死にたがりの魔王さま
死にたい。
いつから願っているのかも忘れた願い。
そしていつしか願うことすらやめてしまった。
叶わないと理解ったからだ。
「魔王様!大変です!魔王城に勇者が攻め入ってきました!」
城の衛兵が慌てた様子で走ってきた。
「……ほう。久方ぶりだな」
腰まで伸びた美しい黒髪に、ルビーのような瞳をした女性が答えた。
「いかがいたしましょう。世界各地の魔族に帰還要請を出しますか?」
「おい衛兵。お前いくつだ?」
「さ、365歳です」
「ふん。若いな
365年しか生きていないと分からないだろうが、勇者が魔王城まで来るのは特段珍しくもない。
たしか500年前とかにも来たぞ」
「し、しかし……」
「案ずるな。どうせ四天王の誰かが殺すだろ。この部屋までは来れんよ。ここはいいから持ち場に戻れ」
「は、はい。失礼致します」
衛兵が帰ると側近の魔族の男が口を開いた。
「勇者の情報、お伝えしましょうか?」
「いらん。どうせ会うこともない相手だ」
「今回は違うかもしれないじゃありませんか」
「勇者に期待するのは1000年前にやめた」
「おや。勇者は命懸けで戦っているのに悲しいことを仰る」
「ふん。心にもないことを。お前の方こそ昔から勇者に興味などないだろ」
「そんなことございません。万が一勇者が魔王様を害することがあればと心配で心配で夜も眠れぬ日々を過ごしているのです」
「くだらんこと言ってないで書類を持ってこい。仕事するぞ」
「よろしいのですか?勇者が来た時、魔王様が書類仕事をしてたらしまりませんよ?」
「どうせ来んのにいらん心配だ」
「はぁ。分かりました」
側近の魔族が指を鳴らすと一瞬で大量の書類に印鑑、作業机が出てきた。
「私は忠告しましたからね?後で文句言いっこなしですよ」
「しつこい奴だな」
勇者がこの部屋まで来れないのはこいつだってよく分かっているはずなのに本当に嫌味なやつだ。
私の期待を煽るだけ煽って、絶望する私を見て楽しみたいんだろう。
そうはいくか。仕事して僅かに湧いてくる期待を掻き消してやる。
もう期待を裏切られ、したり顔で慰められるのは懲り懲りだ。
用意された書類に半分程目を通した時だった。
扉からノックの音が聞こえてきたのは。
どうせ勇者が死んだという報告だろう。
聞きたくない。期待しないようにしていてもたった一つの願いが叶わないのはやっぱり辛い。
かと言って報告係を追い返すのは可哀想だ。
私に不敬を働いたと誤解されて、他の魔族に殺されてしまうかもしれないしな。
「入れ」
「失礼します」
扉がゆっくりと開く。
そこに居たのは勇者らしき男だった。
「え……」
死にたすぎて遂に幻でも見てしまっているのだろうか。
「ゆ、勇者?」
「どうやらそのようですね」
「ほ、本物?」
「ここまで来られる偽物は、最早本物ではないでしょうか」
「た、確かに。え、あ。どうしよ。こ、心の準備が……」
「だから忠告しましたのに」
「だ、だって!!本当に来るとは思わないじゃん!!」
「これ以上待たせると帰ってしまうかもしれませんよ」
「そ、それは困る!!」
魔王は急いで立ち上がり、勇者の方へと近づいた。
「よくぞ参った勇者よ!!我は嬉しく思うぞ!!」
普段は一人称私のくせに我とか言っちゃった。
キャラ付けしてて痛いとか思われてたらどうしよう。
訂正する?そっちの方が恥ずかしくない?
後ろから側近の堪えきれない笑い声が聞こえてきて恥ずかしさを倍増させる。
「して勇者よ。どのようにしてここまで参った。魔王城には抜け道でもあったのかのう」
あーもう!!こんな嫌味なこと言いたくないのに!!私のバカ!!バカ!!バカ!!
抜け道なんてある訳ないし、仮にあったとしても来てくれただけでありがたいじゃん!!
「そう仰ると思ってこちらを」
え、魔王ってそんな嫌味なイメージ?
いや。実際言っちゃったから否定できないけど。
勇者がポケットから四つのネックレスを取り出した。
それは四天王がその証として持っている、身分証明書みたいなやつだった。
「ほう。なかなかやるようだな。
だが四天王を倒したくらいでこの魔王を倒せると本気で思っておるのか?」
「……いえ。難しいかもしれません」
え、ちょっと。そこは『なにがなんでもお前を倒してやる!!魔王め!!』ってなるところでしょう。冒険小説で読んだよ。
なんで戦う前から諦めモードなのよ。
諦めないで!!君ならきっと倒せる魔王を!!魔王を倒して世界の平和を守るのよ!!
このままじゃ帰ってしまうかもしれない。な、なんとか励まさないと。
「いやー。それしても凄いなー。魔王城まで辿り着くだけでも凄いのに。四天王全員倒しちゃうなんて。二人まで倒せるのは過去にも何人かいたけど全員だもんなぁ。いやぁ。すごい。敵ながら天晴れ。もうお嫁にして欲しいくらい」
いや!!なに言ってる私!!
「……お嫁……」
あー、ほら!!勇者くん俯いちゃったよ!!
