第3話 ティアローザの婚約者。
そして、ついに正式な婚約者として選ばれたのは――
背だけは高いが折れそうに細い体躯、不健康な青白い顔色に、分厚すぎる眼鏡をかけたルカリオン・コルベール公爵令息であった。
謁見の間に姿を現した瞬間、場の空気が凍りついた。
ざわめきを押し殺す侍女、視線を泳がせる廷臣、咳払いで誤魔化す老臣。誰もが「これは……」と口には出さずとも思った。
ティアローザは思わず瞬きをした。
(……ルカリオン・コルベール公爵令息?)
幼い頃に会ったことのある思い出のルカリオンとは全く違う姿にティアローザは戸惑った。
面影すらどこにあるか分からない冴えない姿になってしまった青年は、不器用ながらも深々と礼をした。
その仕草はぎこちなく、緊張で手が震えていたが、同時にどこか誠実さを漂わせてもいた。
使用人の一人が小声で「眼鏡が……曇ってます」と呟き、隣の侍女が必死に袖で笑いを押し殺す。
ティアローザはわずかに唇を引き結び、表情を崩さなかった。
女神と讃えられる美貌を持つ自分の隣に、この男が並ぶ未来を思うと――もっと嫌な気持ちになるかもしれないと思っていた。
持て囃された美貌に釣り合わないわね、とか。
好ましく思えない相手に盲目的に愛して貰っても嬉しくない……とか?
同じ人間としてどうかと思うような最低な醜い感情が湧くのだろうかと、自分で願った条件であるのに身勝手な思いが湧いてしまうのではないかと。
聖人ではないのだから自分の中にある汚い部分があるのは当然のことだけど、自分がその条件を願ったくせに、その結果選ばれ現れた相手を傲慢に推し量ってしまう可能性もある。
そんな自分を見つけたくないなと考えてしまうと不安だった。
それに、過去、あの言葉をくれた青年がいくら兄が条件にぴったりだと薦めてこようとも、王女に見合う爵位で選んだのではないかと何処かで怪しんでもいた。
複雑な気持ちで考えていた不安は杞憂に終わった。
目の前の彼の震えた手や指先を見た瞬間、胸の奥に、蝶の羽ばたきのような得体の知れないざわめきが生まれた。
(なぜかしら。頬が熱い)
ざわめく胸にそっと手をあてる。
装飾の多いドレスの胸元だからか、ほんの少し早い気がする胸の鼓動を手に感じることはなかった。
(背がとっても高いから指も長いのかしら)
ルカリオンを興味深げに見つめるティアローザを兄王子は観察するようにジッと見ていた。
そんな視線に居心地悪くなったティアローザは、ジロリと兄王子を睨みつける。
不敵な笑顔を浮かべたまま逸らされることのない視線は、愉快そうに光っていた。
これはただの側近紹介ではない。必ず何か、思惑がある――ティアローザはそう確信せざるを得なかった。
「初めまして……ではないですよね? コルベール小公爵さま。本日はよろしくお願いしますね」
過去に会った頃の令息とは似ていない姿に不思議な違和感は感じつつ、コルベール小公爵様は顔を赤くして、物凄く小さな声で「はい」と返事をした。
それから「ルカリオン・コルベールです、よろしくお願いします」と挨拶を返した。
大好きな苺のように真っ赤な顔を見たティアローザは、何だか可愛い人だなと思ったのだった。
♦♢♦♢♦♢
謁見の間の空気は、依然として重かった。
廷臣たちはそれぞれに取り繕った顔で、しかしその視線の端々に疑念と好奇の色を隠しきれていない。
「ルカリオンも、こちらへ」
兄王子の導きで、ルカリオンはティアローザのすぐ隣に進み出た。
わずかに足取りがふらつき、長い脚が緊張でぎこちなく動く。
その様子に、再び侍女たちが口元を押さえたが――ティアローザは、彼の姿から目を離せなかった。
(……本当に、背が高いわ)
ただそれだけの事実が、不思議と彼女の胸を占める。
人より目立つその高さが、今の彼にはかえって頼りなげに映るのに。
「――では、今宵設けた顔合わせはここまでとする。ルカリオンは王女の婚約者に決定したが、私の側近の一人でもある。そして公爵家の嫡子でもあることを努々忘れるな」
兄王子の声には牽制ともとれる冷酷な威圧感を含む。
ティアローザの婚約者候補が次々と事態する異常事態を王家は把握しているぞと直接伝えて居るのだ。
顔を青褪めさせる者、引きつった表情で目を泳がせる者、さまざまいるが、次期国王の言葉を受け、人々は一斉に頭を垂れた。
重々しい空気はようやく解かれ、廷臣たちは小さなざわめきとともに退出を始める。
腹の中では何を考えていたとしても、次期国王の言葉に素直に従う様子だけは見せていた。




