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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
3章 天女
18/24

祭典

 どうやら、今日はお祭りがあるらしい。

 この前遠弥が話題に出していたやつだ。

 遠弥は、更沙さんと一修さんと出かけるらしい。

 ふーん。


「早く帰ってくるつもりだけど……」

「うん、分かった。お土産買ってきてねー」

「やだよ」


 笑って返されるが、たぶん買ってきてくれるんだろうな、と思った。遠弥は結構優しくて、おまけに親切だから。自覚ないっぽいけど。

 内心結構羨ましかった。違う世界のお祭りだから、興味もある。が、笑顔で見送った。さすがに連れてってほしいなんて、ねだれなかった。友達(?)同士の輪の中に入り込めるほど、図々しくはないつもりだ。


「……昼寝しよ」


 毎日掃除ばっかりしてるから、今日掃除しなければならない場所もないし、少しくらいいいだろう。

 私は拗ねたような気持ちで、布団に潜った。

 しかし寝続けるにも限度があるし、寝れば起きるのが普通のこと。目覚めた私は、顔を洗うと、気分転換がてら外に出て、庭掃除をすることにした。葉っぱを綺麗に片付けるのって、結構気持ちがいいから、すっきりするかもしれない。

 早速箒を掴んで外に出ると、


「あ」

「あ」

「こんにちは」

「こ、こんにちは……」


 要さんがいた。「驚かせてしまいましたね」と優しく微笑まれたのを「いえ……」と否定しつつ、相変わらず美形だなあと思った。なんかこの人だけ、やけにきらきらしてる。そう見えるだけかもしれないけど。


「今日は貴方に会いにきたんです」

「え!?」

「困りごとは解決しましたか?」


 そ、それだけのために……?

 様子をうかがうと、要さんは平然としている。当たり前のことをしているだけです、といった顔だ。


「あ、あとお土産も持ってきました」

「(お土産!?)」

「今日は細工祭なので、お二人に……黄楊(つげ)の根付です。鞠のかたちの」


 私はもうずっと困惑していた。

 要さんの手のひらに載せられているのは、赤と青の、木製の、ストラップのようなものだった。可愛らしい鞠の形をしている。


「えっ、あっ、な、なんでこんな素敵なものを……?」

「訪問の手土産ですが……」


 要さんも困惑している。この世界の、貴族の、常識みたいなものだろうか。分からない。

 遠弥の言葉を思い出す。男性から女性への贈り物には、求愛の意味を持つものがあるという。だから簡単に受け取るな、と言っていた。

 でも今回はお土産と名言されているし、私と遠弥に宛てて、とのことだから、そういうものではないだろう。それくらいは判断できる。

 こういうのって、受け取るときの礼儀とか、あるのだろうか……。


「お、お気に召しませんでしたか」

「い、いえ! すっごく可愛いと思います! 綺麗で、華やかで、素敵です!」


 思わず大きな声を出してしまったが、要さんが笑ってくれたのでもう何でもいいや……。


「よかった。では、はい」

「ありがとう、ございます」


 私の手のひらに、そっと乗せられた二つの根付。ころんとして、可愛い。


「遠弥にも帰ってきたら渡しますね」

「ええ。お好きな方を。ああでも、彼は赤色が好きかもしれませんね」

「そう、なんですか?」

「恐らく? なんとなく、朱色の着物をよく着ている気がしたので。まあ私の気のせいかもしれませんが」

「ほ、他にも、その、聞いてもいいですか?」

「……ええ。なんなりと」


 要さんが微笑む。優しくて、この人になら何を話しても受け容れてもらえそうな、そんな顔をしている。

 本当は、遠弥本人に聞けたらいいのだけれど、彼には、「馴れ合うつもりはない」と断言されている。今更聞けなかった。


「遠弥の、好きなものって、なんですか? ええと、好きな色……は聞いたので、好きな食べ物とか、動物とか……」

「さあ……あまり親しくないので、そこまでは。すぐには思いつきませんが」

「そ、そうですよね」


 そこで私は、自分がなぜか焦ったような心持ちだったことに気が付いた。

 要さんは、首を傾げて、それから、少し笑った。


「彼のことばかりですね」


 一瞬で頬が熱くなる。たぶん今、私の顔は真っ赤になっているだろう。


「ちが、違うんです。私……遠弥に、彼に、恩返しがしたくて。それで、それだけなんです」

「落ち着いてください。二人きりで生活しているのですから、相手のことが気にかかるのは普通のことだと思いますよ」

「そ、そう、ですよね。普通のことですよね」


 私は、何をこんなに焦って、慌てているのだろう。

 胸元に手をあてて、呼吸を落ち着かせる。服越しでも、おばあちゃんの首飾りに触れていると、心が落ち着く。


「……要さんは、その、どうしてそんなに親切なんですか?」

「別に普通だと思いますが……知り合った方と世間話をするのに、理由がいりますか?」


 感動して、咄嗟に言葉が出なかった。私みたいな得体の知れない人間にも、この人は真顔でそんなことを言えるのだ。

 心が大きく揺さぶられると、何も考えられなくなるのだと思った。

 それも分かってますよ、というような顔で要さんは微笑むから、私はどうしてもこの人の前では安心するしかなかった。




「ただいま」

「遠弥! おかえりなさい!」


 要さんが帰ってすぐ、遠弥が家に帰ってきた。何か、包みを手にしていて、彼にしては珍しく、にこにこしていた。そんなにお祭りが楽しかったのだろうか。少し、いやかなり羨ましい……。

