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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
1章 信用
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運命

 翌日、颯は、王に呼び出されていた。

 彼女は建前等まどろっこしいことを好まず、話が早い。早すぎる、という意見もある。


「あの流境の女、すぐには帰さず囮にしよう」

「はあ。元からそのつもりでした?」

「何かに使えないかなとは思ってはいたよ」


 王は足を組み替えながらくすくす笑う。


「囮にしてね、厄介な奴らを引きずり出そう。特に、身内にいるだろう鼠をあぶり出したい」

「うまくやれば出来るでしょうね」


 颯はあっさりしている。

 その平然とした様子は、近くに侍る王の側近が、この二人には人の心とかないのか、とすら思うほどだ。しかし、一番効率の良いやり方であるため、不満はない。

 流境。政治的には不安定な存在だが、ただ彼女自身は不運であっただけの、罪のない人間のため、守る必要性はあると感じている。

 ただ、それはそれとして、利用するというだけだ。


「お前は流境には色々と思うところがあるのだろう?」

「……否定はしませんよ」

「おや、素直だね。あの子に影響された?」

「どーですかねー」

「あの子の様子はどう?」

「どうって、こちらを信頼しています。疑う気配もありません。やりやすい相手ですよ」

「なるほど。だけど今のうちに、飴くらいは与えておこうか」



「これ」

「え? あ! おばあちゃんの首飾り!」


 赤い石のペンダントも変わらず、そこにある。

 こんなにすぐに、きちんと、返してもらえるとは思わなかった。


「ありがとう、遠弥!」


 言葉通り、約束通り、ちゃんと返してもらえた。それが何よりも嬉しかった。

 一応調査はされた、らしいが、特に何も分からなかったらしい。

 安価ではないが、高価なものでもない、普通の品。普通の石。素材は私の世界にもあるし、この世界にもある。人間が一人、こちらの世界に来てしまったこととの関係は不明。


「つまり、ただの赤い首飾りってこと?」

「できるだけ調べた限りではね」


 私は受け取った赤い首飾りを見て、悩んだ。

 身に付けようか、与えられた部屋にしまっておこうか。

 不思議な力はないらしいけど、部屋に置いておくのも怖いような……。だって首飾りだけ勝手に元の世界に帰っちゃったりしたらどうしよう?

