第2話 周囲の暴走と、兄王子の提案。
言った言葉を取り消すつもりはなかったが、ティアローザは心底辟易していた。
あれから、頭か心に病があるのではと疑われたティアローザは、王宮専属医師たちが大挙して呼び寄せられ、しつこいほどの検査を受ける羽目になったのだ。
当然ながら結果は“異常なし”である。
(異常ありだなんて言われたら、まさしく詐欺集団ね。)
病ではないと結論づけられるや否や、今度は胡散臭い祈祷師や狡猾な魔女たちが呼ばれた。
彼ら全員が口や声を揃えて「呪いの類だ!」と叫び、王女を神殿の祭壇へと連れ出した。
荒唐無稽な話をさも真実のように全員が断定することで真実味が増したのか、不安な顔をした両親も止めなかった為、ティアローザは神殿へと向かわされてしまう。
そのことに呆気に取られたティアローザが正気を取り戻した時、儀式用らしい真っ白なローブを着せられ、冷たい石の床に跪かされていた。
陽光が差し込む神殿の窓から、その髪と瞳が光を受けて揺らめいた。
その女神像の化身のような神聖な美に、誰もが息を呑む。
神像の傍らに座すその姿は、祓われるべき存在ではなく、祀られるべき女神そのものだった。
国外からの使節や詩人たちが「月に愛された姫」と讃えた美貌は、荒唐無稽な現状とは思えないほど、美しさだけは揺るぎない真実を示していた。
――その神々しさを纏ったまま、彼女が低く鋭い声を放ったのだから、場が震撼したのも当然だった。
ティアローザの頭の中でブチッとなにかがキレた。
「……この者たちは大嘘吐きです! 王族を謀りました。私は呪われてなどおりません。衛兵、虚偽を口にした祈祷師、魔女らを捕えよ。……今は冬。地下牢はさぞ寒いでしょうね。そこの青い顔の魔女、地下牢に繋がれるような憂き目に遭いたくなければ、真実を述べなさい」
その冷酷な命に、魔女たちはさらに顔色を悪くし蒼ざめたまま、祭壇前に行儀よく並んで跪く。涙ながらに額を床へ擦りつけてティアローザへと謝罪を繰り返した。
曰く、祈祷師たちに騙され高額な薬草を買わされ、契約書まで交わして支払い不能に陥ったのだという。口裏を合わせなければ破滅すると脅された、と。
しかし、その言い分に納得する者は少なかった。
狡猾で貪欲なはずの魔女が、祈祷師風情に騙されるだろうか――いや、むしろ「どうせ儲け話に乗ったのだろう」と考える方が自然だ。
魔女は祈祷師よりも高位の存在だ、そんな魔女を祈祷師が脅す? 逆ではないのか。
意図せず、全員の推測は正解だった。
ティアローザは半目になり、白けた空気を漂わせる。
敏感にそれを感じた魔女たちは、今度は涙ながらに己の貧しき生活事情を語り始めた。
平和な国では呪いを依頼されることもなく、道具も売れず、飲まず食わずの生活だと。
――だが、ティアローザの鋭い視線は彼女たちの丸々とした腹を刺した。
(飲まず食わずで、その身体つき? 笑わせないで)
そこに並んで跪いている魔女たちの中にも贅沢はできていない者はいるだろうが、飢え死に寸前というのは明らかな誇張だ。
死ぬような呪いは禁止されているとはいえ、ちょっとした呪いは貴族に依頼されているはずだ。
『お腹を壊して大事な会議に参加出来ない呪い』、『髪が抜ける呪い』、『水しか飲んでないのにブクブク太る呪い』など、肉体的に死ぬような呪いではないとはいえ心を殺すような呪いも中にはある。
平民にだって魔女の存在はこの国では身近である。
貴族向けには高額な依頼料を巻き上げ、平民には少額というような魔女だっている。
結局、ティアローザは衛兵に命じ、魔女たちを商人用の広間に軟禁させた。
赦されたと勘違いした魔女たちは、嬉々として連れられていった。
頭痛を堪えるように眉間を押さえながら、ティアローザは無言で神殿を後にする。
その背後では共に神殿へと来てくれたらしい父王と母后が慌てふためいている。
ティアローザは滅多に怒ることはない。
長年の王女教育の賜物もあるが、本来はおとなしく淑やかな性分だからである。
兄二人に対しては時々目くじらを立てている場もあるが、ここまで周囲に対して怒ることは滅多にない美しく愛らしく陽だまりのように穏やかな存在だった。
が、一度ブチッと静かに怒れば、機嫌が治るまで長い――父王と母后が慌てふためいたのは、それを知り尽くしているからだった。
神殿の外で待機していた王族専用馬車に乗り込み、両親を置いてそのまま王宮へ帰還したティアローザは、足早に王女宮へと戻る。
そして父王と母后が予想したとおり静かに怒り続け、そのまま一週間、扉を固く閉ざして籠城した。
♦♢♦♢♦♢
王と王妃は何度も面会を求めたが、ティアローザは一切拒絶した。
彼女の頑固さは折り紙付きである。
毎日のように面会を求め、素気なく断られて落ち込む両親を目にするのに飽きた兄王子は、妹の望みを叶えてやるかと進言した。
「父上、母上。ティアローザの願いをすべて叶えてくれそうな人物に心当たりがあります」
両親の住まいである薔薇宮まで面会を申し出て、顔を合わせてすぐに挨拶等をすっ飛ばして開口一番に口にした言葉がコレである。
「誰だそれは!」
連日続く実は目に入れても痛くないほど可愛がっている愛娘の面会拒否が非常に堪えている父王が、藁にも縋る思いで兄王子に尋ねる。
縋る思いで尋ねたものの、サラッと言われたことで、少し冷静になった父王。
妹にちょっかいをかけて煙たがられるような王子の性格もよく知る父王は、息子のただの思いつきにも聞こえる。
とりあえず聞いてみようではないか、父王は王子が口を開くの待った。
「私の側近のひとりですね」
「側近……どこの家の令息だ」
時期国王である息子の側近は見目麗しい者ばかりだったはずだ。
見てくれだけでなく能力も証明されなければ側近にはなり得ない。
そして高位貴族から選ばれるのだ。
王女の降嫁先としては悪くない身分ではあるのだろう。
そういえば、この息子、とんでもなく計算深いタイプだった。
側近は忠誠心だけでなく、いざとなれば政局すら動かせる人材であるはず。
水面下で美しく優秀で国王の愛娘である王女を得ることで享受出来るさまざまな利益を手にせんとさまざまに暗躍し横槍を入れ合う貴族の多い王女の婚姻に、次期国王である王子が自らの駒を差し込む――その意味は決して軽くない。
「悪いようにはいたしません」
そう告げた王子に、王と王妃は頷いたが、胸の奥にざわめきを覚えずにはいられなかった。




