ティータイム
三題噺もどき―ろっぴゃくよんじゅうろく。
かち。
と、メールの送信ボタンを押す。
正常に送信がされたことを確認し、パソコンの画面をデスクトップに戻す。
「……」
その画面には、桜の写真が写されている。
小さな花が風に舞い、晴れ渡る青空に広がっていく。
残念ながら、昨日行った公園では桜はもう少し先のようだった。
「……」
それでも蕾が膨らみ、もうそろそろで咲くのだろうと思った。
桜が咲けば、アイツも連れて公園に行ってもいいだろう。たまには弁当を持って行ったっていい。作るのはアイツだけど。
人間の真似事みたいに、花見とやらをしてみたいと言えば、付き合ってくれるだろう。
「……」
操作をせずに放置されたパソコンは、徐々に画面が暗くなる。
そのままスリープ状態に入り、桜の咲いていた画面は真っ暗になった。
今日の業務の半分は終わり、とりあえずいい時間なので、休憩をとることにしよう。
「……」
そういえば、昨日ついてきた子供は昨日のうちに返したのだけど。
どうしてついてきたのか全く分からないままだった。あまり言葉を話すような子供ではなかったのか、ニコニコとはしているが、こちらの質問の意図は分かっていないようだった。
話したわけでもないし、初対面の時は逃げたのに……。
子供というのは気分屋で分からないものだな……。
「……ふぅ」
机の上に置かれたコップを手に取り、椅子から立ち上がる。
ここ最近は暑い日が続いているので、中身は冷たい麦茶が入っていた。コーヒーにしようかとも思ったのだけど、カフェインの取りすぎだと怒られた。そういう自分もそれなりにコーヒーを飲んでいるはずなんだが。
「……」
廊下へと続く戸に手をかけ、押し開く。
隙間からジワリと滲んできた光に思わず顔をしかめる。
普段は消しているので、こちらに来る予定のアイツがつけたのだろう。
「……あ、ご主人」
「……」
一気に戸を開けなくてよかった。
隙間から見えた戸の目の前には、小柄な少年が立っていた。
胸に抱えた洗濯物のせいで、エプロンの柄は見えない。
「休憩にしますか」
「あぁ、うん」
私が押し開いた戸を自らの手で引き、部屋へと入ってくる。
慣れた手つきで持っていた洗濯物を片付けていき、さっさとキッチンへと戻る。
私もそれに続きリビングへと足を向ける。
エプロンは珍しく、明るいオレンジ色のものを着用していた。いつの間にそんなにたくさんのエプロンをと思うが……安売りでもしてたのか?
「今日は何を作ったんだ」
もうほとんど病気のように毎日、何かしらのお菓子をコの休憩の時間に作っている従者に、いつもと同じように問うてみる。
最近はモンブランを作ったと思えば、マシュマロを作って、昨日は初心に帰ってなのかクッキーを焼いていた。
「今日はりんごのパウンドケーキです」
リビングには、甘い香りが漂っている。
お湯を沸かしておいたのか、カチと、電気ケトルが沸けた合図を送っていた。
机の上にはすでに用意がされていた。
それぞれの皿の上に二切れずつ。中央にはまだ長方形の形を保ったままに、切れ目だけが目立つパウンドケーキがおかれている。上にはりんごの薄切りが乗っているようだ。
「何を飲みますか」
「……紅茶にしよう。お前は」
「紅茶にします」
いつもならコーヒーにするところなのだけど。
このパウンドケーキとなら、紅茶の方がいいだろう。
手に持っていたコップを一度シンクに置き、休憩のための準備をする。
「……」
それぞれのマグカップに紅茶のパックを淹れ、お湯を注ぐ。
広がる香りと、琥珀色の液体に、珍しく、くぅと小さく犬が鳴く。
「腹が減ってたのか?」
「……そういうのじゃないです」
少し拗ねながら答えるコイツは、注いだ紅茶に大量の砂糖を入れていく。
私はストレートで飲みたいので砂糖は入れない。
コイツはコイツで、糖分の取りすぎだと思うが。
「「いただいきます」」
真夜中のティータイムを。
「ん、中にもりんごが入ってるのか」
「ええ、どうですか」
「おいしいよ」
「それはよかったです」
お題:桜・りんご・オレンジ