第5話 一週間拗ねていた間にしていたこと。
――時は少し巻き戻る。
一週間、王女宮に籠もり続けた王女――
父王にも母后にも一切顔を見せず、沈黙による抗議を貫いていた。
王女宮から一歩も出ず、忠誠を誓う限られた使用人のみが出入りを許されていた。
――表向きには、そう見えた。
実際には、王女は抗議の翌日には王宮メイドの制服に身を包み、頭には見事なカツラを被って、誰もが見間違うほどの変装を施していた。
数人の信頼できる侍従とメイドを伴い、王女は密かに魔女たちの元を訪れた。
魔女たちは、王宮の一角に軟禁されていた。
ただ飯を食わせるわけにもいかず、かといって処刑するには惜しい。
彼女たちは狡猾で欲望に忠実な性分を持ち、それゆえに魔女となったのだろうが、それだけなら世に溢れる性悪女と変わらない。
魔女である以上、何かしらの才覚があるはずだ――王女はそう考えていた。
以前から気にかけていた問題を、魔女の力で解決できるのではと王女は思案した。
暇を持て余す一週間、ならばこの機に動いてみようと決意したのである。
魔女たちが閉じ込められている部屋の扉を軽くノックし、返事も待たずに入室する。
「だ、誰なのよ! メイドにしては目つきが怖すぎるんだけど!? 怒ってる? 怒ってるよね!? 私何もしてないってば!」
「ふーん、処刑係が直々にお出まし? どうせ首を跳ねるなら、せめて美しくお願いしたいわね」
「えっ、処刑って…今? 今なの? ちょっと待って、昼寝してないし、髪もボサボサだし…あ、あとお腹すいた…」
「王女を出しなさい! この部屋に私たちを閉じ込めたのは、きっと何か深い理由があるはずなのよ! …赦される方向の、ね?」
魔女たちが口々に叫ぶ。
お調子者、皮肉屋、天然、理屈っぽい。性悪で守銭奴なのは魔女の特性であるが、さらに加えてそれぞれが個性豊かな魔女たちだ。
そこまで怯えるなら、なぜ王族を謀る話に乗ったのか。
処刑が免れぬ大罪だと、幼子でも理解できるはずなのに。
王女は耳を塞ぎたい衝動を抑え、静かにカツラを外す。
「私が、その王女よ」
正体を明かされた魔女たちは、一瞬の沈黙の後、歓喜の声を上げた。
赦されたと思い込んだのだ。
「赦していないわ」
「寛大なお心で赦しを…」と感謝の言葉を述べようとした魔女の言葉を、王女は冷たく遮った。
そこからは、王女の独壇場だった。
皮肉と嫌味を交えながら、地下牢の話を持ち出す。
薄暗く、清掃をあえて行き届かせないようしているためカビや虫の死骸と埃に汚れ、息をする度に臭気漂う大罪人の収容所。
処刑といっても首を跳ねるだけではない。
王女は幾つかの拷問に近い処刑法を具体的に語り、魔女たちを震え上がらせた。
顔色が青を通り越して真っ白になった魔女たちを一人ずつ見回し、都合の良い夢を見ていないことを確認すると、王女は言い放つ。
「赦しが欲しいなら、私のために働きなさい」
与えられた仕事は、薬草を用いた薬や軟膏の製造。
王女宮の側近く、王宮の空き部屋三室に機材と作業台を設置し、魔女たちは薬師として働くことになった。
報酬は魔女たちの大好物――金。
不思議なことに、魔女たちは薬の製造に高い適性を示した。
既存の薬師と同じ工程で作らせているにもかかわらず、効果は段違いだった。
王女の指示通りに働き、作業時間も休憩時間も厳密に管理される。
掃除係が現れ、魔女たちが汚した作業台や器具を綺麗にしてくれる。
三食の食事に、休憩時間には王家のシェフによる絶品の菓子と茶。
清潔な衣服と快適な環境。
努力すれば報酬が増え、新薬を開発すれば効果次第で褒美も与えられる。
時折王女が様子を見に訪れ、愚痴を聞き励まし褒めた。
魔女として生きることになってから、魔女以外の人間にこんな風に接して貰えなかった魔女たち。(性悪で守銭奴なので自業自得ではある)
日々の精神の安定と生活の安定、満たされる金銭欲。
まさに、至れり尽くせりの職場だった。
最初は「金を得たらさっさと逃げよう」と考えていた魔女たちも、王女の徹底した管理のもとで働くうちに、ここで働くのも悪くないと思い始めた。
その日暮らしより、ずっと良い。
一週間が経過した今も、誰一人逃げ出していない。
王女による魔女の調教、完了である。
魔女たちは王女の指示に従い、既存の薬の改良や貴族夫人に使用される高価な化粧品の開発にも力を入れた。
まずは怪我に効く軟膏と筋肉疲労に効く飲み薬の試供品を少量製造し、騎士団に提供。
使用した騎士たちからは高い効果が報告され、「定期的に使いたい」「商品化してほしい」との声が上がり、王女のもとに正式な要望が届いた。
騎士団内では「魔女製の薬が効く」と噂が広まり、試供品を使った団員が仲間に勧める姿も見られた。
ある日、作業中の魔女のもとに騎士が訪れ、「助かった、ありがとう」と頭を下げる。
魔女は戸惑いながらも、初めて他者から感謝される喜びに胸を震わせた。
その様子を、王女は王女宮の窓辺から静かに見下ろしていた。
冷たい瞳の奥に、わずかに満足げな光が宿る。
魔女たちが感謝に震える姿は、王女にとって何より確かな成果だった。
かつては蔑まれていた魔女たち。
今では騎士たちから感謝の手紙が届くほどになった。
貴族夫人に使用される化粧品開発も順調である。
完成後は配合を調整し、庶民の夫人たちにも手が届く価格帯での製造販売を予定している。
初めて他者に感謝され、存在を認められる心地よさに、魔女たちは虜となった。
この職場と環境から離れたくない――魔女たちは皆、そう強く思うようになった。
新薬の開発にも熱が入り、完成には時間がかかるものの、順調に成果を上げている。
既存の薬の製造も怠らず、提供までのスピードが格段に向上。
薬の絶対数が増えたことで、貧しい層にも手が届く価格で販売できるようになるだろう。
―――ここまで一週間と少し、王女すごい。
♦♢
王女が大人しくしているはずがない――
それを誰よりも理解していた第一王子である兄王子エミリオは、密かに王女の動向を調べさせていた。
魔女たちの報告書を読んだエミリオは、妹ながら背筋が寒くなる思いをした。
あの狡猾で強欲で怠惰な魔女たちをたった一週間で真っ当に調教した王女。
人心掌握に長けすぎていて、女であることが惜しいほどだ。
全ての報告書に目を通したエミリオは、時は満ちたと判断し、王女宮へ先触れを出した。
両親には許可されなかったが、王女からはあっさりと許しを得る。
(探ってるのバレてたかな?)
エミリオの口元に苦笑が浮かぶ。
手土産があることだし機嫌はとれそうだと、
側近の釣書を片手に、エミリオは颯爽と王女宮へと向かった。




