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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
3章 天女
19/24

祭後

「おーい! お邪魔しま、……二人とも、そんな所で何してるんだ?」


 大きな声とともに戸をがらりと開けたのは一修さんだった。廊下で佇んで話していたわたし達を、不思議そうに見ている。


「別に。少し話していただけだよ。更沙は大人しく帰った?」

「お前が付いてこないから煩くて面倒くさかったけど、護衛に引き渡したから大丈夫だろ」

「気を利かせて二人にしてやったのに……」


 一修さんは、更沙さんを家まで送り届けた帰りに寄ってくれたらしい。

 更沙さんは、遠弥と帰りたかったんだろうな、と私は思ったし、たぶん一修さんもそれに気付いている。気付いていないのは遠弥だけだ。目ざといくせに、相変わらずこういうところは鈍いらしい。

 三人で居間に移動すると、遠弥が思い出したように手にしていた包みを渡してくれた。


「これ、お土産」

「買ってきてくれると思った」

「更沙と一修に言われたんだよ」

「めちゃくちゃ美味いぞ、その蜜柑。まあ気が向いたら食べてくれ」

「ありがとうございます」


 風呂敷で包まれた蜜柑を受け取る。ずっしりと重みがある。嬉しい。

 そういえば、と思い出して、私も懐にしまっていた鞠の根付を取り出した。怪訝な顔をしている遠弥に、要さんからいただいたことを説明する。


「は!? 怖……変な物は受け取るなって、伝えたと思うんだけど?」

「お土産だし、遠弥の分もあるからいいかなと思って……」

「すげえ。貴族の男過ぎる」


 感動している一修さん曰く、「気回し、手回し、根回し」が、この世界の貴族の男性の本領らしい。そうやって自分の立場を確保していくのだとか。


「俺は苦手。お前は?」

「普通。だからって選ばれるわけでもないが」

「え!!?」


 恥ずかしいことに、びっくりして思いの外大きな声が出てしまった。遠弥が選ばれないわけがないと思った。咄嗟に。

 だって優しくて、親切で、優秀で、仕事熱心で。いいところなんていくつでもあるのに。

 見る目がないのかこの世界の人たちって……。

 驚いたのは遠弥も同じようだった。まるで文化が違う人間を見ているかのような目で見られている。確かに文化は違うかもしれないけど、そういう問題じゃない。


「いや、落ちぶれかけの貴族の男で、顔が整ってるわけでもないし……」


 と、なぜか遠弥自身に説明され、理解はする。が、でも、と自分の中で反論が止まらない。遠弥はすらっとしていてスタイルもいいし、しゅっとした三白眼だってかっこいいし、冷静さが顔に出ていて素敵だし……。

 私が無言のまま納得してないのが伝わったのか、何故か遠弥の説明は続く。


「こっちでは、顔が整っているって言うのは、あの……たまに来る、と言うか今日も来てた、彼のような顔立ちを指すんだけど」

「私の世界でもそうだよ。綺麗だよね。しかも穏やかで、すごく優しい」

「……そうだね。おまけに僕は優しくない」


 さすがにそれには、反論せざるを得ない。


「優しいし、親切だよ」


 小声だけど、二人にはちゃんと届いたらしい。


「「は!?」」


 めちゃくちゃ息ぴったりに驚かれた。なんだこいつら。

 遠弥が呆れたような顔をした。


「僕がいつあんたに優しくした?」

「いつも説明が丁寧で、」

「仕事だからね」

「おやつをくれるし、」

「子どもか? 借りを返しただけだよ」

「帰れるって言ってくれる」

「事実だからね」

「お茶、淹れてくれた」

「溢されたくなかっただけ」

「……慰めてくれた」

「だから言ってるだろ。それが仕事だって」


 全部に坦々と反論されたが、私だってこれだけは譲れなかった。絶対に。いくら相手が遠弥本人であろうとも、これだけは譲りたくなかった。


「まあまあ」


 するりと、一修さんが間に入る。


「泣きそうだろ」


 まさか、こんなにも平然としている遠弥が? と一瞬思ったが、ふと気づくと、泣きそうなのは私だった。気付かないうちに、そこまで必死になっていたらしい。急に恥ずかしくなって、居た堪れなくて、俯いた。

