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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
1章 信用
7/24

同僚

 要さんが手紙を持ってくれた翌日の昼頃、家の中ではたきをかけていると、誰かが戸を叩いた。

 昨日今日とお客さんが続くな、と思いつつ、前に遠弥に言いつけられたとおり、今回も居留守を使う。

 すると、


「おーい、流境さん、いるんだろ? 俺は、えーっと、遠弥の同僚だ。遠弥が風邪を引いたから、連れて帰ってきたんだ」


 びっくりして飛び出すと、あまりにも大柄な人だからまた驚いた。広い肩幅に、背負われて嫌そうな顔をしている遠弥が小さく見える。

 戸惑っていると、


「あー、ええと、どうも?」


 と、小さく頭を下げられて、思わず頭を下げ返した。




 同僚の人に背負われて帰ってきた遠弥は、結構元気だった。普通に立って歩ける程度には元気だった。

 今は同僚の人に渡すものがあるらしく、自分の部屋に戻ってしまっている。正直、横になって休んでてほしいが、さっさと奥に行ってしまって引き止める暇もなかった。

 同僚の人は、大きな口でにっと笑った。彼の一つに結われた長い髪が揺れる。なんというか、いるだけで明るくなるような人だ。緑の耳飾りがよく似合っている。


「俺は一修(いっしゅう)。あの馬鹿の同僚」

「あ、私は、」


 私も自己紹介しようと思って、はたと我に返る。

 私は日本からこの世界に来てしまった。そして遠弥曰く、神様に見つかってしまうから、こっちの世界では名前を名乗ってはいけないらしい。

……名乗れないのに、何をどう紹介したらいいのだろう。

 口を開きかけて噤んだ瞬間、一修さんは微笑んだ。


「分かってるよ。名乗れないんだろ? 気にしないでくれ」

「ありがとうございます」


 まだこの人のことはよく知らないけれど、とても優しい人かもしれない。

 それからぎこちなく会話していると、冊子を持った遠弥が戻ってきた。顔も赤くないし、こうしていると元気そのものだ。


「はい、これ。これが一番わかりやすいと思う」

「お、助かる。また返すわ。んじゃ、俺はもう帰るからそろそろ寝ろよ」

「ちょっと風邪引いたくらいで大げさなんだよ」


 遠弥は呆れた顔をした。


「いや、お前がふらつくなんて有り得ないから。悪いんだろ、体調。部屋まで戻れるか?」

「子ども扱いするなよ……僕より後輩のくせに」

「年齢は俺が上だ」


 どういうことだろう、と首を傾げると、気付いた一修さんが説明してくれた。


「ええと、さっき遠弥の同僚といったが、俺はこいつより年上なんだ。でも、職場ではガキの頃から働いている遠弥が先輩ってわけ」

「小さい頃から働いているの?」

「……まあ」

「遠弥って、優秀なんだ」


 感心する。どういう経緯かは知らないが、子どもの頃から大人に混じって働いているということは、それだけ能力が高かったということだろう。

 遠弥は一瞬黙ってから、首を振った。


「早く大人になりたかっただけだよ」

「私も小さい頃は、そう思ってたけど。夜ふかしできるし、好きなところに遊びに行けるし……でも、成人した今になっても、大人になれた感じはしないんだよね」


 私の言葉に、遠弥は笑った。

 それがなんだか――全くもって明るい笑顔ではなかったので、私は何を言うべきか分からなくなった。

 ええと、と気を遣ったように声を上げたのは一修さんだった。


「る、流境さんは、こいつに嫌がらせとかされてないか? 目ざといくせに気は利かないだろ、こいつ」

「ちょっと……」

「いえ、寧ろ、とてもよくしてもらってます」

「「え!?」」


 二人揃って驚いたので、私もちょっとびっくりした。

 いや、一修さんは分かるけど、遠弥が驚くのは何?

 急に一緒に暮らすことになったのに、普通に、穏やかに生活できているし、それだけでとても助かっていることを伝えると、遠弥は「ああそう」とだけ答えた。


「まあ、お宅ら二人がうまくやれてるならいいけど……」

「一修は早く職場戻りなよ」

「お前ね、わざわざ送ってあげた優しい同僚にそんなこと言う?」

「仕事したくなかっただけだろ。ほら、色々買ってこいって頼まれてたし、そろそろ戻るべきじゃない? うちから戻ると時間かかるよ」


 言われて、一修さんは慌てて立ち上がった。


「お前がこんな辺鄙な所に住んでるんじゃなけりゃ良かったのに」


 恨み節のように言い残して、さっさと去っていった。

 やっぱりここ、辺鄙な場所なんだ……。確かに周囲に家はないけど、ほかを知らないので、もしかしたら貴族の人はこれが普通なのかもしれないと、どこかでちょっと思っていたところだった。

 そして一修さんを見送ってから振り返ると、遠弥がしゃがみ込んでいた。


「と、遠弥? 大丈夫?」

「ん。でももう寝ようかな」

「うん。そのほうがいいね……」


 遠弥はしばらくじっとしていた後、やがて立ち上がった。元気に見えていたけれど、相当体調が悪いらしい。隠さなくてもいいのにと思ったが、たぶん彼なりに考えがあるのだろう。


「ええと、夕飯は残りもので食べて。僕はいらないから」

「うん、わかった。ありがとう。お腹すいたら言ってね」

「ん。他に何か言うことなかったっけ……?」

「何かあったら、自分でなんとかするから」


 遠弥が途中で倒れるといけないから、彼は嫌そうだったけど、念の為彼の部屋までついていった。

 遠弥の部屋は、この家全体に言えることだが、物が少なかった。布団は敷かれたままだった。

 着替えると言うので、一度部屋を出た。

 飲み水だけ準備して戻ると、大人しく布団で寝ていた。


「お水だけ汲んできたけど……」

「……ありがとう。後でもらうよ」

「遠弥、本当に大丈夫?」

「一修が大げさなだけだよ。大丈夫だから」

「一修さんと仲良しなんだね」


 思ったことをそのまま伝えると、遠弥は嫌そうな顔をした。


「普通だよ普通。あんたが思ってるほどじゃない」

「仲良く見えたけどな」

「僕は誰も信じてないって言わなかったけ」


 そもそも一修さんも貴族らしい。遠弥も貴族である以上、いつ互いの家の立場が変わり、敵対するかも分からない。だから同僚とはいえ、油断はできないと言う。


「そうなんだ」

「……あんたには関係なかったね。なんの立場も、しがらみもない……」

「遠弥?」


 返事はない。眠ってしまったらしい。

 なんとなくほっとして、私も部屋を出た。廊下を歩きながら、ぼんやりと考える。

 遠弥は本当に、不思議なくらい周りを信じていない。違和感を覚えるくらいに。

 出会ってすぐの私を疑うのは変ではないが、あんなにも仲よさげに見えた同僚にすら、心を許していないと言う。

 一修さんはとても良い人だったし、遠弥にも心を許しているように見えたのに。

――遠弥の過去に何があって、ああも頑なになったのだろう。

 それとも、この世界の貴族としては普通のことなのだろうか。


「(……分からない)」


 なんとなく、遠弥の部屋の方を振り返ってみた。

 しんとしているだけで、何があるわけでもない。

 急に不安になって、足早にその場を後にした。

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