それは愛ですか?それとも……。
あなたに生きていてほしいから。
彼はそう言って、私に小さな石を飲ませた。
私がちゃんと飲むように口移しだ。
その後、彼は死に、私は元気になった。
そして私は死ねなくなった。
彼の代わりに、私は永遠の命を与えれたみたいだ。
そんなものいらない。
彼のいない世界で、生き続けるのは辛い。
何度も死のうとしたけど、死ねない体。
死ぬ方法はただ一つ、彼のように命を分け与えること。
歳を数えるのも愚かに思えるようになった時、私はある真実にたどり着いた。
彼は死にたかったのではないか。
だから、私に命を分け与えた。
自分が死ぬために。
彼が私を愛しているから、病気がちの私を元気にするため、命を分け与えられたと信じていたけど、永い時を生きてきて、私は思った。
彼は死にたかったんだと。
その真実にたどり着き、私は生贄を探すようになった。
私の命を分け与える人間。
私の口づけを拒まず、私を愛する人間。
私は彼を愛していた。
だから彼の「気持ち」が嬉しくて、口づけを受け入れた。
まさか彼が死ぬなんて知らなかった。
そして私が悠久の時を生きることになるなんて想像もしていなかった。
生贄を探し続け、私は彼そっくりの人間に出会った。
私は嬉しかった。
彼に愛を返せる、いや、復讐できると思った。
永い時を生き過ぎて、私は狂っていた。
愛していた彼を憎むようになっていた。
私は彼を育て、時を待った。
親に森に捨てられた彼は愛を求めた。
私は彼に優しくして、寄り添った。
私の姿は、何千年も変わっていない。
十七歳のままだ。
彼が十七歳になり、時が来たと思った。
☆
「ネイ様」
声変わりした安里の声は、彼と同じだ。
背の高さも記憶の彼と同じになった。
彼は私を寧と呼んだけど。
「何?」
「あなたは僕に復讐したいの?」
「な、何言ってるの?安里」
「寧。僕は記憶があるんだ。前世の。ずっとつらかっただろう。一人で」
眞利。
彼の名前だ。
私はそう呼びそうになって、すぐに家を飛び出した。
「彼」の力を使って、空に逃げる。
安里は眞利様だった。
いつから記憶があったのだろう。
ずっと前から?
私の浅はかな考えをずっと知っていた?
空高く飛び上がり、胸が苦しくなる。
どんなに高く飛んでも私は死なない。
ただ苦しくなるだけ。
知っていてもいいじゃない。
彼は自分が死にたくて、私を犠牲にした。
なら、私の思いもわかるはずだ。
もう永く生き過ぎた。
終わりにしたい。
ゆっくりと地上に降りると、安里、眞利様が待っていた。
「どう、考えはまとまった?」
そう問いかけるのは安里だ。
「いつから、知っていたの?」
「高熱を出したあの日だよ」
そう答えられ、二年前のことを思い出す。
彼は熱を出して寝込んだ。
必死に看病しながら、もう彼に命を分けるときかと何度も思った。
彼の熱は三日で下がり、元気になった。
だけど様子がおかしかったのを覚えている。
だけど人間は十五歳くらいになると反抗期がやってくるらしいので、それだと思った。
私もそうだったから。
眞利様をたくさん、困らせたな。
「思い出したくなかった。本当は。僕は、ネイ様がただ僕を愛してくれてると思っていたから」
安里の言葉は私の心を抉る。
永く生きているのに、安里は私の心を揺るがす存在だ。
それは彼が小さい時からだった。
何にも興味がなくなった私に、色々な感情を思い出させてくれた。
「思い出してよかったことは一つ。眞利だった僕を愛していたくれた寧を知ったこと。僕の気持ちはぐちゃぐちゃになった。あの時の寧は、まるで安里である僕だ。僕は純粋にただネイ様を愛していた。だけど、眞利の僕は……」
やっぱり、眞利様は私を利用した。
愛ではなかったのか。
改めて言葉にされると悲しみで胸がつぶれそうになる。
こんな感情がまだあったのかと驚かされた。
「自業自得だ。僕の。寧、様。あなたの苦しみを取り除く。あなたの命をわけて」
安里、眞利様はそう請う。
私は……。
安里に私の苦しみを与えるか。
死ねない体、悠久の時を生きる体。
孤独……。
「寧。あなたはやっぱり優しい。迷っているんだね。でもいいよ」
眞利様……。
憎しみだと思っていた感情が、愛おしいと気持ちに一気に変わる。
「安里、眞利様。まだあなたは十七歳。人間の寿命であと五十年は生きるでしょう。その時までに私は方法を探したい。あなたに命を分け与えず、死ねる方法を」
「ネイ様。あなたそれでいいのですか?今すぐ終わらせたいのではないですか?」
「あと五十年生きるのは私にとっては何も変わらない。だけどあなたが死ぬ前に答えが見つからない場合は」
「はい。僕に命を分け与えてください」
私と安里は、不老不死の天使が死ぬ方法を探した。
私は自分のことを嘆くだけで、天使のことを調べようとはしなかった。
愚かだった。
何度も後悔した。
いろいろな場所で天使は存在しており、その伝説を追った。
翼を隠せば、私は人間にしか見えないから。
方法を探す中、一つだけ希望が持てる方法が見つかった。
それは交わる方法だった。
男女が子を成すため、交わることを知っていた。
だけど、私は試したことがない。
それに、子など欲しいと思ったこともない。
無理だと思ったが、安里は、眞利はその方法を知っていた。
彼は嫌であればと言ったけど、私は試してみたかった。
一度試して、それがとても気持ち良いことに気が付いた。
私たちは何度も交わった。
五年後、私は自分の変化に気が付いた。
「寧。背が伸びてる」
「え?」
私の体が成長し始めた。
旅を始めたのは安里が十七歳の時だったけど、私たちが交わったのは彼は二十五歳の時だった。
兄妹に間違われるようになった。
交わり始めて、私の時が動き出し、夫婦ですかと聞かれることが多くなった。
けれども、私の歳をとる速度は異常だった。
「もうやめよう。僕はあなたを失いたくない」
「いや。これは復讐だよ。眞利」
そう復讐だ。
私は彼の歳を追い越して、どんどん歳を重ねた。
それは交わる回数も影響しているようだった。
母子に間違われるようになった時、安里にそう言われ、私は断固として拒否した。
そう、これは復讐。
私は、彼より早く死ぬ。
それがいい。
「……安里、眞利様」
私は骨と皮のしわしわになり、体に力が入らなくなった。
ベッドに横たわることが多くなり、交わることはできなくなった。
安里を脅しても彼は私を抱こうとしなかった。
しわしわで嫌なのかなと思ってそれを言ったら激高された。
「少しでも長くあなたといたい」
交わる代わりに私たちはキスを交わすようになった。
「安里、眞利様。先に行くね。やっと死ねる。嬉しい。だけど、会えなくなるのは悲しい」
死ぬはとても嬉しかった。
終わりがやってくるのが待ち遠しかった。
でも彼と別れるのは辛かった。
「また来世で会おう。寧、先に行って待っていて」
「それはいい。嬉しい」
最後の力を振り絞り必死に微笑むと、彼が笑い返してくれて、口づけてくれた。
優しい、啄むようなキス。
今度は、普通に出会って、一緒に生きれたらいいな。
そう願って、私はゆっくりと意識を手放した。
(完)




