第8話 夜空のようなドレス。
正式な書面が交わされ、ティアローザ王女の婚約者はルカリオン・コルベール公爵家嫡男と決定した。
まるで横槍を許さぬとばかりに、異例の速さで婚約式の日取りまで定められた。
婚約式の衣装は、互いの色味を合わせるのが慣例であり、周囲に好印象を与える。
私は当然そのつもりだが、ルカリオンはどうだろう。
思えば、彼と会ったのは昔一度きり。そして先のお披露目で二度目。
兄と親しくしていたとはいえ、公爵子息でありながら王女である私とは接点がなかった。
婚約候補にすら挙がらなかったのは、兄の側近候補だったからだろうか。
けれど、むしろ側近が王女と結ばれるのは悪くないのでは――そんな考えが頭をよぎる。
両親と宰相が候補を選んでいたのだから、政略的に不都合と判断されたのかもしれない。
少し胸に引っかかるものはあるが、結局は次期国王である兄が彼を強く推し、私が快諾して婚約が決まった。
あれほど多くの候補がいながら、なぜ誰一人として結ばれなかったのか。
私が気に入った相手は次々に候補から外され、あるいは辞退を申し出てきた。
なのに、ルカリオンとの婚約だけは驚くほど滑らかに進んでいく。
――もしかして「王女が乱心した」などと噂されぬよう、私が気に入った相手と早々に婚約を結ばせたのでは?
そんなふざけた理由すら、妙に現実味を帯びて思えてしまう。
だが相手は公爵家の嫡男。王女の降嫁先として申し分なく、容姿も美男とは言い難い。美貌に自信がある男性を嫌う私にとっては、むしろ理想的な相手。
……そう考えれば納得もいく。
思考を振り払い、私は大事な衣装のことへと意識を移した。
ルカリオンの好みは分からない。直接手紙を送って訊ねるべきか。
あるいは兄に尋ねれば、長年傍にいた彼の好みを知っているかもしれない。
「そうと決まれば早速……」
ペンを取ろうとしたその時、扉をノックする音が響いた。
許可を与えると、侍女が大きな箱を抱えた侍従を伴い入室する。
「姫様、コルベール様からです」
「まあ、ありがとう」
丁度ルカリオンのことを考えていたところにルカリオンからの贈り物が届き、ティアローザの胸はドキドキと高鳴った。
早速、添えられたカードを手に取り、期待にキラキラと輝く瞳を走らせる。
“婚約式はこれを着て、私の隣でいつも見つめるしか出来なかった天使の微笑みを浮かべて欲しいと願っています。姫様を思い自らデザインしました。気に入ってくださると嬉しく思います。――ルカ”
頬が熱を帯びる。
何度も読み返し、指先で文字をなぞる。流麗でありながら力強い筆跡。まるで「ルカ」と呼んで欲しいと願うように、愛称で署名されていた。
「ルカ……」
小さく呟いた声は、自分でも驚くほど甘やかだった。
私はすぐにお礼の手紙を書き始める。お気に入りの便箋と封筒を用意させ、王女専用の蝋印を押して侍女に託す。
顔の熱はまだ冷めない。
ようやく待ちきれず、箱を開ける。藍色のリボンを解き、胸を高鳴らせながら蓋を持ち上げた。
――このドレス、まるでルカリオン様そのものだわ。
最高級の布地は指先に吸い付くように柔らかく、夜空を思わせる深い藍色。
金糸で繊細な花々が全体に刺繍され、胸元にはコルベール領の特産である真珠が連なり、星々のように散りばめられている。
「……なんて、美しいの」
夢見るようなドレスに、私は一目で心を奪われた。
彼自身が私を思ってデザインしたドレス……。
その瞬間、胸の奥に芽生えたのは、確かな幸福感――そして、言葉にできぬほどの安堵だった。
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