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選ばれなかった俺たちが、学園崩壊で“選ぶ側”になるまで  作者: 孔雀丸


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第十二話「選ぶ覚悟」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


これは「選ばれた者の物語」ではありません。

「選ぶことから逃げなかった者たち」の物語です。


失われた命、背負いきれない罪悪感、折れかけた心。

それでも彼らは立ち上がりました。


なぜ戦うのか。

なぜ逃げないのか。

その答えが、この最終話にあります。


――第十二話「選ぶ覚悟」、どうぞ。

 1 死の痕跡

 夕陽の中、北潟慎悟(きたがたしんご)は一人で戻った。


 規制線のテープが廊下を塞いでいる。

 割れた窓から夕風が吹き込み、焦げた匂いと消毒液が混ざり合っていた。


 校門の跡へ、まず足が向いた。


 門はない。桜並木もない。

 瓦礫の端に、ひしゃげた赤いラケットケースが転がっていた。


 下口美佐(しもぐちみさ)が、あの朝まで抱えていたもの。


 グラウンドの土に、折れたバットが突き刺さっている。

 柄に、血と泥が乾いて固まっていた。


 田川幸彦(たがわゆきひこ)が、猛顎の足元で最後まで振り続けたもの。


 弓道場の跡。屋根が吹き飛び、骨組みだけが残っている。

 的台の横に、砕けた眼鏡のレンズが一枚。

 夕陽を乱反射していた。


 南出隆二(みなみでりゅうじ)が最後まで掛けていたもの。


 美術室の前の廊下に、子供の手ほどの血痕。

 下から上へ、誰かを支えるように伸びていた。


 松本圭介(まつもとけいすけ)が、声を出さずに壁を伝った痕。


 音楽室の窓枠に、脱げたサンダルが片方だけ。


 羽田千夏(はだちなつ)が生徒を誘導した場所。


 昇降口の前。コンクリートに、血の手形が三つ。

 整然と並んでいた。


 岸本大地(きしもとだいち)が「列を作れ」と叫んでいた場所。

 その声が秩序を保っている間に、何人かが逃げられた。


 六人。


 俺たちが来る前に、六人が死んだ。


 慎悟は奥へ進む。

 将棋部室の扉は半分外れ、駒が床に散乱していた。

 その中に、一枚だけ、きちんと置かれたものがあった。


 歩。血に染まった、一枚の歩。


 拾い上げると、乾いた血のざらつきが指紋に食い込んでくる。


 東善治(あづまよしはる)が、最後に置いた一手。


 中央階段の手すりに、小さな血の手形。

 旧校舎裏の草むらに、泥まみれのお守り。

 グラウンドに、別の折れたバット。

 三階廊下の床に、血で描かれた矢印。

 音楽室の鍵盤に、一筋の血痕。


 十二人。


 守れなかった、十二人。


 慎悟の拳が震える。

 爪が掌に食い込み、血が滲む。

 それでも握る力が、緩まなかった。


 歩を、握りしめる。


 俺たちが、戦場を作った――。


 夕陽が、破壊された校舎を真っ赤に染めていた。


 2 静寂の重さ

 福江市立体育館。


 白菊の匂いが充満し、線香の煙が天井へ伸びていく。

 あちこちから、押し殺したすすり泣きが聞こえていた。


 祭壇には十二の遺影。

 どの顔も、まっすぐこちらを見ていた。


 十彩獣団の十人は、最後列に座っていた。


 焼香の順が回ってくる。


 慎悟は立ち上がる。

 一歩ごとに、膝が重くなる。


 遺族席の東善治の両親が、慎悟を見ていた。


 壇の近くで、誰かが小さく呟く。


「……北潟だ」


 体育館の空気が、一瞬重くなった。


 慎悟は、視線から逃げなかった。


 遺影の前に立つ。抹香を摘む。指が震える。


 一人ひとりの顔を、まっすぐ見た。

 目を逸らさなかった。


 深く、深く頭を下げた。


 煙が、かすかな苦さを残して消えていく。


 席に戻る数メートルが、永遠のように長かった。


 友紀(ゆき)が、慎悟の手をそっと握った。

 その手も、同じように震えていた。


 3 痛みを言葉にする

 式が終わり、人が去っていく。


 十人だけが、最後まで席に残っていた。

 誰も立ち上がらない。


 やがて、瓜生翼(うりゅうつばさ)が眼鏡を外した。


「……計算、間違ってた」


 かすれた声だった。


「東先輩が狙われる可能性、分かってた。データは揃ってた。でも……死亡確率を、ゼロにできなかった」


 翼は眼鏡を握りしめる。

 その手が白くなるほど、強く。


 坪江南海(つぼえみなみ)は、膝の上でハンカチを絞っていた。


「私……また見てるだけだった。友紀ちゃんが斬られた時、足が床に貼り付いたみたいで」


 北潟友紀は、首元の傷跡に触れた。


「……美里が、全部壊した。私の幼馴染が。私が目を逸らしてる間に」


 沈黙が、さらに重く沈む。


 慎悟は、血に染まった歩を握りしめていた。

 指先に、乾いた血のざらつき。

 それだけが、今この瞬間に確かなものだった。


「……俺たちが、戦場を作った」


 喉の奥がざらついている。


「俺たちが戦えば、鬼が来る。美里が狙ってるのは俺たちだ。俺たちがいない方が、世界は……マシなんじゃないか」


 誰も、答えられなかった。


 4 拒絶

 ガタン。


 倒れた椅子の音が、体育館に跳ねた。


 友紀が立ち上がっていた。


 足は震えている。首の傷跡が、怒りで熱を帯びている。

 それでも、視線はぶれなかった。


「……やだ」


 一言だった。


「お兄ちゃんの言ってること、分かる。私たちが戦えば、誰かが巻き込まれる」


