レモンの星
夜空にきらきらとかがやくたくさんの星が、本当は何でできているか、知っていますか?
手をのばしても、とびはねても届かないほど遠くにある星たちは、ときに白く見えたり、赤に見えたり、黄色っぽく見えることもあるでしょう。すみきった夜空を見上げていると、ふとさわやかな甘いにおいをかぐことがあるでしょう。それは、わたしたちが見ている星たちは全て、みずみずしいくだものだからなのです。
丸い夜空は、とても広い果樹園です。何百年もかけて、おいしくて美しいくだものを育てているのです。真っ赤ないちごにりんご、みなさんの家よりも大きなすいか、とろりととろけるアボカド、あまずっぱいパイナップル。ぶどうにざくろ、あけび。ありとあらゆるくだものが、夜空の果樹園にそろっていました。
くだものを育てているのは、たった一人の番人でした。番人は、毎日、真っ黒な翼を広げて夜空を飛び、くだものが虫に食われていないか、はっぱがしんなりと弱っていないか、見て回りました。とりわけ暑い日には雲をあつめてたっぷり水をやり、寒い日には太陽のかけらをもらってきて、くだものをあたためました。新しいくだものが実り始めたら、やさしい言葉をかけて、はげましてやりました。悪い虫やどろぼうがやってきたら、いかずちで追いはらいます。
番人の楽しみは、りっぱに成長したくだものをつるりとさわることでした。まばゆく光り、かぐわしい香りをはなつくだものが元気で夜空にかがやいていることが、番人にとって何よりの喜びでした。
そうして、番人は、何万年、何億年も、果樹園を守ってきたのです。そして、すっかり熟したくだものをもいだら、夜空を治める神様たちに食べてもらいました。時には、長旅を続けている、すい星の神様をねぎらい、こっそりとくだものを分けてあげることもありました。
ところが、ある時とんでもないことがおきたのです。
番人がいつものように果樹園を見回っていた時、黄金色にかがやくレモンが一つ、枝から転がり落ちてしまいました。あわてて番人はレモンをつかまえようとしましたが、小さなレモンはあっという間に果樹園のはるか下、雲をつっきって地球のどこかに落ちていきました。
「しまった」
番人は黒い羽をさっと広げ、レモンを追いかけました。レモンはいったいどこにそんなエネルギーがあるのかとふしぎになるほど速く、ごうごう音をたて、炎をふきあげながらまっすぐに落ちるのです。その真下にある大地は、大きな森の木々でおおいかくされていました。あの中にレモンが飛び込んでしまったら、見つけ出すのはむずかしくなるでしょう。番人は羽をいっそう強くはばたかせ、急ぎました。
ところがその時、銀色の飛行機が、まっすぐに雲を吐きながら番人めがけて飛んできました。
「あっ!」
番人はすんでのところで飛行機をかわしましたが、その拍子に空中でくるんとひっくり返ってしまい、レモンを見失ってしまいました。おまけに、羽をけがして、そんなに速くは飛べなくなってしまいました。痛いのをこらえながら、番人はゆっくりと森へ降りました。
その森は、たいへんにおそろしいところなのです。トラやオオカミ、ヤマネコにオオジカなど、きょうぼうなけものがわんさとくらしていて、自分より弱いいきものをとって食おうといつでも狙っています。それに、くだものの天敵である虫が何百、何千と地面をはいまわったり、森の中を我が物顔に飛んでいました。動物ばかりでなく、草花にも油断はできません。色があざやかで美しいもようのある草花やきのこは、たいてい、強い毒をもっていました。人間などは怖くて足をふみ入れることもできないような森でした。
番人は、ずきずき痛む羽をさすりながら、おそるおそる森の中を歩きます。ここには、武器となるようないかずちも、燃える太陽のかけらもありません。おまけに、木がびっちり集まっているので、せまくてとても羽を広げることができません。番人は無力でした。時々聞こえてくるけもののうなり声におびえ、いつの間にか腕にたくさんとまる虫を追いはらいながら、なくしたレモンを探しました。
