らしき姿は見当たらない。

お前は聞こえたかと問うてみると、


「下で扉に小指をぶつけて騒いでいる輩がおりまするが」


「いや、そういうのじゃなくてだな」


もういちど耳をそばだててみると、やはり聞こえる。

動物の鳴き声のようだ。

膝の白兎を遠慮する炎魃に手渡すと、夏蔭は手摺を飛び越えて階下に降り立った。

光景は少し違うがまだ片付けは終わってないので、うつらうつらしていたのは数秒ではなく五分か十分そこらか。

そこには確かに足を抱えて転げ回る女がいた。ただぶつけたというわけではなく、正しくは荷物を足に落としたらしい。

さっき長持ちを運んでいて、真面目に働けと怒られた彼女ではない。

とは言っても彼女もそこまで騒ぐほど柔ではないはず。

構ってオーラ満開の彼女に呆れ顔の仲間は、駄々っ子のような彼女を見下ろしていた。

白兎に頼んであいつのおかずを一品減らしておこう。

名前を覚え、本来の目的の鳴き声を辿る。

広い甲板上には各々の仕事に勤しむ部下たちがいるし、波音も絶え間ない。

消えがちなその声は船首から上がっているようだった。

いたのは黒い猫。夜空の一画を切り抜いたかのようなシルエットは、闇にも負けないものがある。

その猫が嫌いな海に向かって、必死にニャーニャー鳴いているのだ。

不吉だから黒だけは絶対ダメだと何度も言い含めていたのに、どうやら分からず屋がいるらしい。

酔うと可哀想だからと禁止している動物だが、誰かしらがどこかしらから拾ってきて、現在船には確認した限り十匹ほどの犬猫がいる。

本人たちにも後ろめたいところがあるので、もちろん全て船長たる夏蔭からの許可はない。

やれやれと思って後ろから猫の首を掴んだ。

猫は激しくもがいて、手から逃れようとする。


「おい落ち着け。簀巻きにして投げようなんて考えてないっ、つっ!」


引っかかれた。甲に三本の赤い傷が走る。

思わず手を引っ込めると、四本足で濡れた甲板へ見事着地した。

そのまま一目散に逃げてくれれば、後を追って寝床をつきとめ、飼い主に説教でも食らわそうと思ったのだが、逆にその猫はまた手摺に飛び乗って、海に向かって切実な声を上げ始めた。

乗り出した身体は今にも落ちそうなのに気にも止めない。


「魚か……?」


ヒリヒリする傷を舐めながら、海面を覗く。

飛び魚なんかの類を見たのかと姿を探すが、全く飛ぶ魚群は見当たらない。

キラキラと輝く水面の中にはあるが、陸人では分かりづらいものを猫ごときに見つけられるのだろうか。

代わりに袋が浮き沈みを繰り返していた。

それは船の切り裂いた波で後ろへと流されていく。

鳴いていた原因はあれ以外にない。


「あれか?」


尋ねると一層強く鳴く。まさか答えたとは思わないが、もう一度袋を見てみた。

その布には別に気になるところはない。

もしかしたらマタタビでも入っているのかもしれない。

無駄と知りながら猫と同じように身を乗り出して、できる限り海面と顔を近付けて匂いを嗅ごうとした。

背に走る力強い衝撃。

半身が船外に出ていたせいで、夏蔭の身体はあっけないほどあっさり宙へ飛び出した。



初めのほうが気に入らん……。

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