ごめんね!!村で待つ可愛い幼馴染とか神聖な聖女様とか美しい王国の王女様とかとハーレム築けると思ってただろうに。こんな30000歳越えの口うるさいババア押し付けられて、泣いちゃいそうだよね?
勇者の足元に一つ二つと涙が落ちた。
あー!!本当に泣いちゃったよ!!
冗談だから泣かないで!!
君はきっと素敵なハーレムを築けるよ!!
結婚式は呼んでね!!(?)
勇者は涙を拭い顔を上げた。
「改めて貴方の願いを問いたい」
「……私の願い……」
ど、どうしよう。ここは勇者のモチベーションを上げるためにも『世界中を我が物とする為だ!!』とか言っちゃう?
よし。そうしよう。勇者に花を持たせてやらないとな!!
そう思ったのに勇者の真っ直ぐな瞳を見ると
「……死にたい……」
本音がポツリと溢れた。
「え……。僕のお嫁さんになりたいんじゃないんですか?」
お?なんだこいつ?イジってんのか?やんのか?お?
「ふっ。冗談を本気にするとはやはり人間の脳は矮小だな。我が何故貴様のような下等生物の嫁になってやらないといけないんだ?……それに人間はすぐに死ぬだろうが」
「……死ぬこと以外に願いはないのですか?」
「ない。30000年も生きているとこの世の全てに飽きるものだ。……もうとうの昔に疲れたんだ」
私も昔は人間と共存するため努力した。
しかし人間は自らと違う生命体の魔族を忌み嫌ったし、魔族も私の命を聞かず人間を襲う魔族が大半だった。
いつしか共存を願うことすらやめてしまった。
「……そうですか……」
そこから長い沈黙が流れた。
いや。倒してよ!!
なんかしんみりさせちゃった私も悪いけどさ……。
側近に助けを求めて目配せするも、露骨に目を逸らしやがった。
あいつ!!いつもは黙れって言っても黙らないくせに!!肝心な時に!!
なにか話題を提供しないと。勇者の私を殺すモチベーションが上がる話題を。
「……勇者よ。貴様はなぜ我を倒そうと努力した?もちろん最初は勇者に選ばれたからだろう。しかしほとんどの勇者は強すぎる魔族との戦いに疲れ、いつしか酒や女に溺れて堕落する者ばかりだ。だから私も勇者に期待するのをやめた。
ここまで来るのはさぞ大変だっただろう。たくさん怪我もしただろうし、命を落としかけたのも一度や二度ではないはずだ。それなのになにがお前を真の勇者たらしめたのだ」
「……愛する女性との約束を守るためです」
「……そうか。勇者と呼ぶには随分と利己的な理由だな」
「失望なさいましたか」
「いいや。全く。それでこそ男だ。
さぁ、勇者よ!!その愛する女の為に私を殺してみせろ!!」
「……はい。魔王様」
勇者が聖剣を構え、私の方へ駆けてきた。
勇者よ。お前は本当に良い男だな。
魔王相手にも敬語を使い、嫁にしろなんて言うおかしな要求も真摯に受け止めるし、愛する女の為に血も滲む努力をしてきたんだろう。
ああ。お前に愛される女はさぞ幸せだろうな。
今30000年間の悲願が達成されようとしている私のように。
聖剣が私を切る直前
『僕のお嫁さんになりたいんじゃないんですか?』
勇者の言葉が蘇った。
ああ。もし私が人間に生まれていたら。
……なんてつまらん事を考えてしまった。
ありがとう。勇者。
お前の生きる世界が幸せであることを願って……。
次の瞬間、とてつもない衝撃音とともに勇者が壁に激突した。
「勇者ーーーーーー!!!!」
急いで駆け寄り抱き寄せた。
「おい!!世界中のポーションをここに持ってこい!!」
側近が歩いて近づいてきた。
「走れ!!馬鹿者!!」
「嫌ですよ。どうせ手遅れ」
「縁起でもないことを言うな!!他でもない勇者だぞ!!こんな簡単に死ぬはずが!!」
最後まで歩いてきた側近が勇者の首を触り
「あ、ご臨終です」
「勇者ーーーーーー!!!!
