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選ばれなかった俺たちが、学園崩壊で“選ぶ側”になるまで  作者: 孔雀丸


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第五話 静水の槍

――ここから、戦いは変わります。


これまでの三人の戦いは、力で押し切る「生き延びる戦い」でした。

ですが今回、そこに“頭”が加わります。


冷静に見ていた者が、ついに一歩踏み込む。

見えていたのに動かなかった人間が、「選ぶ」側に回る。


その瞬間、戦場はただの修羅場から――戦術へと変わる。


ただし、代償は軽くありません。


感情と理性。

どちらを優先するのか。


その答えが、この話の中にあります。

 南海(みなみ)の結界が、砕けた。


 桃色の光が粉砕され、黒い牙の群れが彼女の顔面に殺到した。

 その一秒前――三階の窓の外で、細呂木蓮(ほそろぎれん)は動けなかった。


 見えている。

 助かる「解」が、完全に。


 足が、床に張り付いたように動かない。

 ――――――――――――――――――

 一 風が、死んでいた

 放課後の三階渡り廊下。

 蓮は欄干から校庭を見下ろしたまま、動かなかった。


 グラウンドの砂埃が逆流している。

 上から下へ。重力を完全に無視して。

 バスケで三年間鍛えた空間把握能力が、言語を持たない部位で叫んでいた。


 吹奏楽部の音が、ぷつりと途切れた。


 スマホが震える。妹の琴音(ことね)から。


『兄さん、まだ学校?』


 一秒だけ画面を見て、返信を打った。


『図書室。すぐ行く』


 送信するより早く、視線は校舎裏に落ちていた。


 北潟慎悟(きたがたしんご)。その妹・友紀(ゆき)坪江南海(つぼえみなみ)


 数日間、観察した。結論はとっくに出ている。

 あの三人は「見えない敵」と戦っている。

 力だけはある。だが戦術は自殺に等しい。

 感情が先行し、計画が追いつかず、毎回ぎりぎりで生き延びている。

 解が存在しない方程式だ。


 関わるべきではない。


 踵を返そうとした瞬間、空気が軋んだ。


 金属が腐るような。獣の体液が蒸発するような。

 この世のものでない悪臭が、鼻孔の奥に刺さった。


 全身が凍りついた。


 それより一瞬早く、スマホが再び震えた。

 琴音から。


 蓮は画面を、見なかった。

 ――――――――――――――――――

 二 狩り場

 中庭で、黒が爆ぜた。


 ベンチの下。アスファルトの隙間。あらゆる暗がりから、タールのような煙が滲み出してくる。

 一秒、二秒。輪郭が実体を持ち始める。


 鉄錆と腐肉の悪臭が、逆流する風に乗って鼻腔を刺す。


「えっ、何……」「足、掴ま――」「キャアアアアッ!」


 悲鳴が夕空を裂いた。


 黒煙が瞬時に実体化し、恨卑(こんぴ)の群れが生まれる。昨日の数倍。地獄の釜が底を抜いたような密度だ。


 三階の窓から、蓮の瞳孔が針のように収縮する。


 中庭の片隅。ベンチの陰で膝を抱え、立ち上がれない女子生徒が一人。

 顔が、どこか琴音に似ていた。


 その喉元へ、一体の恨卑がねっとりと鎌首をもたげる。


「中庭だ!」


 怒鳴り声。慎悟たちが階段を蹴り破るように飛び込んでくる。


 蒼い光が爆ぜた。


「やめろォォォォッ!」

 〈蒼牙・裂風斬!(そうが・れっぷうざん)


 蒼王(そうおう)の刃が風圧ごと恨卑を薙ぎ払い、生徒たちから死の距離を引き剝がす。


「校舎に戻れ! 走れッ!」


 凍りついていた悲鳴が、一斉に動き出す。

 琴音に似た彼女も涙で顔を歪めながら、人の波に飲み込まれていった。


 蓮の肺から、短い息が漏れる。

 間に合った。

 だが――


 ドォンッ!