 遠弥は玄関で履物を脱ぐと、さっさと家に上がる。私はその後をついていく。

 背中を追いかけると、遠弥が足を止め、そのまま私の方を振り返った。


「楽しそうだったね」

「えっと、何が?」

「……」


 笑顔のまま、細められた目が、私を見つめる。

 楽しそうなのは貴方じゃないだろうか、と思いつつ、私も愛想笑いを返すと、視線を逸らされた。


「あの人と、ずいぶん楽しそうに話してたから」


 あの人。要さんのことだろうか。


「見てたの? なんで? 声、かけてくれたらよかったのに」

「……楽しそうだったから、声をかけない方がいいかと思って」

「そっかー。ありがとう?」


 気を遣ってくれたらしい。確かに遠弥のことを話していたから、それで本人に声をかけられて会話まで聞かれていたら、私は恥ずかしさでどうにかなっていたかもしれない。

 お礼を言うと、遠弥は変な顔をしていた。なんというか、砂でも噛んだような顔だった。初めて見た表情だったので、ついまじまじと見つめてしまう。


「彼と、何を話してたんだ?」

「……えっと、」


 じわ、とまた頬が熱くなる。

 私にだって羞恥心くらいある。本人を前に、貴方の好きなものを聞こうとしていました、なんて言えるわけがない。


「ひ、秘密……」


 言いながら、要さんのことを思い出す。彼ならきっと会話の内容を漏らすことはないだろうし、私が黙っていたら遠弥にバレることはないだろう。

 遠弥は何も言わなかった。なにか考えているみたいだった。目が合うと、また微笑まれる。……なんか今日寒いな。部屋の温度下がった? 廊下だからかな。


「今日寒いねー」

「話変えようとした?」

「え? 違うけど……遠弥は寒くないの? 私の気のせいかな」

「気のせいじゃないかなあ」

「そっかあ。でも廊下寒いから、早く居間行こ」


 先に進もうとすると、遠弥の腕が静かに壁に伸ばされ、私の行く先を遮る。

 どうしたんだろう、と見上げると、彼の三白眼が細められた。

 さっきまで笑っているように見えたけど、こうしてみると、あまり、機嫌が良いようには見えない。


「僕は誰のことも信じてないって前に言ったよね」

「う、うん」

「だから僕は今日、何故かあんたに会いにきた、彼のことも信じていない。彼と通じていると思って、あんたのことも信用できなくなる」

「……つまり、今は、私のこと、信用してるってこと?」


 ちょっと嬉しくなるが、遠弥は真顔のまま続ける。


「この世界の誰とも繋がりがないことは理解している。もう一度だけ聞く。何の話をしていた?」


 信用云々の話ではないらしい。と少し落ち込んでから、私は彼から顔を逸らすように俯いた。


「と、遠弥の話を」

「え?」

「遠弥の話を、してました」


 素直に伝えた。彼にとって、大事なことなのだということが分かったから。

 私はまた赤面してから黙る。暗がりだから、あまり見えてないといいけど。

 遠弥も黙ってしまった。そりゃ、勝手に自分のことを話されて、いい気分にはならないだろう。


「彼が僕なんかのことを探りに来たって? あんたには大した情報は開示してないつもりだけど」


 その言葉に、ほんの少し、胸が痛む。

 でもそれより、あの親切な要さんが勘違いされるのが嫌で、私は全部正直に伝えることにした。


「私が、要さんに聞いたの。遠弥の好きな物とか、えっと、色とか、食べ物とか、動物とか」


 指折り数える。聞いたのはこれくらいだっただろうか。

 黙り込んでしまった遠弥に向き直ってから、頭を下げた。


「勝手に、ごめんなさい。もうしません」


 頭を上げても、遠弥はしばらく何も言わなかった。ただ、壁についた手は下げてくれた。


「別に怒ってない。あんたは話題も少ないだろうし、別にいいよ」

「ありがとう……」

「それに、僕のことなら、僕に聞けばいいだろ」

「うん。ごめんなさい」

「謝らなくていい。怒ってないから」

「うん。もう聞かないから……」


 以前、「馴れ合うつもりはない」と言われているのを思い出す。どこまでが遠弥にとっての馴れ合いか分からない以上、私からは聞けない。

 遠弥に、嫌われたくない。嫌われるのが怖い。こんなにも。

 いつから私は彼に対して、こんなに臆病になったんだろう、と思った。

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