嘘だ……。嘘だと言ってくれ……」
「ご命令なら言いましょうか?」
「そういうことじゃないだろ!!人の心とかないのか!?」
「ないですよ。魔族ですもん」
「うぅ……勇者。私を置いて逝かないでくれ。こんな人の心のない化け物達の中で生きていけない……」
「魔王がそれを言いますか」
「なにかなにか方法があるはず……。なにか……。あ!!聖女!!聖女の蘇生魔法だ!!聖女を拉致監禁して使わせよう!!」
「それは無理です。魔王様」
「何故だ!?」
「聖女の蘇生魔法は死後3秒間しか使えません」
「勇者の命は床に落ちた食べ物じゃないぞ」
「それに蘇生魔法は聖女の魔力を大きく消費するため、使われることはないでしょう」
「何故だ!?他でもない勇者の命だぞ!?」
「勇者は死ねばすぐに次の勇者が生まれますが、聖女は世界の危機にしか現れないからです」
「魔王がいたら常に世界の危機だろうが!!」
「神に舐められてるんじゃないですか?」
「とにかくこの勇者じゃないと駄目なんだ!!こいつにしか私は殺せん!!」
「こいつにも殺せなかったじゃないですか」
「こいつ言うな!!」
「勇者は死ねばすぐに次が生まれる代替え品にしか思われていません」
「こいつは特別なんだ。私に聖剣を振るった功績を知れば人間達も協力するはず!!」
「無駄ですよ。勇者の多くが魔王様に戦いを挑み殺されたことになってます」
「なっ!?私はこいつ以外の勇者と会ったこともないぞ!!動向を監視してたことはあるけど」
「伝説とは美化して伝わるものです」
「私が知ってる勇者はほとんど酒や女に溺れて堕落していたのに!!」
「最近ではそういった勇者は勇者の品格を下げると、裏で暗殺されています」
「お。それはいいな。そういう勇者はどんどん殺して、私を殺せる勇者が生まれる確率を上げていこう」
「つい先程私に人の心を説いたのはどこのどなたですか?」
「どれだけ可能性が低くてもいい!!こいつを生き返らせる方法はないのか!?」
「そうですね。お伽話ですと思い人のキスで生き返ったりするものですがね」
「それだ!!今すぐ勇者の思い人をここに連れて来い!!」
「無茶仰らないでください。特徴も何一つ分からないないのに」
「こういうのはあれだろ。故郷の村に幼馴染の女の子がいるものだろ」
「勇者の経歴は一応毎回調べておりますが、勇者の故郷の村は魔王様の命を無視した魔族の手によって滅ぼされています」
「ごめんなさい!!」
「その後すぐに勇者に選ばれて国に保護されていますが、勇者は禁欲生活をするべきと考えられているようで、女性との交流は断絶されていたようです」
「だからあんなに女に溺れた勇者が多かったのか!!長年の謎が解けてすっきりしたぞ」
「すっきりしてる場合ですか」
「じゃああれだ。旅立ちの日に必ず戻ってくると誓いあった姫様とか」
「勇者の祖国に姫はいません」
「うぅ。こうなったら世界中の美女を掻き集めて、キスをさせていくしか」
「いくら相手が勇者とはいえ、死体とのキスは女性が嫌がるのでは」
「女の気持ちなど知るか!!勇者が生き返る可能性があるなら私はなんだってするぞ!!」
「わざわざ世界中から集めなくても、勇者が結婚を約束した女性がいるじゃないですか」
「なんだそんな女の情報があるならさっさと言わないか!!まどろっこしい!!」
「魔王様。貴方ですよ」
「……は、はあ!?あれはノーカンだろう!!」
「ワンカンですよ。ワンカン」
「で、でも……」
「あー。魔王様の勇者を生き返らせたい気持ちはそんなものなんですねー。それでしたら勇者の死体は勇者の祖国に送りましょうか」
「ま、待て!!ちょ、ちょっと考えるから!!」
「いや。待ってあげたいのは山々ですが、人間の死体はすぐに腐りますからね。特にこの季節は。
やっぱり今すぐ送り……」
「ま、待てってば!!するよ!!すればいいんだろ!!」
ごめん。勇者。
勇者に申し訳なくて。だけど生き返るかもという期待のせいか胸はなんだかドキドキして。
目を瞑りながら勇者にそっと口付けた。
「ゆ、勇者……?」
あ、あれ。なにもおきないぞ。
も、もう一回するか?
で、でも……。
「……ぷ。あはははは。本当にするなんて」
「な!?騙したのか!?」
「騙したも何も可能性が低くてもいいと仰ったのは魔王様ではありませんか。もういい加減諦めましょう。魔王様はよく頑張りましたよ」
「…………嫌だ……絶対になにか方法があるはず……………………あ、そうだ!!」
勢いよく立ち上がり側近の目を見て
「時を戻そう!!」
「ぱ行が多めのコメディアンですか?」
「生き返らせられないなら死ぬ前に戻せばいいんだ!!なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ!!」
「時間操作は禁術です。いくら魔王様といえどどんな影響があるか分かりませんよ?」
「構わん。むしろ少しでも弱体化できたなら儲け物だ」
「一時間程、時を戻されますか?」
「いや。それだと同じことの繰り返しだろう。勇者が旅立ってすぐに戻そう」
「ちっ。気づいたか」
「前から薄々感じていたがお前私の知能を侮っていないか?」
「いえいえ。そのようなことは決して。魔王様は世界一聡明なお方です」
「そういうところが馬鹿にしているような……。まぁいい。勇者は何年前に旅に出た?」
「今から約十年前のようです」
「たった十年であそこまで強くなるとは、流石私の勇者だ。じゃあ十年前に戻ればいいな」
「……お気をつけて」
「止めないのか?」
「止めて欲しいのですか?」
「いや。止められても困るが魔王の私が死んだら新たな魔王が生まれるまでの数百年間、魔族全体が弱体化するだろ?なのに止める素振りがないからいいのかなと」