この森の中に落ちたのは、たしかなのです。でも、どれだけ歩いても、レモンは見つかりません。番人はため息をついて、上を向きましたが、自分の果樹園がある空は木の葉でかくされていて、何も見えませんでした。
さんざん歩いて、へとへとになってしまったころ、番人は沼を見つけました。
その沼は広く、静かでした。鳥もけものもいません。ただそよ風が水面をやさしくなでて、丸いもようをいくつも作るばかりです。
番人はなんだかほっとして、沼のほとりに座りこみました。傷ついた羽に沼の水をすくってかけると、痛みが小さくなったような気がしました。
森の中は、夜空にいる間はついぞかいだこともなかったようないろいろなにおいや、へんてこな音でいっぱいです。はじめて地球に降りてきた番人は、ほんの少しの間自分の役目を忘れて、うんと体をのばしながら息を吸い込みました。舌っ足らずな小鳥の歌声が、とぎれとぎれに聞こえてきます。沼に生えているがまの穂は、果樹園で見たこともない変な形でした。ありの行列がせっせとごはんを運んでいるのを見て、番人はくすっと笑いました。
沼の中は、どうなっているのだろう。ふとそう思い立ち、番人は水面をのぞきこみました、そして、あっとおどろきます。
沼の底に、黄色くまばゆい光が見えるのです。ゆらぐ水の中で、その光はぼんやりとかすんでみえました。でも、まちがいありません。探していた、レモンです。
番人は、喜びいさんで、沼にとびこみました。とたんに、冷たい水が番人をおそいました。おまけに、羽が水に浮いて、なかなか下へすすむことができません。しだいに息が苦しくなってきて、番人は一度水面から顔を出しました。
びしょぬれになって、すっかり体も冷えてしまったけれど、番人はあきらめません。ゆっくりと、羽をたたみました。それから、大きく息を吸って、もう一度水の中へもぐりました。
水の中では、とても目を開けていられません。目をつぶったままもぐっていって、ほんの一瞬だけぱっと開いて、黄金色の光がある方へ手を伸ばしました。つるんとしたレモンが、指先にあたりました。
レモンを両手でしっかりつかんだ番人の足を、何かがつかまえました。
水の上へ上がろうとする番人を、その「何か」がひきとめるのです。足に痛みが走り、温かい血が流れ出しました。番人は必死で水をかきながら、振り返って目を開けました。
番人をつかまえていたのは、わにでした。するどい牙がならぶ長い口で番人の足にかみつき、丸い目ではったと番人をみすえながら、少しずつ番人をひきずり下ろすのです。
番人はもがき、何とかわにをふりほどこうとしました。けれども、何をしても、わには放してくれません。こんなに大きなえものははじめてで、はりきっているのです。足も痛いし、どうしようもなく息が苦しい中、ふと番人は、自分の羽が水の中でばたばたとはばたいているのを見ました。
番人は、とっさに羽を一本ぬきとり、それでわにの鼻をくすぐりました。わには顔をしかめましたが、何度も番人がくすぐるうちに、とうとう口をぱかっと開けて笑い出してしまいました。
番人はこのすきに、大急ぎで逃げました。
やっとの思いで沼から上がると、番人は地面の上にねころがって、何度も息を吸ってはきました。羽も足もけがをしてしまったけれど、番人の手の中には、かがやく大切なレモンがあります。それだけで、何もかもむくわれたような気もちになりました。
少し休んでから、番人は空へと飛び立ちます。森がぐんぐん遠くなると、番人は少しさびしく思いました。森はおそろしいところでしたが、はじめて見るものばかりで、たいくつすることはありませんでしたからね。
「これからも、時々はあそこに降りてみてもいいな」
と、番人は思いました。
ところが、果樹園にもどった番人を待っていたのは、あまりにも悲しい光景でした。
数え切れないほどたわわに実っていた星のくだものが、一つもないのです。おどろきと悲しみのあまり、番人はまたレモンを落っことしてしまうところでした。果樹園をぐるりと回り、はだかの木々の間をどんなに探し回っても、くだものはもうどこにもありませんでした。
