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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
1章 信用
8/24

風邪

 翌日。遠弥の風邪は悪化していた。朝起きてこないから部屋まで見に行こうとしたら、廊下で寝転がっていたので驚いた。

 肩を貸して、布団に移動する。

 顔も真っ赤で、起き上がるのも億劫そうだった。

 私は当然看病するつもりだったのだが、


「あんたには関係ない」


 と、ひどいガラガラ声で突っぱねられた。


「そう言われても、他に誰もいないし、放って置けないというか」

「そうじゃなくて、」


 咳き込む。背中を撫でようかと思ったが、手で拒否されたのでやめた。


「僕の看病なんかして、あんたにもうつったらどうする?」

「まあ私はそんなにすることもないし、寝て過ごすかな……」


 そう言いながら、昨日私が運んできた、湯呑みを見た。そのなかの水は、おそらく、一口も飲まれていなかった。

 ほ、本当に信用されてないな……。


「えっと、お医者さんを呼んでこようか?」

「いや、いい。たぶん寝てれば治るから……」

「本当に?」


 そんな雰囲気の風邪ではないように見えるけど。でも、しっかりしている遠弥がそう言うのなら、そうなのだろうか。


「(本当の本当に、大丈夫かな……)」


 仕事である以上、遠弥が自分を、この場所から追い出すことはないだろうと、以前考えたことを思い出す。


 しかし、彼自身がいなくなったら?

 私は一体どうなるのだろう?


 そこまで考えてぞっとした。病人を前に、自分のことしか考えられない浅ましさに。

 咄嗟に、服越しにおばあちゃんの赤い首飾りを握りしめた。不安なとき、心細いとき、これに手を伸ばして存在することを確かめる。なぜか少し安心する――元の世界との、数少ない繋がりだからかもしれない。


「どうかした?」

「え?」

「なんか変な顔してるから、変なこと考えてるのかと思って」


 風邪を引いていても、彼の目の良さは健在だった。


「な、なんでもないよ。なんでもない」

「そんな顔じゃないから聞いてるんだけど。早く答えてよ。こっちは病人なんだからさ」

「……」


 もごもごと。ごまかすように口を動かしていたが、せっつくように睨まれて。

 結局、観念して口を開いた。


「遠弥、が、いなくなったらどうしようかと、思ったの」

「は、」


 ぽかん、と彼の目が見開かれる。呆れられている、と思うと恥ずかしくなって、聞かれてもいないのに話し続けた。


「と、遠弥がいてくれるから私はこの生活ができてるけど、いなくなったら、私、独りで生きていける気はしないから。だから、つい……。ごめんなさい……」


 どんどん語尾が小さくなっていく。だってこんなの、ただの言い訳だ。

 自分が恥ずかしくなって俯くと、小さな溜息が聞こえた。


「謝らなくていい。当然気になることだろうし」

「でも、私、かなりひどいこと言ってるのに?」

「生活の基盤を心配するのは普通のことだろ。それに僕がいなくなっても、あんたの面倒を見る仕事が別の誰かに移るだけだから、安心したら?」


 怒っている声でも、馬鹿にしている声でもなかった。

 目線をちょっと上げて顔色をうかがう。熱が出ていて、顔が赤いということしか分からない。

 遠弥はよく私の表情から、私の考えを読むけれど、私にはさっぱり真似できそうにない……。

 じっと見ていると、遠弥はゆっくりと身体を起こした。そして、私が昨日持ってきた湯呑みに手を伸ばす。


「え?」


 彼は湯呑みから水を一気に飲み干した。

 呆気に取られていると、


「……なに」

「だ、だって、水……飲んだ?」

「飲んだ」


 ん、と見せられる。中は空っぽになっていた。


「えっと、なんで?」

「喉が渇いて、水を自力で取りに行くのも面倒だから飲んだだけだよ」

「そ、そっか。うん、そうだよね」

「……別に、」


 遠弥は視線を逸らした。


「あんたがこの世に、なんの縁もなければしがらみもない、流境だってことくらいはもう理解してる。僕しか縋るものがないのに、水すら飲まれないのは惨めだろうと思っただけだ。他意はないよ」

「う、うん……?」


 よく分からないが、遠弥に害をなす意図はないと理解してもらえたということだろうか。

 そして、ほんのちょっとは、信用してもらえたということだろうか。

 だとしたら、かなり嬉しい。


「へへ……」


 思わず笑う私に、遠弥は何も言わなかった。

 それからは、遠弥の指示通りに行動した。


「水は昨日井戸から汲んだのが残ってるからそれを使えばいい。もし足りなければ井戸から汲んでもいいけど、使う前に必ず黄色の花に水をやって、しばらく時間を置いて、安全か確かめること」

「分かった!」

「食事は昨日のうちに頼んであるから待ってれば二日分が届くと思う。届かなかったらまた言いに来て。あ、いざという時は保存食もあるから、安心していいよ」

「よかった!」


 遠弥の指示は端的で、わかりやすい。無駄なことは一切言わないって雰囲気だ。


「忘れたらまた聞いてくれたらいいから」


 最後にこうやって付け足して、聞きやすい空気も作ってくれる。

 私はまだ大学生で、就職した経験はないから詳しくは分からないけれど、あんなにも体調が悪いのにてきぱきしているなんて、遠弥ってとても仕事のできる人なんじゃないだろうか。

 なお、食事はちゃんと届いたし、水も私が汲むまでもなくストックで足りた。

……看病するとは言ったけど、結局、あまり何もしていない気がする。食事と水を運んだだけだ。

 そんな看病だったけど、翌朝、遠弥は元気になっていた。ちょっと鼻声だけど。寝てれば治るとの言葉は本当だったらしい。

 普段、朝から鍛えてるだけあるな、と思う。


「おはよう」

「おはよー。もう大丈夫なの?」

「うん。……昨日はありがとう。助かったよ」

「あんまり何かした感じはしないけど、それならよかった」


 水と食事を運んだ以外、本当に何もしてないけど。


「朝ご飯食べるよね? まあ昨日の夕食と同じだけど。米だけ炊こうかな」

「て、手伝おうか」


 黙ったまま、じっと顔を見られる。

 さすがにまだ早かったかな……。


「手伝うほどのこともないけど、」

「う、」

「手伝いたいって言うなら、手伝ってもらおうかな」

「え!?」


 びっくりして遠弥の顔を見ると、視線を逸らされた。


「嫌ならいいけど」

「手伝う! 手伝います! 手伝わせて!」


 私が思わず前のめりになると、遠弥は少し呆れたように笑った。


「なんで手伝いで喜ぶかな。普通逆だと思うけど……楽園から来たのかってくらい人がいいな」

「……別に、よくないよ。いいはずがない……」


 私なんかが、人がいいわけない。

 ただ信用された気がして、それが嬉しくて、はしゃいでしまっただけだ。


「ふーん。でも僕はそう思ったから」

「ありがとう?」


 と言うと、「思ったことを言っただけだよ」と言われた。はっきりとした人だ。

 それにしても、楽園。変わった言い回しだな、と思う。

 この世界特有のものだろうか。話し言葉も書き言葉も同じ感じなのに、違う言い回しがあるのは、ちょっと面白いかもしれない。

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