 あ、と一修さんが明るい声を上げた。


「そうだ。俺、そろそろ帰らないと。急に邪魔して悪かったよ」

「……途中まで送ってくよ」


 二人が立ち上がる。私も玄関まで出て、見送った。

 見送って、独りになってから溜息をついた。遠弥のように冷静でいられない、自分の幼さが恥ずかしかった。しかもお客さんの前で。そして最後まで一修さんに気を遣わせてしまった。


「私って、情けないなあ……」




 一修は、遠弥(と名乗っている颯という名の同僚)の家を離れてしばらくしてから、隣を歩く青年の顔色をうかがった。彼はいつもどおり冷静そのものといった表情だった。少しの動揺もうかがえない。


「……お前、櫛ぐらい買ってやればよかったんじゃないか」

「何の話?」

「おい、気付いてないフリすんな」


 以前、彼が女物の飾りを一瞬だが眺めていたことがあった。一修の予想では、恐らく、あの流境の女性のためだろう。何か買おうとしていたのか、ただ視線が向かっただけなのかは分からないが、そうやって仕草に出てしまう程度には、彼も、彼女から影響を受けている。

 比較的親しくしているだろう同僚の自分から見ても、いつも冷静な、と言うより寧ろ冷ややかですらある青年なので、それは非常に珍しいことだった。


「よく分からんが、流境ってことは、そのうち帰っちまうんだろ。その前にその、伝えたいことは伝えた方がいいんじゃないか」

「何を勘違いしてるか知らないけど。好きじゃないよ。ただの、いずれ消える、異世界の女だ」

「……いや、俺は恩を返すなら、今しかない、と言いたかったんだが」


 ほら。さっき、借りがどうとか言ってたから。

 そんな一修の言葉が聞こえているのかいないのか。珍しく、うっかりと、大きな墓穴を掘ってしまった青年は、口元を引き結んで黙っていた。

 はあ、と一修は大きなため息をついて、頭を掻いた。


「本気なら別に止めないが……本気なのか? お前が? 流境を?」

「違う。勘違いだから。全然違う」


 でもそれが勘違いだとしても、勘違いしてしまうほどの、それらしい何かが確かに存在するってことだよな、と一修は思ったが、言及しなかった。この青年にはいつも世話にはなっているが、それでもただの同僚だ。そこまで世話を焼くつもりもない。 


「ええと……、要殿はよく此処に来るのか?」

「らしいね。僕は会ってないから知らないけど。彼女とはよく話しているらしいよ」

「……それ、見初められてるんじゃないか? 大丈夫か?」

「は? あるわけないだろ」


 睨まれながら、一修は唸った。


「いやほらだって、運命とかあるだろ」

「あるわけない。あの子は流境だぞ」

「流境相手だと運命ってないのか?」

「知らない、けど」


 ないだろ、たぶん。

 ひどく曖昧な否定をして、遠弥は黙ってしまった。論理的な青年が根拠なく曖昧に否定するのは、少し、というよりかなり珍しい光景だった。

 一修はこれ以上言及するのも悪い気がして、ちょっと黙った。

 そんな一修をじろりと見てから、遠弥は溜息を吐いた。


「運命でもなんでもいいけど。……あの子はいずれ必ず、家族の元に帰るんだ。その邪魔だけは、絶対にさせない」

「へえ」

「なに」

「お前が流境とうまくやっていけるのか、なんて思ってたが、まさかなあ」

「……仕事だからね」


 これはこの事務的な同僚の常套句である。彼なりの線引でもあるのだろう。

 難儀なことだなあ、と一修は溜息を飲み込んだ。

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