 大気を殴りつける轟音が、全ての音をかき消した。


 屋根から、巨大な質量が落下する。アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け、白い粉塵が中庭を覆う。


 その中心で、黒緑の鱗が光を吸い込む。


 疾牙(しつが)


 昨日の個体より明らかに巨大だ。黄色い双眸には、明確な「嘲笑」が浮かんでいる。

 その背後から、さらに十数体の恨卑が這い出した。


 狩り場だ。

 最初から、ここが。

 ――――――――――――――――――

 三 連携の死

「くそっ、終わらねえ!」


 蒼王が二体の恨卑を両断する。だが隙間を縫って別の三体が足元を狙ってくる。

 昨日の鈍重さはない。

 大振りを誘い、死角から肉を抉り、離脱する。完全に統率された狩りの動き。

 群れが、意思を持つ一個の生き物のように動いている。


「兄ちゃん、後ろ!」


 振り返るより早く、疾牙の鎌爪が振り下ろされる。慎悟は反射で刀を盾にした。


 ギィンッ!


 衝撃が腕の骨を悲鳴させ、足裏がアスファルトを削り、数メートル後退させられた。


「ああっ!」


 南海の悲鳴。桃色の結界に、無数の黒い爪が突き立てられている。


 ビキッ。


 結界に亀裂が走った。南海の顔から血の気が消える。


「南海!」


 友紀が地を蹴る。だがその進路に疾牙が滑り込む。


「どいてっ!」

 〈朱迅・紅閃突(しゅじん・ぐれんとつ)!〉


 真紅の槍撃。疾牙は上半身をわずかに捻り、紙一重で躱す。

 すれ違いざま、丸太のような脚が友紀の脇腹を叩き打った。


「がっ……!」


 肺の空気が全部なくなる。右足首に激痛。

 連携は、完全に死んだ。


 慎悟は群れに埋もれ、友紀は機動力を奪われ、南海の防壁は限界を迎えている。


 一体の恨卑が、南海の腕に牙を立てた。


 血が噴き出す。焼けるような痛みと、噛まれるという原始的な恐怖が、背骨を一気に駆け上がる。


「やだ……一人は、いやだ……!」


 涙が視界を塞ぎ、結界の維持が崩れていく。


 疾牙は動かない。

 舞台の上でもがく役者を、特等席で観賞している。

 心が折れ、膝をつく瞬間を、愉しみに待っている。


 パリンッ。


 桃色の光が砕け散った。


 獣の腐臭が、南海の顔面に吹きかかる。

 黒い牙の群れが、一斉に跳躍した。

 ――――――――――――――――――

 四 計算の裏に隠れて

 三階の窓際で、細呂木蓮の表情は――氷だった。


 戦術として見れば、ただの自殺行為だ。

 規格外の力。だが、運用が致命的に下手だ。

 敵は三人の距離を引き離し、孤立させてから疾牙が一体ずつ処理する。

 小学生でも分かる各個撃破。


 関わらない方がいい。

 日常の外側に踏み込んだら、二度と戻れない。


 蓮は踵を返した。

 足が、床に張り付いたように動かない。


 視界の端に、血まみれの慎悟がいる。

 膝が砕けかけているのに、まだ前に出ようとしている。


 中学二年の冬。放課後の教室。泣いている女子生徒。


 主犯、従犯、傍観者。

 誰がどう動けば連鎖が止まるか、全部見えていた。

 声をかける角度も、タイミングも、リスクを最小化する手順も。


 動かなかった。


 計算は完璧だった。彼女は転校し、蓮の平穏は守られた。


 そして――彼女の名前を、もう覚えていない。


 蓮は窓枠を掴んだ。

 力が入りすぎて、指が白くなった。


 また、見殺しにするのか。

 計算の裏に隠れて、逃げるのか。


「違う」


 声に出してから気づいた。

 呟きではなかった。

 宣言だった。


「俺は――もう、後悔したくない」


 見えている。助かる「解」が。


 慎悟が右へ出る。友紀が外周で視線を奪う。南海が防壁を一点に集中させる。

 ピースは揃っている。組み立てる「頭」がないだけだ。


 これ以上計算すれば、また逃げ道を探してしまう。


 蓮は、思考を強制終了させた。窓枠に足をかける。


 スマホが、また震えた。


 今度も、見なかった。

 ――――――――――――――――――

 五 流風との契約

『お前には見えている。戦場の風と――見捨てた後に残る、死臭が』


 風の音に紛れて、耳元で冷たい声がした。

 振り向いても、誰もいない。


流風りゅうふう。風を読み、流れを導く者』


 窓の外。水色の陽炎が狼の形を結ぶ。

 透き通る毛並み。灰銀色の瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いていた。


 蓮は一瞬だけ目を細めた。

 美しい、と思った。そして即座に、その感想を脇へ押しやった。


『彼らには力があるが、目がない。お前には目があるが、力がない』


 事実の羅列。簡潔で、容赦がない。


「……代償は?」


 即座にそこを確認した。まず損益計算。これは習性だ。


『お前の「冷静さ」を喰う』


 流風は淡々と告げる。


『戦場で血が沸き立てば、お前の「目」は曇る』


 一拍の間があった。


『あの日も、そう言って逃げたな』


 胸の奥を、鋭利な刃で抉られた。

 こいつは――俺の中身を、全部知っている。


 蓮は一度だけ、深く息を吸った。

 吐き出すとき、迷いも一緒に出した。


「……分かった」


「俺の計算が正しいことを証明してやる。――今度こそ、救うために」


 流風の口角が、ほんの少しだけ吊り上がった。

 笑ったのか。そう見えたのは一瞬だけで、すぐに無表情に戻る。


『契約、成立』


 水色の光が蓮を包む。

 世界が、変質した。


 風が「線」になる。

 気流、温度、筋肉の収縮、重心の移動。

 全てが矢印と数値に変換され、視界を埋め尽くしていく。


 中庭が、巨大なチェス盤に変わった。


 青、赤、桃色の駒。黒い敵の線。

 交差する未来の軌道が、薄く光って揺れている。


 身体が羽のように軽い。思考のギアが、もう一段階跳ね上がった。


 水色の装甲が四肢を包む。右手には、一本の長槍。


 蒼流槍(そうりゅうそう)