「わはははは……」
果樹園のさらに上に広がる空から、大きな笑い声が聞こえてきました。はっと見上げると、真っ黒なもやが大きく広がっています。
声は、そのもやの中から聞こえるようでした。
「油断したな、果樹園の番人よ。お前がだいじに育てたくだものは、一つ残らずもらってゆくぞ」
番人は、怒りにもえてもやをにらみつけました。本当に真っ黒なので、中に誰がいるかも分からないのです。
「さらば、番人よ。また会おう」
番人が、ぴかぴか光るいかずちを投げつけるよりも先に、その声の主はくだものとともに消え失せました。
番人の話を聞いた神様は、とても怒りました。神様の家来もみんな、果樹園を留守にした番人のせいだと言いました。みんな、くだものが大好きだったので、当分食べることができないと知って、ひどくがっかりしたのでしょう。
番人は、果樹園を守る役目を、やめさせられることになりました。そして、羽をうばわれ、地球に追放されました。
ただの人間となった番人は、やっぱり一人ぼっちで、ほんの少しの野菜や花を育ててくらしました。地球では、くだものや野菜の育て方が、夜空とは何もかもちがうので、はじめのうちはせっかくの苗をすぐにからしてしまい、ろくに収かくもできませんでした。水をやるには気まぐれな雨雲が近くにやってくるのを待たなければいけません。その上、与えられた土地は土がやせて、ろくに草花も育たないところだったため、土をよく耕さなければなりませんでした。野菜の苗や花のたねはとても値段が高く、やすやすと手に入りません。
番人は毎晩、空を見上げては、ため息をつきました。あれほどたくさんきらめいていた果樹園のくだものは、いまや番人が取りもどした黄色いレモンしかありません。くろぐろとした空に一つ、ぽつんと黄色くかがやくレモンの星をながめ、番人は悲しみに沈むのでした。
何年かたった後、朝から晩まではたらく番人のもとに、一人の旅人がやってきました。
その旅人は、長いかみのけに白いひげの、とても年を取った男でした。その男が、水をくれと言ったので、番人は水をコップに一ぱいそそいでさしだしました。
男は水を、とてもうまそうにのどをならして飲みました。飲み終わると、ふところからぼろぼろの袋を一つ取り出して、番人に渡しました。
「これをあげよう」
開けてみて、番人はおどろきました。袋の中に、赤や黄、緑にむらさきの小さな粒がたくさん入っていて、どれもきらきら光っているのです。
「これは?」
男はゆっくりと答えました。
「星のくだものの、たねだ。番人に返してやろうと思ってな」
聞きおぼえのある声です。番人はたねをつまみながら、男の顔をまじまじとみつめました。彼の目はとても黒く、じっと見ていると中に吸い込まれてしまいそうでした。
「では、あなたは……」
男はうなずきました。
「そうだ。わしが、果樹園のくだものを一つ残らずぬすんだ。お前には、ずいぶん悪いことをしたな」
番人は、自分の荒れた手の中にあるたねを見下ろし、静かに首をふりました。
「むかしのことです。もう、いいのです」
番人はたねの袋を返そうとしましたが、男はどうしても受け取りませんでした。
「そのたねはもらってくれ。わしからのおわびだ。これをもって神様のところに帰るもよし、ここでくだものを育てるもよし。好きに使ってくれ」
そう言って、男は番人の家を出て行こうとしました。番人は、たねの袋をにぎりしめたまま、男に問いかけました。
「あのくだものは、だれが食べたのですか?」
男は振り返りもせず、答えました。
「年老いて、光が消えた星たち。空で死んだ人間やけものたち。いろいろだ。みんな、おいしかったと言っていた」
男の姿が見えなくなるまで、番人は家の前で見送りました。そして、ていねいに耕した畑のうねに、星のたねをまきました。
芽が出るのは、少し先のことになるでしょう。




