大御所俳優の洗礼。「ハムスターに芝居ができるの?」
ちくわの初ドラマ撮影は、開始30分で現場をザワつかせていた。
「漢字読めない発言事件」はスタッフラインで即共有され、
“ゆるキャラ枠の新人俳優”として既にイジられ始めている。
そんな空気をまったく気にせず、ちくわはスタジオの隅で台本を逆さに持ち、
「……あれ? こっち向きだっけ?」
と真顔で悩んでいた。
凛「逆さだから。逆さなんだよ」
ちくわ「あっ、そっか!」
成長の兆しは、まだ遠い。
⸻
休憩に入り、ちくわは黒川大御所俳優の隣にちょこんと座った。
黒川は台本を読み込みながら、ちらりとちくわを見る。
「……君、演技経験は?」
「えっと……ハムスター小屋の中で、回し車の上で“倒れたフリ”とかしてました!」
「……それを”演技”とは言わん」
黒川は深いため息をついた。
その圧だけで、空気が震える。
しかしちくわはまったく動じない。
むしろニコッとして言った。
「黒川さんは演技のプロですよね!?」
「まあ、長いことやっているからな」
「じゃあ僕にお芝居教えてください!!」
スタジオの空気が止まった。
ADもメイクさんも、全員「嘘だろ…」という目で見る。
黒川「……ハムスターに芝居ができるのか?」
ちくわ「できます!! できるようになります!!」
黒川「根拠は?」
「……気合いです!!」
黒川は台本を閉じ、正面からちくわを見た。
その鋭い視線に、周囲がビクッと震える。
だがちくわだけは――
「黒川さん、今の表情めっちゃかっこいい!」
まさかの素直リアクション。
黒川のほうが一瞬固まる。
黒川「……君は、よく分からん奴だな」
ちくわ「よく言われます! ハムスターのときも言われてました!」
「ハムスターのときも、か……?」
黒川の思考が止まる。
⸻
そんな空気のまま、次のシーンのリハが始まった。
シーン内容はこうだ。
黒川が怒鳴る
↓
ちくわが驚いて後ずさる
↓
椅子につまずいて転倒
↓
黒川が呆れ顔でため息
シンプルな流れ。
……のはずなのに。
リハ開始。
黒川「この家から出て行けッ!!」
ちくわ「ひゃっ!?」
(ここで後ずさる)
後ずさる……はずだったが。
ちくわ、なぜか“ハムスター走り”で全力後退。
スタジオの端までススススーーッ!
「ちくわくん!? どこまで行くのッ!?」
「本能で!!」
スタッフの悲鳴が響いた。
黒川は眉間を押さえる。
「……ハムスターの本能が、芝居に出るのか」
「出ちゃいました!」
「出すな」
⸻
監督は苦笑しつつも、どこか楽しそうだ。
「まあいい……ちくわくんの動きは想定外だけど、面白い画にはなってるし」
凛がぼそっとつぶやく。
「……ちくわ、もしかして天才なんじゃ……?」
「えっ!? ぼく天才!?」
「天才(方向性が迷子)ね」
スタジオに笑いがこぼれた。
これが、ちくわが初めて“大御所俳優の洗礼”を受けた日だった。