 かといって、私はこの首飾りをまだ疑っているし、身につけるのも不安なような……。


「それがきっかけでこっちに来たなら、帰るときもそれがきっかけになるんじゃない?」

「なるほど……」


 とりあえず、赤い首飾りは身に付けておくことにした。一応、服の下に隠す。まあ、何があるわけでもないけど。


「でも、洞窟に行くだけで帰れるんだよね?」

「うん。でも何が起こるか分からない。その首飾りをしていないと、洞窟から帰れない……なんてこともあるかもしれない。まあさすがにないだろうけど」

「どっち!?」

「分からない。調査の結果は、ただの首飾りだし。まあ、もし持ち歩くなら紛失しないように、身につけるのが一番いいと思う。誰も信用できないからね」

「でもここって、私達以外は滅多に誰も来ないよ?」

「……そうだね」


 そんな会話をした翌日、さっさか外を箒で掃いていると、知らない人がやってきた。なんてタイミングだろうと思った。

 藍鼠色の長髪を一つにくくった、青い目をした、男の人だった。ファンタジーな色だ。異世界っぽい。

 この家で、遠弥以外の人と出会うのは初めてだ。


「こんにちは……」


 とりあえず、恐る恐るだが、挨拶をして、頭を下げた。


「こんにちは。お邪魔します」


 顔を上げると、柔和で、美しい笑顔があった。整った眉毛に、涼しげな目元。房の飾りのついたピアスをしている。

 こうして近くで見てはじめて、めちゃくちゃ美形なことに気付いた。俳優さんだろうか……。いや、俳優さんが、こんな町外れの遠弥の家に、何の用だろう……。

 一瞬ぼんやりしてしまったが、首を傾げられて、はっと我に返った。


「ええと、どなた、ですか……?」


 そもそも、遠弥以外の人間と、こうして普通に顔を合わせるのすら、初めてだ。


「失礼しました。私は、要といいます。ここに住む男の同僚です。あなたの事情は知っていますし、巡邏で寄っただけなので。すぐに帰りますから。安心してください」

「あ、そ、そうなんですね。ごめんなさい、私……」

「いえ、寧ろもっと警戒してもいいくらいだと思いますよ」


 そう言って、小さく微笑むのすら様になる。すごい。遠弥に教えてあげなければ、と咄嗟に思ったが、よく考えたら同僚なのだから、彼が知らないはずがなかった。


「彼は留守みたいですね」

「はい。もうすぐ帰ってくると思います」

「彼は忙しい人らしいですね。有能だから、こき使われてるとか。友人が言っていましたよ」


 なんとなく遠弥が優秀なのは分かっていたので、だろうなあ、という気持ちで相槌を打つ。

 そのあと、何も言わず、じっと顔を見つめられた。


「(えっと)」


 美形に見つめられ、どぎまぎするというか、なんというか、気まずい。


「あの?」

「すいません。その――実は、私もあの場にいたんです。貴方が現れたところに」


 全く思い出せなかった。あの時の私は遠弥にしがみついていて、それどころではなかったから。


「いえ。しかたないことだと思います。あんな状況でしたから。ただ――あれからずいぶん、元気になったみたいで驚きました。本当によかったです」

「ありがとう、ございます。気にしていただいて……」

「失礼ながら、直球で申しますと、流境の客人を間近で見たのは初めて――これからどうなるのだろうと、勝手に心配していました。でもこうして彼と一緒に、安心して生活できていらっしゃるようで、なによりです。ここは人里離れて不便かもしれませんが、静かで穏やかな、いい所ですしね」


 ハッとした。

 改めて、自分の境遇を振り返って考えると、遠弥にたくさんの恩があることに気付いた。

 遠弥。そもそも落ちてきた私を救ってくれた命の恩人。そして今、穏やかな場所で暮らしていける、その生活の恩人。

 彼にとって私の世話をするのは仕事で、命令されたからってだけかもしれない。それでも、ご飯は欠かさず食べれているし、お風呂だって入れているし、何かを頼んだら――面倒くさそうなときもあるけど――大抵は親切にしてくれる。