 細身だが、芯に冷たい鉄骨のような硬さがある。余計な装飾が一切ない。

「点」を殺すためだけに作られた道具だ。


「間合いを制し、点を穿つ。……理にかなっている」


 蓮は窓枠を蹴った。

 重力が消える。風を裂く音だけが耳を叩く。


 落下しながら、蓮は一度だけ下を向いた。


 三人が見える。血だらけで、それでも立っている。


 着地の間際、槍を横一文字に構えた。


 〈流風(りゅうふう)蒼牙風突(そうがふうとつ)!〉


 地面を砕く着地と共に、水色の衝撃波が円形に爆発する。

 南海に群がっていた恨卑が、一斉に吹き飛んだ。


「えっ……?」


 南海が息を呑む。慎悟と友紀の動きが止まる。


 中庭の中心。水色の装甲を纏った、見慣れたシルエット。


 蓮は槍を回し、静かに構え直した。

 いつもの眠たげな顔。だが、瞳孔だけが獣のように収縮している。


「時間切れだ」


 蓮は疾牙を真っ直ぐに見据えた。


「これ以上、傍観者でいる趣味はない」


「お前……」


 慎悟の言葉を遮る。


「説明は後。今は――生き残ることだけを考えろ」


 蓮は一歩、死地へ踏み込んだ。


「慎悟、友紀、南海。俺の指示に従えるか」

「俺には見えている。勝つためのルートが」


 絶対的な確信。嘘じゃない。

 今この瞬間、三人が生き延びる経路が、光の筋となって視界に浮かんでいる。


 だが胸の奥で、異様な熱が燃えていた。

 冷静さの輪郭が、わずかに溶け出している。


『感情が、高ぶっているぞ』


 流風の警告。


「黙ってろ。今回は、これでいい」


「……分かった」


 慎悟が即答した。


 理屈じゃない。この「目」は本物だ。

 感情で叫んでいる声じゃない。

 積み上げた計算の頂点にある、確信の声だ。


「どうすりゃいい」


「いい返事だ」


 蓮の視界で、戦場の全てのベクトルが再計算される。


「ここからは――授業の時間だ」

 ――――――――――――――――――

 六 四人の戦術

「南海。一歩も動くな」


 蓮の声が空気を切り裂く。


「結界縮小。半径二メートル、密度最大」


「でも、それじゃ――」


「やれ。君が崩れれば全滅する」


 容赦のない事実。だがその冷たさが、南海のパニックを強制的に鎮めた。

 炎に水をかけるような静けさだった。


「……分かった!」


 桃色の光が収縮し、極彩色の盾となる。

 触れた爪が弾かれるたび、硬質な音が中庭に響く。


「友紀。右外周、全力で走れ」


 蓮は間髪入れずに次の指示を飛ばす。


「敵を斬るな。止まるな。疾牙の視線だけを奪え」


「走るだけ? 上等!」


 友紀が地を蹴る。足首の痛みを意識の外へ放り投げ、赤い残像が中庭に円を描いていく。


 疾牙の黄色い瞳が、わずかに右へ引かれた。


「慎悟」


 蓮は慎悟の横に立ち、背中を一度だけ叩いた。

 言葉はそれだけだ。言葉よりも早く、慎悟には伝わっていた。


「俺が道を作る。まっすぐ突っ込め」


「おう!」


 蓮の視界で、全ての線が交差する。


 友紀の赤。慎悟の青。南海の桃色。

 収束する一点――疾牙の心臓。


「今!」


 蓮が槍を突き出す。

 〈流風(りゅうふう)蒼迅牙斬(そうじんがざん)!〉


 真空の刃が、正面の恨卑を左右に割る。

 疾牙への一直線が、開通した。


「うおおおおッ!」


 慎悟が青い弾丸となって突進する。

 疾牙が迎撃の爪を振り上げる。


「こっち見てよ、トカゲ野郎!」


 友紀が疾牙の死角を掠めた。赤い衝撃波が頬の鱗を削る。

 疾牙の意識が、友紀へ向きかける。


 ――はずだった。


「ガアアッ!」


