第7話 本当のすがた。
魔法のある世界。
だが誰もが使えるわけではない。限られた、ごく一部の人間だけがその力を持つ。
この国でも、魔法を使える者は両手で数えるほどしかいない――少なくとも、そう“申告している者”の数は。
魔法を使えると名乗り出るだけで、どの国でも破格の待遇を受ける。選ばれた人間として、地位も富も約束される。
ゆえに、魔法を隠す理由などないはずだった。魔法を持つ者は、圧倒的に有利な人生を歩めるのだから。
世には「魔女」と呼ばれる者たちもいる。だが彼女らは呪具を操り、いかがわしい儀式を行う存在という印象が強く、真に魔法を使えるかどうかは疑わしいとされていた。
――それでも、申告しない者はいる。
人に纏わりつかれるのが嫌だから、という単純な理由で。
あるいは、野心に燃える親に利用されるのを避けるために。
魔法を持つ者と結ばれれば、稀に魔法を継ぐ子が生まれる。ゆえに彼らは複数の伴侶を持たされることが多い。女であれば子を産むまで一人、男であれば際限なく。望む者にとっては楽園、望まぬ者にとっては地獄。
ティアローザ王女が婚約を結んだ相手は――申告をしない者だった。
◇
念願の王女との婚約を果たしたルカリオンは、内心では歓喜に叫びたい衝動を必死に押し殺し、冷静な態度を崩さぬまま公爵邸へと戻った。
大勢の使用人が帰宅を迎え、祝福の言葉を口々に述べる。
その瞬間、彼は思わず笑みを零してしまう。
普段の冷徹な仮面が一瞬だけ緩んだ。すぐに表情を引き締め、軽く頷くと、侍従を伴って私室へと向かう。
扉を閉め、二人きりになった瞬間。
ルカリオンは全身にかけていた認識阻害の魔法を解いた。
空気が震え、姿が変わる。
現れたのは、絶世の美貌と、しなやかに鍛えられた長身の体躯。
それは祝福ではなく呪い――見る者を惑わせ、抗うほどに絡め取る美。
公爵家の嫡男にして、王太子の側近。地位も名誉も兼ね備えた男。
恨みを買う理由には事欠かない。だが彼は知っていた。弱みがあるなら消せばいい。護衛に頼るなど愚かだ。
幼い頃から決めていた。強く、賢く立ち回り、王女を手に入れると。
「……やはり、何度見ても信じられませんね。独学で超高等幻影魔法を使いこなすなんて。認識阻害をこの目で見なければ、到底信じられませんよ」
侍従が苦笑混じりに言う。
「仕方あるまい。女どもが群がるのはうんざりだ。だから必死で学んだ。
この顔を隠せば、執着も薄れる。……それだけで十分だ」
侍従は肩を竦める。「主のトラウマですもんね。可憐に見える女性も、一皮剥けば猛獣。あれを知らなければ、私も目が曇っていたでしょう」
ルカリオンは目を細める。幼い頃から、彼の周囲では令嬢たちが髪を掴み合い、ドレスを破り、甲高い声で罵り合った。
皆が彼を自分のものだと主張する。――吐き気がするほどの光景だった。
「……おまえにも嫌な思いをさせたな」
「いえ、むしろ早く知れて良かったですよ」
侍従は笑う。最近できた恋人のことを思い浮かべているのだろう。見た目ではなく内面を愛した相手。だからこそ、見た目すら愛おしく見えてくる。
「だが主、本当にいいんですか。王女様まで欺いて。あんな奥手な男を演じるなんて」
「……仕方ないだろう。醜い男で、王女を一途に愛せる者。それが婚約の条件だった」
憂いを帯びた横顔は、醜さとは最も遠い場所にある。
その美貌はルカリオンにとって災厄であった。
女はルカリオンを一目見るだけで切望する。
だが王女だけはこの美貌は切望から程遠く拒絶となるのだ。
「あと少しだったんですけどね。長年かけてライバルを蹴落とし、側近としての地位を固め、外堀を築いて……物語の王子様のように迎えに行く準備が整うまで」
侍従は深く溜息を吐いた。
「遠回りになっただけだ。王女の心も体も完全に手に入れてから、少しずつ阻害を解けばいい。……醜さを纏ったからこそ、最短で婚約者の座を得られたのだ。問題はない」
「……主がそう仰るなら」
「良き侍従を持って、私は幸せだ」
ぞくりとするほどの美貌に笑みが浮かぶ。その笑顔は甘美で、同時に毒を含んだ刃のように鋭い。
侍従は喉を鳴らしながらも、恋人との約束を守るために、どうにか休暇だけは死守しようと心に誓った。
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