「……そうですね。まぁ魔王様が死んで全く困らないと言えば嘘になりますが、止めない方が面白そうですので」
「面白そうって……」
「この年になると変化がなくて退屈なんですよね」
「……側近」
「はい」
「ありがとう」
「……いいえ。過去の私によろしくお伝えください」
「ああ。……じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。魔王様」
魔王の立っている地面に巨大な魔法陣が現れ、白い光が魔王を包みこみ魔王は過去へと消えた。
「ふふふ。無事成功したようだな」
「なにがですか?魔王様」
「いや気にするな。こっちの話だ」
「はぁ。左様でございますか」
さて。まずなにから始めるか。
色々しないといけないがとりあえず。
「おい側近。ちょっと私を殴ってみろ」
「……あの。魔王様。
私なにか魔王様のご気分を害するような行動をとってしまったのでしょうか。
心当たりが片手で数えられる程度にしかないのですが」
「結構あるな。
気分を害されたとかそういうのじゃない……」
『勇者に口づけしたら起きるのではないですか?』
「……いや。やっぱり害された。適当なことぬかされて」
「おや。そうでしたか。それは誠に申し訳ありませんでした。誠心誠意謝罪致します。
では私仕事を思い出しましたので」
背を向けて去ろうとする、側近の腕を魔王が掴んだ。
「待て。殴ってからいけ」
「なにをそこまでお怒りなのか分かりかねますが、どうかお許しください。
私のような老体に魔王様の防衛魔法が発動したら一溜りもありません」
「なにが老体だ。魔族に年などあってないようなものだろ」
「いえいえ。ここ最近急激な体の衰えを日々感じているのです。ああ。急に腰が!!腰が痛む!!」
「……そういうのいいから早くしろ」
「……どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
「はぁ。仕方ありません。ボーナスを請求しますからね」
「ふん。言い値で払ってやる」
「ていっ」
猫パンチレベルのパンチだったが、その何億倍もの衝撃が側近に即座に跳ね返り、魔王城の壁にめり込んだ。
「手加減しただろ。もっと本気で殴れ!ちっとも痛くなかったぞ!」
「ご勘弁を。これ以上の衝撃が返ってきたら本当に死んでしまいます」
壁から瞬間移動し、すぐに魔王の隣に戻ってきた側近。
「そういう割にピンピンしているような……。まぁいい。
魔力が減って防衛魔法も少しは弱まったかと期待したが、そう上手くはいかないな」
「……魔力が弱まるような出来事がなにかございましたか?」
「こっちの話だ。それより今代の勇者はどうしてる?」
「勇者に期待されるのはもう辞められたのでは?」
「いいから早く教えろ!」
「……つい先日旅立ったようです。現在は一人で旅しております」
「そうか。……よし。勇者の仲間に見合った実力の者を何名かピックアップしろ」
勇者は一人で魔王城まで来ていた。
ずっと一人で旅していた訳はないだろうし、きっと旅の途中で仲間を亡くしたのだろう。
本当は同じ仲間と旅をさせてやりたいところだが、途中で死んでしまっては勇者も仲間も報われないだろう。
何より私を殺せないしな。
「実力さえあれば人格は問わない。なにか問題があれば、私が直々に矯正してやる」
「……かしこまりました」
突然勇者に興味を持ち出した魔王を訝しみながらも側近は手早く仕事をした。
「……このあたりが実力面では最適かと。全員旅の仲間としては少々協調性に欠けますが」
「構わん。実力優先だ」
魔族を使って勇者の旅の経路を誘導し、仲間にするように仕向けた。
蘇生魔法が使える聖女も仲間にするように誘導したがうまくいかなかった。
聖女め。お高くとまりやがって。
他でもない勇者との魔王討伐の旅だというのに。
向こうが『同行させてください!勇者様!大好き!』となるべきだろう。
まぁいい。聖女なんかいなくても強力な仲間を手に入れたことだし今度こそ
「勇者ーーーーーー!!!!」
クソ、また駄目だった!勇者はあんなに頑張ったのに!!
私が強すぎるばかりに!!
その後も何度もやり直したが、勇者は私を倒すことが出来なかった。
やり直しによる魔力の減りも正直あまり感じないし、やはり
「聖女を仲間にするしかない」
「無理ですよ。無理」
「無理でもやるの!やるしかないの!
私だって本当は聖女みたいな女が勇者の仲間になるなんて嫌だ!」
「え、なぜです?」
「な、なぜってそれは……」
なんでだ。別に構わないだろ。
勇者が誰と旅をしようと。
なのにこの感じたことのない妙な気持ちは一体……。
「と、とにかく!こうなったら私が直接聖女を説得する!」
「魔王様に人を説得するなんて不可能です。逆効果ですよ」
「そんなことない!説得くらい私にだってできる!」
「そう言って何人の勇者の戦意を喪失させてきましたか?」
「う、うぐっ。
で、でも今回こそ大丈夫だもん!
とにかく行ってくる!」
「お待ちください!魔王様」
側近の静止を振り切り、魔王は聖女の元へと向かった。
十分後
「魔王様。あまり気を落とさず。聖女が居なくても魔王様を倒せる可能性も。
……まぁ、ないに等しいですが。0ではありませんし」
「……ふっふっふ」
「今日のおやつは魔王様の好物のチョコケーキにしますから」
「説得に成功したぞ!」
「ああ。おいたわしや。魔王様。
現実を受け止めきれずついに幻覚まで」
「違う!本当に成功したの!
勇者と一緒に私を倒しに来てくれるって!」
「……本当に?」
「本当に!」
「それはそれは。今代の聖女は随分変わり者のようですね」
「いや。素直で良い子だったぞ!