 友紀は傷跡に触れる。


焔羅(えんら)の刀が首に当たった時、本当に終わったって思った。でも、お兄ちゃんが来てくれた。みんなが、私を引き戻してくれた」


 一歩、慎悟に近づく。


「私たちが消えたら、美里は止まる? あの子、止まらない。『選ばれなかった人』を拾って、もっと鬼を増やす」


 息を深く吸い込む。


「私は選ぶ。逃げて後悔して生きるより、戦って……それでも後悔する方を、選ぶ」


 少しの間、沈黙。


「お兄ちゃんは、『選ばれた』から戦うの?」


 穏やかな声だった。

 穏やかなまま、真っ直ぐに刺さった。


「……私は、『選ぶ』から戦う」


 慎悟は何も言わない。


 椅子から立ち上がり、出口へ向かう。


 鉄扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。


 5 それぞれの夜

 瓜生翼の部屋。


 モニターには、東善治の最後の対局。

 詰みの一手を置く瞬間まで、手付きは乱れない。


 翼は、画面に指先を当てる。


「次は……守れる手を、選ぶ」


 ─────


 坪江南海の部屋。


 スマホには、友紀の笑顔と十人の集合写真。


 涙でぼやける画面を拭きながら、南海は呟く。


「だったら私も……前に出る」


 ─────


 北潟友紀の部屋。


 鏡に映る首の傷跡。

 指でなぞると、鈍い痛みが返ってくる。


「生きてる」


 確認だった。昨日を越えた、証拠。


 窓の外を見る。


「お兄ちゃん。私は、あなたの隣に立つって決めたから」


 ─────


 北潟慎悟の部屋。


 机の上に、血に染まった歩。

 掌に乗せると、妙に重い。

 木片一枚が、これほど重いはずがない。

 それでも、重かった。


「俺が……守りたいと思ったからだ」


 誰に笑われても。また誰かを巻き込むとしても。


 慎悟は立ち上がる。


 窓の外に、星がいくつか覗いていた。


「俺は、選ぶ」


 6 再結集

 翌朝。清王学園の屋上。


 誰も時間を決めていない。連絡もしていない。


 それでも、鉄の扉が一つ、また一つ開く。


 瓜生翼。坪江南海。細呂木蓮(ほそろぎれん)柿原翔一(かきばらしょういち)

 熊坂健太(くまさかけんた)富津歩美(とみつあゆみ)波松伊織(なみまついおり)山室綾実(やまむろあやみ)


 そして、北潟友紀。


 九人が、朝の冷たい風の中に立っていた。

 言葉はいらなかった。


 最後に、扉が開く。


 北潟慎悟が現れる。


 九つの視線が、一斉に彼を捉えた。


 慎悟は、短く息を吸う。


「……やるか」


 友紀が頷く。南海が、蓮が、次々と顎を引いた。


 慎悟が右手を前に出す。


 友紀が、その上に手を重ねる。


 南海。蓮。翼。翔一。健太。歩美。伊織。綾実。


 十の手が重なった瞬間、掌の間から淡い光が滲み出した。


 蒼。朱。桃。水色。緑。橙。黒。黄。白。紫。


 コンクリートの上に、十色の小さな曼荼羅が咲く。


 神々しい光ではない。

 血と泥で汚れ、傷だらけで、それでも離さなかった手の光だ。


十彩獣団(じゅっさいじゅうだん)


 慎悟の声が、朝の空に抜けていく。


「俺たちは――選んだ」


 7 最後の授業

 夜の廃病院。地下の手術室。


 金津美里(かなづみり)が、手術台から上体を起こした。

 包帯が床に落ちる。脇腹の傷跡は、まだ赤黒い。


「無理をしすぎです。肉体は限界に近い」


 白衣の男――谷畠一郎(たんばくいちろう)が、感情のない声で告げる。


 美里は答えない。


 窓辺へ歩く。眼下に、福江市の夜景が広がっている。


 ガラスに手を当てると、ひやりとした感触の向こうで、小さな光がいくつも瞬いていた。


「……感じたわ」


 昨夜、清王学園の屋上に灯った十色の光が、まだ皮膚の下でざわついている。


「彼らの『覚悟』を」


 美里の唇が、笑みとも痙攣ともつかない形に歪む。


「選んだのね、慎悟。友紀」


 瞳の奥に、鈍い炎が灯る。

 誰かに点けてもらった炎ではなく、自分の内側から這い出てきた炎。


 美里の影が、月明かりの中で伸びていく。

 ティラノサウルスの輪郭を取った影が、音もなく口を開いた。


「ようやく始まるわ――」


 その声は、柔らかかった。子守唄みたいに。


「『選ばれた子どもたち』への、最後の授業」



 選ばれたんじゃない。


 守ると決めた。



 その言葉が本当かどうか――試してあげる。

【後書き】


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


十二話を通して描いてきたのは、

「力」ではなく「選択」の物語です。


彼らは特別だから戦ったのではない。

逃げる理由があっても、なお「守る」と決めたから戦った。


その結果、何もかも救えたわけではありません。

むしろ、失ったものの方が多い。

それでも――それでも彼らは、自分の選択を引き受けた。


それが、この物語の結論です。


そして同時に、これは終わりではありません。

美里の言葉が示す通り、物語は次の段階へ進みます。


「選ばれた子どもたち」への最後の授業。

その本当の意味は、これから明らかになるでしょう。


もし続きを望んでいただけるなら、

次の物語でまたお会いしましょう。


――最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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