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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
1章 信用
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信用

 早朝に起きて、夢でないことに絶望した。涙はでなかった。

 冬の朝は寒い。半纏を着こんで、物音がしたので玄関から外を覗いてみると、遠弥が竹刀を振っていた。

 ぼんやりと見ていることに、すぐに気付かれた。後ろにも目がついているのだろうか。


「………………おはよう」

「おはよう、ございます」


 頭を下げる。


「敬語いらないって言ったよね」

「あ、ごめんなさ、……ごめん」

「謝るほどのことじゃないけど。朝ご飯、昨日の残りでいい?」

「うん。あ、手伝うよ!」

「いらない。食事の支度は僕がするから」


 だからといって、運ばれてくるのをただ待つだけというのは忍びないので、ついていった。

 しかし彼はさっさと惣菜とご飯を器によそってしまったので、手を出す隙はなかった。


「いただきます」

「いただきます」


 ちゃぶ台に向かい合って、手を合わせる。こういうところは、同じ文化で安心する。

 遠弥はあっという間に食べ終わると、食器を片付けて、仕事だからと家を出ていった。


「(普通に一人にされたけど……)」


 私は、異世界から来た『流境(るきょう)』だから、変な組織に狙われるかもしれないって話だったはずだけれど……こうして護衛もなく一人留守番ということは、大して危険でもないのだろう。

 取り残された私は、しかたがないので掃除をしながら、敬語を使わない練習をした。つまり一人で喋っていた。

 箒で玄関前の落ち葉を払いながら、ぶつぶつ喋る。


「おはよう、ありがとう、ごめん、ええと……遠弥さん、じゃなくて遠弥……」


 とおや、とおや。

 響きのよい、きれいな名前だ。

 彼には、少しでも迷惑をかけたくないと思った。

 遠弥は何度も「仕事だから」と主張していたから、まさか迷惑をかけたら見捨てられると、思っているわけではない。寧ろ仕事での保護なのだから、多少やらかしても、見捨てられることはないだろうと、頭では、理解している。

 それでも、恐怖心はある。何もかもが不安だ。怖い。どうしたらいいか分からない。何をしたら良いのかも。


「……」


 気を紛らわすため、せっせと、家の周囲一帯を掃き清める。

 本当は家の中の拭き掃除とかもしたかったが、使って良い布巾がどこにあるかも分からなかった。

 掃除好きというわけではないが、他にやることがないためしょうがない。

 そういえば、お昼ごはんとかどうするのだろう。そもそも昼食を食べる文化なのだろうか? もしかしたら食事は、朝と夜だけかもしれない……。

 そんなことを考えていたら、遠弥が帰ってきた。なぜか鍋を抱えている。

 

「おかえりなさい。早かったね」

「……ただいま」


 周囲をきょろきょろ見回してから、変なものを見る目でこっちを見た。


「あんたもしかして、ずっと掃いてたのか?」

「暇だったから」

「暇すぎるだろ……」


 げんなりした顔だった。


「お仕事おわったの?」

「まさか。あんたの昼食がないと思って準備しに来たんだよ」

「それは、すいません。ありがとう」

「どういたしまして。まあ買ってきただけだけど」


 そう言うと、おにぎりと肉じゃがの鍋を置いて、遠弥は去っていった。

 去り際、


「あの、遠弥は食べないの?」


 と聞いたら、


「忙しいんだよ」


 とのこと。慌ただしい人だ。まあ私のせいなんだけど。

 それから何時間かけたかは分からないが、玄関と外の掃き掃除が終わったあとは、本当に何もやることがなかった。

 本当に娯楽が一切、なんにも無いため、床に寝転がってごろごろ時間を潰した。

 でもやることがない時って、本当に時間が経たない。

 なので夕方、遠弥が帰ってきたときにはまるで神様のように思えた。


「おかえりなさい!」

「た、だいま……」


 なんだこいつ、みたいな顔をされたけど。

 私は彼に、本当に死ぬほど退屈なこと、虚無の時間を過ごしたくないこと、時の流れなさが苦痛なことを伝え、家事でもなんでもいいから、何か教えてほしいと伝えた。

 

「説明は大変だろうし、迷惑をかけるかもしれないけど、このままじゃ私、退屈すぎて寝るしかないよ!」

「寝てれば?」

「そんな……」


 その時の私の絶望顔がよっぽど面白かったのか、遠弥はそこではじめて、本当に私が見ていた中でははじめて、少し笑った。まあ、笑顔になったというより、鼻で笑ったという感じだが……。


「冗談だよ。分かった。そんなに暇なら教えるから。それでいい?」

「ほんとうに!? ありがとう!」


 私は遠弥の手でも握りたいくらい嬉しかったが、さすがにはしたないので我慢した。

 遠弥は面倒くさそうにしていたが、説明は丁寧だった。私が自分では気付けないが、聞いたほうがいいだろうことも、先回りして教えてくれる。

 賢い人なのだろうと思った。


「先に断っておくけど、食事の手伝いはしなくていいよ」

「どうして?」

「昨日も言ったと思うけど。あんたのことを信用してない」


 なんとなく、予想はしていたけど……。

 私の顔を見て、遠弥は肩を竦めた。


「言っただろ。あんたに限らず、僕は誰も信じてないって。退屈なら掃除でも片付けでも洗濯でも好きにしたらいいけど、食事は僕が準備する。いいね?」


 有無を言わせない調子だったので、私は大人しく頷いた。この世界にたった一人しかいない、頼りにできる人相手に、逆らう勇気はなかった。

 そしてその会話は、そこで終わってしまった。



「……仲良くなれるかな」


 夜中、用意された部屋で布団に丸まりながら、思わずぼやく。ふかふかの羽毛布団は温かかった。一緒に渡された毛布もいらないくらいだった。

……事務的な、気が強い、しっかり者の、確か一つだけ年下らしい少年。

 何があっても、彼が、私をこの家から追い出すことはないだろう。善意でなく、ただそれが仕事だから。

 でもせっかく一緒に暮らすのだから、いつか仲良くなれたらいい。それに、


「いつか、信用してもらえたらいいな……」


 いつまでも距離を取られるのは、少し寂しい。

 そして私は目を閉じた。

 寝て起きたら、元の世界に帰れないかな、と思いながら。

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