勇者ともお似合いだ……」
「魔王様……。チョコクッキーもお付けしましょう」
「え!本当に?やったー!」
聖女が仲間に加わったことで魔王城まで辿り着くスピードも上がり、蘇生できるおかげで私の防衛魔法にヒビまでは入れられるようになった。
しかしその後もなかなか私を倒すことは出来なかった。
何度も何度もやり直し、勇者やその仲間に特別な魔法道具を見つけたり、特殊な修行部屋を見つけたり、勇者達が倒すとレベルがたくさん上がる魔族を見つけたり、勇者のために出来ることならなんでもした。
この世界のことならなんでも知っているつもりだったが、勇者の旅を見守っているとそれがとんだ思い上がりだったことに気がついた。
私が思う何倍も世界は広かった。
ただ見ているだけなのにまるで一緒に旅をしているようでとても楽しかった。
もし私も一緒に旅を出来たら。なんて馬鹿げた想像をしてしまうくらいに。
このまま永遠に勇者の旅を見守っているのも悪くないのかもしれない。
そう思い始めた時だった。
勇者の聖剣が私の胸を貫いたのは。
ああ。やはり神は意地が悪い。
「……やはり避けてはくださらないのですね。魔王様」
「……勇者手を抜いたな。駄目だろう。お前は勇者なのだから、私を倒して世界に平和をもたらさないと」
その平和も三百年も経てば新たな魔王が生まれ、崩壊するだろう。
あっという間に今と同じ。
下手すれば魔王の統治が上手くいかなければ、今より悲惨な世界が待っているかもしれない。
でもな。勇者。お前は知らなくていい。
少なくともお前の孫子の代までは、魔族が弱体化し平和が続くだろうから。
お前はただ自分の偉業を誇れ。
「……魔王様。最期に願いはありませんか?」
勇者の言葉にこれまで見守ってきた勇者一行の旅が走馬灯のように蘇った。
……ああ。もっと見守りたかった。
勇者が先を急ぐと一度も参加することのなかった祭りではどんなことをしていたのだろう。
砂漠の国。宝石の国。お菓子の国。
まだ旅していない国がたくさんあるな。
勇者よ。そんなに先を急がなくても魔王は逃げたりしないから、もっとたくさんの国を旅しないか?
それを私に見せて欲しい。
……いや。本当は私も一緒に旅がしたい。
ああ。もう一度やり直そうか。
今ならまだ間に合う。
……なんて。こんなの一時の気の迷いだ。
30000年間も死にたかったんだ。
今死なないとあっという間に後悔するだろう。
今回勇者が私を倒せたからと、次回以降も倒せる保証はどこにもない。
勇者も旅で何度も死にかけているし、やり直すごとに怪しむ魔族も増えている。
私がやり直していることをしれば、なにかしらの対策を打たれるかもしれない。
そうなったら勇者といえど勝ち目はないだろう。
だから。私は今死なないといけないんだ。
「……やはり最期になにも願ってはくださらないのですね」
勇者は変わらず優しいな。
勇者を強くするために、私でも目を逸らしたくなるような試練をたくさん用意したというのに。
それを全て乗り越え、魔王の最期に願いまで問うか。
「……願い……願いか……」
勇者と旅をする以外に何かなかったか。
徐々に身体が冷えていくのを感じる。
寒い。嫌だ。死にたく……
「……誰かに……抱きしめて欲しい……」
頭で考える余力もなく、自然と口をついて出た願いだった。
「え……」
勇者も戸惑っている。
当然だ。こんな化け物の分際で人間のようなことを願うとは。
呆れてものも言えないだろう。
「ふっ。冗談だ。忘れ……」
その瞬間、勇者が私を力強く抱きしめた。
「勇者。聖剣が刺さって血が……」
「構いません!!」
「人間はか弱いんだ。痛いだろう。私に構わず離せ……」
「嫌です!!絶対に離しません!!」
「ふっ。強情な男だ。……お前の伴侶はきっと苦労するな」
「……伴侶なんて……」
ああ。視界が薄れてきた。いよいよ死ぬんだな。
先程まで身体を蝕んでいた恐怖も感じなくなっていた。
だたただ暖かい。
きっと勇者のおかげだ。
「……魔王は……欲張りだからな。……もう一つ……願っても……いいか」
「一つと言わず何個でも!!俺が!!俺が叶えますから!!」
「……勇者……お前は必ず……幸せに……なってくれ……」
良い妻を見つけ、何人か子どもを産んでもらい、死の前にはたくさんの孫に囲まれて。
どうかそんな人生を送って欲しい。
「え……」
「……約束……だぞ……」
「魔王様!!それは!!それは!!」
「……勇者……ありが…………とう……」
「魔王様!!どうか目を覚ましてください!!魔王様!!魔王様!!」
黒闇の中で勇者が私を呼ぶ声だけが響いていた。
その声もしばらく経つと聞こえなくなり、暗闇の中で独りぼっちだ。
どれだけ時間が経ったのかも分からない。
数分しか経っていない気もするし、何百年も経った気もする。
怖い。
死ねば消えるなり。生まれ変わるなり。地獄に行くなりすると思っていたのに。
それともここが地獄なのだろうか。
ずっとこのままだったらどうしよう。
勇者!助けてくれ!