 疾牙は友紀を無視し、無理やり身体を捻って慎悟へカウンターを放った。


 獣の直感。


「しまっ――」


 慎悟の踏み込みが深すぎる。回避不能。


 漆黒の爪が、慎悟の肩口を深く抉る。

 鮮血が舞う。


「兄ちゃん!」


 友紀の足が止まる。陣形が、崩壊した。


「……チッ」


 人間の感情と獣の本能。数式に乗らないノイズ。


 慎悟の血を見た瞬間、蓮の心臓が警鐘を鳴らす。

 冷静さが急速に蒸発していく。


 これが――代償か。


『目が、曇るぞ』


「黙れ。軌道修正だ」


 蓮の脳内で、図面が瞬時に書き換わる。


 疾牙も無理な体勢で重心を崩している。

 右の脇腹に、致命的な隙がある。一秒も開かない。


「友紀! 壁を蹴って上へ跳べ!」


「えっ!?」


「慎悟、頭を下げろ! 今すぐ!」


 理屈ではない。二人の身体が、反射で動いた。


 友紀が壁を蹴り、疾牙の頭上へ跳躍する。慎悟がその場で膝を折る。

 疾牙の追撃の爪が、慎悟の頭上を空振りした。


 完全な「空白」。


「そこだ」


 蓮は、蒼流槍を全力で投擲した。


 水色の流星が、疾牙の右足首を正確に貫く。


「ギャアアアッ!」


 腱が断裂し、巨体ががくりと沈む。


 膝をついた疾牙。頭上から落下する友紀。眼前で跳ね起きる慎悟。


「挟み撃て!」


 蓮の絶叫。


 南海の足元から、桃色の光の糸が伸び、疾牙の四肢を見えない針で縫い止める。


 四つの光が収束する。


 〈蒼牙・裂風斬!〉 〈朱迅・紅閃突!〉 〈桃麗(とうれい)桃花縫斬(とうかほうざん)!〉 〈流風(りゅうふう)静水穿槍(せいすいせんそう)!〉


 四つの技名が、ずれなく重なった。

 疾牙の胸で、四色の光が同時に炸裂する。


 沈黙。


 一秒――二秒。


「……お前たちは、知らない」


 崩れゆく中で、疾牙が初めて「言葉」を吐いた。


 嘲笑でも怒号でもない。

 静かな、確信の声だった。


「泥の底を知らぬ、無知な光どもが」


 四人の血が凍る。


 黒緑の巨体が灰に変わり、風に溶けて消えた。


 誰も、何も言わなかった。


 歓声を上げようとした者が一人もいなかったのは――

 疾牙の声が「負け犬の遠吠え」に聞こえなかったからだ。


 あれは、事実を述べる声だった。

 ――――――――――――――――――

 七 静水の後

 中庭に、痛いほどの静寂が戻った。


「……勝った、のか」


 慎悟が血だらけの肩を押さえながら呟く。

 それでも立っていられる。致命傷ではない。


 昨日と違うのは――隣に、誰かがいることだ。


「……すげえ」


 友紀がアスファルトに座り込み、蓮を見上げた。


「細呂木君。あなた、何者なの?」


「ただのバスケ部員だよ」


 蓮は装甲を解いた。制服姿に戻る。

 だが掌には、槍の感触が焼き付いていた。今でも鮮明に。


 鼓動はまだ異常に速い。流風の声は、いつの間にか静まり返っている。


「ちょっとだけ――目がいいだけだ」


 代償の重さを、誰にも悟られないように飲み込んだ。


 先ほどまで計算の外へ弾き出されそうになった恐怖は、まだ胸の底に残っている。

 冷静さを失うとはこういうことだ。視野が狭まり、論理が感情に侵食され、正解が見えなくなる。


 流風は嘘をつかなかった。

 だから――この力は、冷静でいる間だけ使える。


「……後で話す」


 南海が手の傷を押さえながら小さく頷いた。

 友紀は何か言いかけて、やめた。


 慎悟だけが、蓮をまっすぐ見つめたまま動かなかった。


 疾牙の声が、耳の奥でまだ響いている。


『泥の底を知らぬ、無知な光どもが』


