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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
3章 天女
20/24

自覚

 その日の朝ご飯の遠弥は、いつもより無口だった。というか、昨日お祭りのあと、一修さんを送って帰ってきてから、様子が変だった。

 どことなくぼんやりしていたかと思うと、いきなり私が外を掃除することを禁止しようとしだした。私の数少ない楽しみかつ貴重な暇つぶし手段なのに。

 彼はそもそも、私に、家から出てほしくないみたいだった。風呂の水くみも洗濯も、しなくていいと言い始めた。全部自分がやるから、と。

 帰ってきてご飯を食べたら、さっさとお風呂を沸かして入るくらいお風呂大好き(多分)な遠弥がそんなことを言うなんて、頭でも打ったのかと思った。それに洗濯だって下着もあるから自分で洗いたいし、遠弥には絶対にしてもらいたくない。

 とりあえず理由を説明して


「全部いやかも」


 と伝えると、

 

「分かった」


 とすんなり受け容れてくれた。なんだったのかと思った。

 乱心?


「代わりに、誰か来ても全部無視して」

「分かってるよ。来客対応はしない、でしょ」

「分かってるならいいけど」


 わざわざこの家に来て、さらに私に会いに来てくれるのなんて、要さんくらいだし、要さん――というか、遠弥の同僚の人であれば遭遇したら喋っていいと言われているから、特に問題もない。

 私は任せて、と頷いた。遠弥はいまいち信用しきれないような顔をしていたが、最終的には頷いてくれた。

 そこでその話は終わった……と私は思っているから、今、この朝食時に、遠弥が無口な理由は分からない。

 そういえば、と私は鞠の根付を取り出して、ちゃぶ台に並べた。青色と赤色が揃ってころんとして、とても可愛い。


「遠弥はどっちの色がいい?」

「どっちでもいいよ。あんたが受け取ったんだから選んだら?」

「じゃあ、」


 私は、青色のものを手に取った。


「……青色が好きなんだ?」

「遠弥が、赤色が好きって聞いたから」


 要さん情報だ。

 一瞬、また、鼻で笑われるかな、と思った。

 だけど遠弥は、目を丸くしたあと、


「ばかだなあ」


 と、笑った。

 それがあまりに屈託のない、優しい顔だったので、私はそれだけで胸がつまって、何も言えなくなってしまった。

 その後、出勤する遠弥を見送って、私はお皿を洗った。……というか、気付いたら洗っていて、気付いたら洗い終わっていた。

 それからもずっとそんな感じだった。気も漫ろのまま、歩いて、掃除して、洗濯して。


――私、遠弥が好きなんだ。


 その一つだけが、ずっと頭を巡っている。

 いつからだろう。分からない。でも、もしかしたら、かなり前からかも。なんとなくいくつか心当たりがある。自覚するの、遅かったかもしれない。

 ああでも、遠弥が好き。

 自覚すると、想いが溢れてくる。

 彼に恋している。

 叶わない恋を。


「……」


 遠弥には、なんとも想われていないと思う。だって、「あんたには関係ない」「馴れ合うつもりはない」と、分かりやすく突っぱねられている。

 そのくせ、優しくするから、気を許したような顔をするから、勘違いしそうになる。私は恋で、なんというか舞い上がって馬鹿になってしまっているから、彼の親切心からくる優しさを、自分に都合よく解釈したくなってしまう。ただ、期間限定の同居人に、愛想良くしてるだけかもしれないのに。

 それでもいい。私は遠弥が好きだから。

 ああでも、遠弥は、困るだろう。


(だって好きじゃない人に好かれても、迷惑なだけだからなー!)


 遠弥は、特にそう考えそうだから。勝手な想像だけど、あまり間違ってないと思う。特に、近い位置にいる相手だとなおさらだ。やりづらいったらないだろう。

 それに、私は家に帰りたい。絶対に帰りたい。その気持ちは変わらない。いつかは分からないが、帰れることも確定している。

 なので、この想いには、蓋をしようと思う。

 簡単だ。無かったことにする。どうせ結ばれることもない恋だ。今までと同じように振る舞う。

 それだけでいい。

 それだけで。




「ただいま」

「遠弥、おかえりなさい!」

「ん。今日は何もなかった?」

「うん。遠弥は?」

「僕も特に変わり映えしない一日だったよ」

「そっかあ」


 だめだ! 好き過ぎる! 全然無かったことにできない!

 だってかっこいいんだもん!!!

 すらっとしててスタイルの良い背の高いところも、しゅっとした三白眼も、横髪がちょっと長いショートヘアーも、小さなピアスも、和服も、自分のこと僕っていうところも、いつも落ち着いていて冷静なところも、だからたまに見せる笑顔が破壊力抜群なところも、もう全部好き。なんならもう、前髪が分けられてるところすらも好き。

 ちょっとどうしたらいいかわからないかも!

 これ、こんな……こんなにも好きな人って、一緒に住んでも大丈夫なの? 破壊力がすごすぎるけど違法じゃない? 合法? 合法かー。

 法律で規制したほうが良いよ!


「なに?」

「な、なんでもなーい……」


 さすがに口に出せない。

 想いに蓋をしろ、蓋を……! だめだ、小さい蓋じゃ湧き上がってきた想いで吹っ飛ぶ! 直径100メートルくらいのでかい蓋で潰せ!


「そういえば今日、要……さんに会ってきたよ」

「えっ! そうなの? 要さん元気だった? なんのお話ししたの? 珍しいね」

「……」

「遠弥?」


 ちょっと遠い目をしている。今日は珍しい遠弥がいっぱい見れて嬉しい。

 駄目だ! 蓋で恋心を押しつぶさなきゃ……!


「あの人、まとも過ぎてちょっと……変じゃない?」

「まともなのはいいことでしょ?」

「なんか違和感があるんだよな。善人なんだろうけど。正論しか話さないし」

「そ、そんなことないと思うけど……」


 正論というより、どちらかというと、他人を慮るような、温厚な発言が多いように思う。いや寧ろ、それしか聞いたことがないというか……。

 遠弥の話す『要さん』は、まるで別人みたいで、少し不思議だ。

 そのことを遠弥に伝えると、


「あんたのほうが付き合いも多いし、あんたがそう言うならそうなのかもね」


 と言った。私は遠弥に信じてもらえた気がして、とても嬉しかった。

 私、遠弥のことがすごく好きだ。抑えきれないくらいに。

 でも、今は恋愛よりも、少しでも遠弥に信用してもらえるほうが嬉しいし、今の私にとっては大事なことかもしれない。

 笑って、「そろそろ夕食にしよっか」という遠弥を見て、そんなことを思った。

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