ずいぶん勝手な願いなのは分かっていたが、そう願わずにはいられなかった。
それからまた随分と時間が過ぎた。
考えることすら辞めた時、僅かに光が見えた。
「……勇者……?」
なんの根拠もなかったが、私にはそう思えてならなかった。
光に向かって歩くと小さかった光がだんだんと大きくなり、光に触れると勇者の声が聞こえてきた。
「勇者!!」
目の前には勇者とその仲間達が、巨大な馬車に乗り凱旋していた。
多くの人達が笑顔で手を叩き、勇者達を讃えている。
「……ああ。よかった」
私ごときの命で勇者にこんな明るい未来があって。
勇者よ。お前が幸せになるなら、こんな命いくらでもくれてやる。
永遠に暗闇の中にいたって構わない。
……だからどうかそんな顔をしないでくれ。
勇者は確かに笑っているはずなのに、笑顔を貼り付けているだけにしか見えなくて、私の気のせいだったらいいけれど。
勇者を案じているとまた視界が黒く染まっていった。
……ああ。もっと見ていたいのに。
その後も勇者の様子を見ることが出来た。
とは言っても日にたった数分で、それ以外は黒い場所に一人きりだったが、たった数分でも勇者に会えるという事実だけで耐えることができた。
これは魔王の知らない勇者のお話。
「凱旋パーティーお疲れ様です」
「……お前は魔王様の横にいた」
「よっ!悪しき魔王を倒し、世界に平和をもたらした勇者様!バンザーイ!」
「なにが言いたい?」
勇者は聖剣を魔王の側近の首に当てた。
首が数センチ切れたが、側近は少しも表情を崩さず笑っている。
「私はただ客観的事実を述べたまでです。そこに私の意思は介在しません」
「……帰れ。誰とも話したくない」
「魔王様が今どうされているかについてもですか?」
「……なんだと」
「ああ。やっと目があいましたね。……勇者様」
勇者はとてもモテる。
同性の私から見ても可愛らしい女達からめちゃくちゃ告白されている。
でも全部断っていた。
よかっ……いや。良くない。良くない。
私は勇者の子どもが見たい。
なんなら産み……とにかく見たい。
そのためには女と結婚してもらわないと。
たくさん見たいからハーレム?とやらを築いてもいいな。
きっと勇者の子どもはすごく可愛いぞ。
今からすごく楽しみだ。……楽しみだ。
「勇者様好きです!」
「……お気持ちはありがたいのですが、想っている人がいますので」
「もしかして聖女さ……」
「違います」
勇者が爆速で否定していた。聖女良い子なのに……。
「今は遠いところにいるのですがもうすぐ会えるんですよ」
「……そうなんですね。お幸せに。勇者様」
「ありがとうございます」
遠いところにいるか。やっぱり故郷においてきた幼馴染。
……いや。側近がそんなのいないと否定していたな。
まぁ、相手が誰にしろ勇者が幸せになれるのなら良かった。
二週間後
国王に呼び出され勇者一行は晩餐会に参加していた。
「勇者よ。この度はよくぞ魔王を倒してくれた。勇者はこの国の誇りだ」
「……いえ」
和やかな食事のはずなのになにか無性に嫌な予感がする。
『勇者!!今すぐその場から去れ!!勇者!!』
必死に声を上げるも私の声は勇者に届かない。
そんなことはとうに分かっていたが、虚しくて仕方がなかった。
「……だからこそ非常に残念に思う。我らが勇者が魔族と密会し、あまつさえ禁術に手を染めようとしているとは」
『なんだこの国王は!?私の勇者がそんなことする訳ないだろ!!』
「……そんな訳ないではありませんか。国王陛下。なにか誤解があるようですね」
「誤解ならばどれほど良かっただろうな。我が国の密偵の実力を舐めないことだ。映像魔法石で証拠も押さえてある。勇者を捕えろ」
国王の言葉に数十人の騎士が一斉に雪崩れこんできた。
「な!?ゆ、勇者嘘だよな!!魔族嫌いのお前がそんなことするはず!!」
「勇者。ちゃんと否定しないと本当に捕まっちゃうよ!?」
勇者の仲間は勇者の潔白を信じているようだ。
勇者の身を案じていると、視界が黒く染まってきた。
ああ。クソ!!こんな肝心なところで!!
でもきっと大丈夫だ!!