 泥の底。


 あの確信の重さが――何かを、示唆していた。

 ――――――――――――――――――

 八 頭になってくれ

 放課後の教室。四人は、机を合わせて座っていた。


 窓の外は夕陽。廊下からは日常の笑い声が漏れてくる。

 ここだけが、世界の裏側だ。


 机の上には何もない。だがその上には確かに「何か」が置かれていた。

 共有された秘密。戻れない境界線。そして、疾牙が最期に残した問いかけ。


「……君たち、熱いね」


 蓮が静かに切り出す。からかいでも、称賛でもない。


「俺は冷たい。多分、正反対だ」


 慎悟。友紀。南海。

 一人一人の顔を見ていく。


 袖にまだ血のシミが残る慎悟。傷だらけで、それでも真っ直ぐ蓮を見据える友紀。

 指先をぎゅっと握り合わせ、震えながら耳を傾ける南海。


「だから――」


 蓮は、ほんの少しだけ笑った。


「うまく噛み合えば、いいコンビになるかもしれない」


 慎悟は、蓮の目を真っ直ぐに見返した。

 眠たげな光の奥に、さっき戦場で見た色がある。


 覚悟の色。


「なら、頼む」


 慎悟は、机の上に拳を置いた。


「俺たちの――頭になってくれ」


 短く、それだけ。けれど重い頼み。


 蓮は一拍だけ黙った。

 体育館で動けなかった自分。窓から飛び降りた自分。

 その差分を、心の中で何度もなぞる。


「……責任、でかいな」


 苦笑しながらも、その言葉を拒まない。


「でも、もう飛び込んじゃったからね。途中下車って性格でもないし」


 窓の外で、夕陽がゆっくり沈んでいく。


「それに――」


 蓮は指先で机の端を軽く叩く。


「日常を壊されるのを黙って見てるのは、もっと性に合わない」


 四人の視線が、机の上で交わる。


 言葉にしなくても、それぞれの中にある「理由」が、初めて並んで置かれた気がした。


 選んだから、ここにいる。

 選ばれたから、ではない。


「これからは」


 蓮が肘をつきながら言う。


「俺たちの戦術で、戦う」


 戦いは、まだ続く。


 疾牙の残した「泥の底」という言葉が、耳の奥にへばりついて離れない。


 あの確信は、どこから来たのか。

 あの落ち着きは、何を知っていたのか。


 もっと強い敵が、もっと理不尽な現実が、この先にいる。それは分かる。


 だが――分からないことが一つある。


 蓮は机の端を、もう一度だけ軽く叩いた。

 誰にも気づかれないように。


 疾牙は「知らない」と言った。


 では――「知っている者」が、いる。

第五話「静水の槍」、ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は明確に、**物語の“転換点”**です。

細呂木蓮という存在が加わったことで、十彩獣団はただの寄せ集めから「チーム」へと変わりました。


ただし――強くなったわけではありません。


むしろここからが本番です。


・敵はすでに「知っている」側にいる

・こちらはまだ「知らない」側にいる

・そして、その差が命を左右する


疾牙の最後の言葉、「泥の底」はただの捨て台詞ではありません。

あれは“世界のルール”に触れる発言です。


次回は第六話「六つの鏡」。


それぞれの過去、それぞれの選択、

そして「なぜ戦うのか」が、少しずつ明かされていきます。


――ここから先、逃げ場はありません。


引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。

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