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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
1章 信用
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手紙

 数日後、お客さんが来た。が、遠弥に言いつけられたとおり、居留守を使った。家の中でじっと息を潜めていたから、たぶんバレてないと思う。

 軽く戸を叩いたあと、お客さんは去っていった。

 少し時間を置いてから出ると、手紙が二通、石を重しにして置かれていた。遠弥宛のものだろう。受け取って、文箱へしまう。今日は他にも一通手紙がきていたから、これで全部で三通になる。

 帰ってきた遠弥にそのことを伝えると、彼は早速手紙を見た。遠弥宛てのものばかりだろう、と思っていたのだが。


「あんた宛てのもある」

「え?」


 ちらっと顔を見られたが、心当たりはない。なんで?

 私宛て、というが、遠弥宛ての封筒に入れられていたらしい。敢えて遠弥の目に触れさせるためだろう。なので、遠弥が内容をあらためた。私も異論はない。

 というかちょっと怖いし、そっちのほうが安心できる。

 私宛てのものは、要さん個人からの手紙だった。達筆過ぎて、短い文章であること以外分からなかったので、遠弥に頼んだ。


「『先日は急な訪問失礼いたしました。ここでの暮らしが楽しそうでなによりです。今後、困り事が起こった際にはぜひご協力いたします』――らしい」

「良い人過ぎる……」


 短いが、それだけの内容をわざわざ手紙にして送ってくれるなんて、なんて親切で筆まめな人だろう。

 遠弥も感心している。


「善人とは聞いてたけど。知り合ったばかりの流境にまで手紙を出すなんて、ずいぶん周りを気遣う男だね。男なのに家督を継ぐ者は、これくらいの気配りができなきゃいけないのかな」

「男なのに?」

「ああ。あんたの居た所と違って、こっちの世界では女が家を継ぐんだよ。僕の家なら母から姉だね」


 しかし、要さんの家は違うと言う。


「彼は呪術師の家系だから、息子が跡を継ぐこともあるはず。呪術師は、女のほうが強いから……」

「ん? なのに息子が跡を継ぐの?」

「自分の娘が強い呪術師になるかなんて分からないからね」


 よく分からない。

 それが表情に出ていたのだろう、遠弥は「えーと、」と前置きして解説する。


「呪術以外でもそうだけど、親の能力が高ければ子も……ってわけにはいかないだろ? だったら息子に跡を継がせて、強い呪術師の女を娶らせるのが一番効率的ってわけ」

「遠弥は、なんでも説明ができるね」

「これくらいならね。まあ彼の家は今、母親が取り仕切っているらしいから、実際にどうなるかは分からないけど」


 なんてことなさそうな顔をしている。

 この世界に来て、遠弥に色々と解説してもらっているが、彼が分からないことなんて本当にあるのだろうか……。


「お家を継げない人はどうやって暮らすの?」

「こうして僕みたいに汗水垂らして労働に勤しむだけだよ」

「自立するんだね」


 遠弥はなにも言わず、文箱に収められていたもう一通の手紙を見る。


「あ」


 もう一通の手紙を見て、顔を綻ばせる。分かりやすく緩んだ顔。はじめて見た表情だった。

 心臓が跳ねた。


「お友達?」


 なんとなく、尋ねた。

 遠弥は黙ったまま、一転してどこか値踏みするような冷ややかな目で、じっと見つめてくる。

 少しだけ、まだどきどきしていることに気付かれないよう、努めて平静を装った。

 間を置いて、遠弥は口を開いた。


「……家族だよ。母親」

「仲いいんだね」

「まあね」


 どこか誇らしげだった。一切照れる様子も嫌がる様子もない。本当に仲が良いのだろう。

 少し、羨ましいと思った。


「なにその変な顔」

「へ、へん?」


 思わず頬に触れた。引きつった顔でもしていただろうか。


「なんか、微妙なこと思い出したみたいな顔してるから」

「びみょう……」


 目ざとい。とても目ざとい。細かいところにもよく気がつく人だとは思っていたけれど、こうも理解されてしまうと、さすがに気恥ずかしい。


「ここに、この世界に来る前にちょっと、」

「ちょっと?」

「喧嘩、して。お母さんと」


 気まずくなって、目を逸らす。


「へえ。あんたも喧嘩とかできるんだ」

「ど、どういう意味?」

「いい意味だよ。そんな深刻な顔して、何があったのかと思ったけど」

「心配かけた? ごめんね」

「……、別に。とりあえず、ちょっとした喧嘩ならよかったよ」

「うん。だから私、ちゃんと帰って、仲直りしなきゃいけないの」


 私の中で、ずっと引っかかっている、わだかまりだった。

 お母さんと仲直りすること。そして、おばあちゃんに赤い首飾りを届けること。それが今の私にとって、何よりも重要なことだった。

 どちらも大したことではないのに、今となっては、いつそれが叶うかも、分からなくなってしまった。


「大丈夫。ちゃんと無事に帰れるよ」

「うん……」


 分かっている。遠弥を信頼していないわけではない。

 なんとなく、一人で勝手に不安になっているだけだ。


「家族のことは心配だよね」

「うん。その、遠弥も?」

「まあ、気持ちは分かるよ」


 手紙を受け取ったときの反応を見て分かっていたが、どうやら遠弥はかなり家族想いらしい。

 なんというか、そっけないところの多い彼だから、すこし意外だ。

 でも、新たな一面を知れて、少し嬉しい。

 違う世界だけど、同じような価値観の人がいると思うと、とても安心する。


「そうだ遠弥、もう一通あるよ」


 今日届いた三通目だ。品の良い甘い香りがつけられ、名も知らぬ小さな植物の添えられた、明らかに格調高いお手紙。

 私はこれもきっと、遠弥にとって重要な手紙なのだろうと思ったのだが。


「それは……幼馴染からだから、まあいいや」

「いいの!?」

「昔散々嫌な目に遭わされたんだよ。どうせ大した用事でもないだろうし、後でいい」


 遠弥は見るからに面倒くさそうな顔をしていた。

 この人にも、こんなことを言う相手がいるんだなあ、と思った。なんというか、何でも――人間関係ですら、卒なくこなしそうなので意外だった。

 幼馴染の人は、こんなにも素敵な手紙を出しているのだから、遠弥のことを嫌ってないと思うけど、人間関係なんて他人からは分からないものだ。それこそ、意外にも遠弥が家族想いだったり……。

 私は幼馴染さんからの綺麗な手紙を、また文箱にしまった。早めに読んでもらえますように、と小さく祈りながら。

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