勇者の仲間も勇者を信じているし、なにせ勇者は世界を救った英雄だ!!誤解は……すぐに…………解け…………
襲いかかってきた騎士の攻撃を避け、即座に聖剣を騎士の首に当てた。
「人質のつもりか?構うな。捕えろ!!」
国王の言葉に騎士達が再び襲いかかってくる。
「くそっ!!」
人質にしていた騎士の首を掻き切り、襲いかかってくる騎士に応戦する勇者。
最初はさすがの強さを誇っていた勇者だが、次第に数で押され出す。
「いかに聖剣といえど魔族以外には大した効果をもたないだろ!!」
ついに勇者は捕えられてしまった。
「「ゆ、勇者……」」
勇者の仲間が心配そうに勇者を見るものの決して助けようとはしない。
国を敵に回したくないというのもあるが、これまでの勇者の仲間への態度が一番の原因だった。
「魔力封じの枷を付けて牢に入れておけ。罪人とはいえ魔王を倒した勇者だ。丁重に扱え」
「クソ!あと少し……あと少しなのに……」
緊迫した表情でブツブツと呟く勇者を皆が腫れ物を見るような目で見ていた。
「おい!!側近!!見てるんだろ!!さっさと俺を助けろ!!」
「貴方の側近ではないのですがまあ良いでしょう。これも魔王様のためです」
突然魔王の側近が現れ、勇者の周りにいた騎士を黒い魔力で串刺しにした。
黒い魔力が勇者の聖剣を覆い、禍々しい光を放つ。
「ば、化け物……」
「……俺と魔王様の邪魔をするなら全員皆殺しだ」
勇者が聖剣だった剣を一振りすると、王宮が半壊した。
「……はは……ははは……あはははははは!!!!
魔王様!!魔王様!!俺と貴方を邪魔する者は全部消して見せますから!!!!
だから今度こそ……今度こそ俺を側に……」
「ゆ、勇者……
お前の意思じゃないよな……魔族に操られてるんだよな……
さすがのお前でもこんなこと……」
仲間の戦士の言葉にも勇者の瞳は冷たいままだった。
「……邪魔するならお前らだって殺す。さっさと失せろ」
「……逃げるぞ。戦士」
吟遊詩人が戦士に囁いた。
「でも!!」
「気持ちは分かるけど今のあいつに勝てる訳ないだろ!!犬死にしたいなら勝手にしろ!!」
「くそぉ!!」
逃げていくかつての仲間を勇者は無視した。
援軍を呼ばれたら面倒なことになるかもしれないと思いつつも本当に殺す気は起きなかった。
「……取り敢えずすぐに追われない程度に街を壊すか」
再び側近の魔力を借りようとした次の瞬間、全身から力が抜けた。
なんだ?魔族の魔力を使った負荷か?
いや。違う。この感じは外部から力が抜かれてる。
こんなことが出来るのは!
「……止めにきたのですが間に合わなかったようですね」
「聖女!」
「勇者。私は悲しく思います。
彼の方との約束を違えこのような選択をするとは」
「彼の方?教会で誓った神のことか?俺はあいにく無心論者だ」
「……貴方には何を言っても無駄なようですね。
せめて安らかな眠りを。彼の方もそう願われることでしょう」
まずい。会話で時間を引き延ばし回復するのを待とうと思ったが、聖女と魔族の魔力じゃ相性が悪すぎる。
「おい側近!!なんとかしろ!!」
「貴方の側近ではないと何度言えば分かっていただけるのですかね」
「ふざけるな!!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
聖女が警戒した様子で一歩後ずさった。
側近と呼ばれる魔族の魔力の高さを肌で感じたからだ。
住民の避難が完了していない今、下手に刺激するとまずい。
「もっと魔力をよこせ!!」
「現時点で上限まで渡しております。
これ以上渡すとなると私と勇者様で契約を結ぶしかありませんが」
「契約でもなんでもしてやる!!さっさと魔力をよこせ!!」
「……うーん。どうしたものですかね。……決めました。
勇者様。私達はここでお別れです。お疲れ様でございました。ゆっくりとお休みください」
「裏切る気か!?」
「裏切るもなにも私達は目的を同じとした一時的な協力関係に過ぎないではありませんか。
その目的を達成するのに勇者様の存在が足枷以外の何物でもなくなった現在、私が貴方を助ける理由がありますか?」
「……お前最初からこうするつもりだったな」
「いえいえまさか。私だってこのような結末となり、悲しみのあまり今にも心臓が潰れてしまいそうです。しくしく」
「ふざけるな!!」
「ふざけてなどおりません。それに契約をしないのは未来の勇者様のためでもあるのですよ……いや。過去の勇者様と言うべきですかね」
「なにを訳の分からないことを言って!!」
「いずれ分かる日が来ます。それまでどうかお休みなさい。勇者様」
「おい待て!!側近!!」
勇者の必死な叫びも意に介さず、側近は一瞬で消えた。
「……追跡しますか。聖女様」
聖女の隣の聖騎士が口を開いた。
「……いいえ。あれ程の魔力を持った魔族に本気で逃げられたら聖女の私でさえ追跡するのは困難です。罠を仕掛けられて待ち伏せしてても面倒ですし今は勇者を捕えることを優先しましょう」
…………あれ。私なにして……。
……そうだ勇者!勇者が魔族と通じていたと疑われて!
でもきっと大丈夫なはずだ!
他でもない勇者だ!すぐに誤解は解けるだろう!
……だから大丈夫。きっと大丈夫。
暗闇から少しずつ広がっていく光を見つめながら私はそう信じていた。
「…………嘘だ」
こんなの夢だ。夢じゃないといけない。
勇者は魔王を倒して世界を平和にした英雄だ。
人々に賞賛され、好きな人とその人との間に出来た子ども達に囲まれて幸せに生き年を重ね。やがて安らかに眠るようにこの世を去る。
そんな人生じゃないといけないんだ。
「……なのになんで……」
そんな勇者がギロチンにかけられようとしている。
勇者を賞賛すべき人間共に罵声を浴びせられている。
王城やその近くの建物の多くが壊れていた。
きっと魔族による襲撃だろう。
私の仇討ちのつもりだったのだろうか。
私はそんなこと望んでいないのに。
その襲撃した魔族との繋がりを疑われてしまったのだろうか。
私の仇討ちをしようとする魔族なら、私を殺した勇者を憎んでいただろう。
勇者と繋がりを持っているように見せかけたのかもしれない。
勇者が魔族と繋がるなどあり得ないと、敵である私でさえ分かるのに、なぜ勇者に救われた人間共に分からないんだ!!