 この世界に来てまだ一週間も経ってないが、色々思い返すと、感謝の思いが、ふつふつとわきおこった。


「……はい。そうなんです。全部、遠弥さんのおかげなんです」


 要さんはそれを聞くと笑って、「お邪魔しました」とだけ言い残して去っていった。

 私も頭を下げて見送った。

 そういえば用件はなんだったのだろう、と思いながら。

 その後、遠弥が帰宅してすぐ、晩ご飯になったのだが、そこで要さんのことを報告した。


「遠弥の同僚の人が来たよ」

「誰?」


 かくかくしかじか、説明する。


「ああ。部署が違うけど、確かに同僚だね。あんたが落ちてきたときに、彼もちょうどその現場にいたんだよ。覚えて――いるわけないか」


 気遣われたというより、馬鹿にされた感じだが、覚えていないのは事実だ。


「城下の巡邏ついでに家に寄ったのかな」

「ええと、うん。確か、巡邏って言ってた」

「こんな所まで来るなんて真面目な……あ、彼も貴族だから、粗相はしないようにね。髪も長かっただろ」

「髪が長いと、貴族なの?」

「……いや、そうとは限らないか。貴族は髪を伸ばすものだけど、そうじゃなくても伸ばすのは自由だし」

「でも遠弥は短いよね。貴族でしょう?」

「まあね。でも僕以外で、髪を切っている貴族はいないと思うよ」

「へー。こだわりがあるんだね」


 遠弥は何も言わなかった。然程こだわりはないのかもしれない。手入れが面倒くさいとかかも。遠弥ってかなり合理的な人みたいなので。


「確かに、要さんの髪は長かったね。貴族なんだ」

「僕の家なんかとは比べ物にならないくらいの差はあるけど……。というか、そもそも、あんたが落ちてきたあの場所に居られるのが、貴族だけなんだよ」


 落ちてきたあの場所と言うが、そもそも落ちてきたこと自体が衝撃的過ぎたし、その直後もひたすらばたばたしていたため、あまり覚えていない。

 今後は近寄ることもないだろうし、もっとよく見ておけばよかったかもしれない。


「貴重な所だったんだね」

「良かったね、あそこに落ちて。変な所に落ちてたら、貴重な流境だってことで――最悪、今頃生きてなかったかもしれないよ」

「怖い冗談やめてよ!」

「怖いかもしれないけど、冗談ではないよ」

「え……」

「珍しいものは、それだけで価値があるからね。価値があれば、なんでもする奴ってのは何処にでもいる」


 遠弥の言葉は怖いけれど、それが脅すためだけのものではないのは、分かった。


「それもあるから、こっちはせっせと流境を保護してるんだ。政治的な理由が第一だけど、一応そういう人道的な理由もある」

「そうなんだ。こうやって保護してもらえて、本当に運がよかったんだね。私、知らなかった」

「教えてなかったんだから当然だろ。気にしなくていい」


 遠弥はあっけらかんとそう言った。彼は面倒くさそうにはするけど、知らないことを馬鹿にしたり、蔑んだりしないから、とても質問しやすい。

 貴族だと言うから、本当はもっと敬った方がいいのかもしれないけど、そういう偉そうな雰囲気もない。ふんぞり返ってくるようなこともない。

 冷たいところはあるかもしれないが、基本的に親切で丁寧で、一緒に過ごしやすい人だ。


「あの、要さんは、貴族の中でも偉い人なの? 私、もっと丁寧に対応するべきだったかな」

「別にいいだろ、あんたは流境なんだから。この世界のことなんて関係ないし」

「そういうもんなの?」

「そういうもん。天女やあやかしに身分の話をしてもしょうがないだろ」


 よく分からない例えだったが、とりあえず頷いておいた。そういう文化らしい、ということだけ理解する。


「彼は貴族の、呪術師の家系だね。あんたの世界にはいないんだっけ、そういうの」

「どこかにはいると思うけど、会ったことはないかな」

「じゃ、この世界とは違うね」


 呪術師。ちょっと物々しい雰囲気の言葉だ。強そう、という感想しかない。


「そうそう関わることもないだろうし、不思議な力を使える、とだけ覚えておけばいいよ。……簡単に説明すると、昔、大きな、長い戦争があったんだ。その時に、とりわけ大きな活躍をしたのが呪術師。だから今でも呪術師は特別視されてる。彼みたいに、貴族の呪術師は殊更にね」


 不思議な力。魔法とか、そういうイメージだろうか。実感が沸かない。

 遠弥も貴族らしいから、彼の家も戦争に参加したのだろうか。戦争。それも実感が沸かない言葉だ。


「遠弥、ありがとう」

「何、改めて」

「なんというか、色々あったけど、本当に恩人だと思っているから」

「恩人じゃない。僕は仕事をしているだけだよ」

「その仕事で私は……すごくありがたい環境で、安全に生活できてるから。だから、守ってくれて、本当にありがとう」

「……あー、なんか言われた?」

「少しだけ……」


 要さんに言われたことを簡単に説明する。


「だからやっぱり私、おかげさまで、今、結構いい生活ができているみたい」

「……僕は仕事でこの場を提供している。それを君がどう思うかは君達の勝手だ。ただ恩に着る必要はないよ。感謝するのは勝手だけど」


 それより、これからの客のあしらい方だ、と遠弥は話題を変えた。


「人に会わない、関わらないようにして、できるだけ気を付けてくれたらいいよ。流境信仰の宗教団体なんかもあるし、とにかく厄介事のほうが多そうだから」

「分かった。ええと、今日会った人みたいな、遠弥の同僚の人とは話しても大丈夫?」

「彼とは……出くわしたら話してもいいよ。でも来客は基本的に対応しなくていい。見られない限り、居留守を使って無視してほしい。慎重になるに越したことはない」

「分かった。気をつける」

「……まあこんな所、そうそう誰も来ないけどね」


 こんな所、と遠弥は言うが。私にとっては安心できる、今の唯一の居場所だ。遠弥以外の人に滅多に会わない環境のため、退屈ではあるが、同時にとても安心できる。

 しかし自分の本当の家、家族を思うと、寂しい場所だと思わずにはいられない。人気のない場所特有の静けさ、片付いているが、がらんとした物の少ない遠弥の家……。

 そっと、遠弥の顔を盗み見た。目ざとい彼のことだから、気付かれているだろうが、彼がこちらを向くことはない。黙々と食事を続けているだけだ。つまり、無視されている。

 私は勝手に寂しくなって、溜息を飲み込んだ。

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