「勇者よ。最期に懺悔の機会を与えましょう」
聖女の言葉を勇者は鼻で笑った。
「ああ。聖女様なんとお優しい。こんな哀れな罪人に懺悔の機会を与えてくださるなんて」
「……心にもない前置きは結構です。早く懺悔を」
「俺の懺悔は……聖女、お前を殺しておかなかったことだ!!お前さえ!!お前さえいなければ上手くいったはずなのに!!」
勇者の言葉に人々の勇者への罵声がさらに激しくなった。
先程まで心配するような視線を向けていた人まで勇者を睨みつけている。
「ゆ、勇者……?」
見たことのない勇者の姿に酷く動揺した。
聖女にそんな言葉をかけても状況は悪くしかならないはずなのに。なんで……。
……ああ。そうか。勇者は自分が死ぬことで悲しむ人間を少しでも減らそうとしているんだな。
自分が助かる可能性を上げるより、悲しむ人間を減らすことを選ぶとは。
勇者。お前ってやつはどこまで優しいやつなんだ。
でも私の願いは他の人間のことなんて気にしなくていいから、最後まで生きようと足掻いてほしい。
「……懺悔の機会すら無駄にするとは。貴方には本当に失望しました。
せめて来世では彼の方との約束を果たすことを願っています」
「言っただろう?俺は神なんて信じない」
「……本当に愚かな方ですね」
聖女は勇者に背を向けて去っていった。
ど、どうしよう。このままじゃ勇者が本当に処刑されてしまう。
誰か勇者の味方はいないのか!?
勇者の周りを見渡すと勇者の仲間が立っていた。
「おい!お前たち勇者の仲間だろ!頼む!勇者を助けてくれ!!」
私の声が届かないのは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
勇者の仲間達は処刑されそうな勇者から、目を逸らしていた。
「おい!それでも勇者の仲間か!魔族でもお前らよりは仲間意識を持ってるぞ!バカ!アホ!間抜け!玉なし!」
持ちうる語彙の限りを尽くして罵ってみたが、聞こえていないんだからなんの意味もない。
私を救ってくれた勇者の危機だというのに今の私に出来ることはなにもない。
こんなことになるなら死にたいと願わなければよかった。
例え永遠に死ねなくなろうと勇者が生きていることの方がずっと大事だ。
「勇者の身でありながら魔族と通じ、我が国に甚大な被害をもたらした罪人の処刑を命ずる」
国王の言葉に国民が歓喜の声を上げた。
「やめろ!!お前たち勇者にたくさん助けられてきただろ!!私はずっと見てたぞ!!」
魔族からだけじゃない。
迷子がいたら一日中親を探してやったり、自然災害等で苦しむ民がいたら復興を手伝ったり。勇者は勇者の名に相応しい、紛れもない勇者だ。
そんな勇者を殺そうとするなんて絶対に許されない!!
「5、4、3、2、1」
勇者の処刑までのカウントダウンが無慈悲に進む。
「やめろ!!やめてくれ!!お願いだ!!なんでも!!なんでもするから!!」
勇者の名前を叫ぼうとして気付く。
ああ。私は勇者の名前すら知らないんだ。
それどころか今この瞬間まで知ろうとすら思わなかった。
「死ぬな!!勇者!!」
「0」
勇者の首にギロチンの刃が届く寸前。
勇者が私の目を見て笑いかけた気がした。
そんなはずない。気のせいだ。勇者の死を受け入れられず幻を見たんだろう。
私の声が届くはずないし、ましてや目が合うなんてありえない。
胴から離れた首が転がり落ち、再び私と目が合った。
「……ひっ」
生まれて始めて見た人間の生首に咄嗟に目を逸らしてしまいそうになった。
でも駄目だ。私は。私だけでも勇者の死から目を逸らしたら。
「……勇者……勇者……勇者勇者勇者!!」
何度呼んでも勇者が生き返ることはない。
なんて。なんて無力なんだ。
ずっと魔王の力なんていらないと思って生きてきた。
生まれて初めて力を使いたいと思ったのに、そんな時に限って出涸らし未満の存在に成り果てるなんて。
……いや。私は魔王だ。
例え魔力がほとんど残っていなかろうが、全ての力を振り絞ればあと一度くらいは魔法を使えるのではないか?
いや使えるかもじゃない。使うんだ。
この世から存在ごと消える事になったとしたって、絶対に勇者だけは助けてみせる。
全身の魔力を振り絞り、勇者の顔を思い浮かべた。
待っていてくれ。勇者。私が絶対に助けるから。
私は勇者が生きていてくれるなら、もうなにもいらないんだ。
全身の血が沸騰しているようだ。
少しでも気を抜けば気絶してしまうだろう。




