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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
3章 天女
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天女

 (はやて)が、同僚達四人と昼食に行くため城下を歩いていると、いくつか出店があった。細工祭前から、ずいぶんと気合を入れている。

 女性向けの細工物がずらりと並べられているのに、颯はなんとはなしに目をやる。

 色とりどりの櫛、繊細な細工の髪飾り、指輪、根付、帯飾り、他に何の用途か分からないものまで圧巻の様子で並べられている。


 そういえば、何色が好きかも知らないな、とふと思う。


「珍しいな、何か買うのか」


 いや、とだけ答えると、横から一修がどれかを指して口を挟む。


「最近はその櫛とか流行ってるらしいぞ。姉が言ってた」

「へー、櫛ね」

「興味あるフリくらいしろよ」


 実際興味がないのだからしかたない。目をやったのもなんとなくだ。あれだけ隙間なく並べられていたら、興味がなくても目を惹かれるだろう。

 二人の会話を聞いていた、他の同僚が口を挟む。


「もうすぐ年末だし、妹への土産になんか買ってこうかな。俺、祭行けないし」

「いいな、それ。うちは土産はこれって指定されてるからなー」

「絶対そっち方がいいって。選ぶの結構めんどくさいぞ」


 同僚らがわいわいと眺めているのを、颯は少し距離を取って待っていた。すると、ちょっと、と店員の老婆に手招きされる。


「あんた、貴族さん達に混ざって大変だね。大丈夫かい?」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

「なんかあったら言いなよ」


 ね、と念押され、また礼を言う。颯だけ髪が短いから、一人だけ庶民だと思われたのだろう。


「あ、この辺に甘いものを売ってる店はありますか?」

「え? お前そういうの好きだっけ」


 店員に尋ねると、聞こえていたのか同僚が目を丸くした。


「たまにはね」


 またぞろぞろと移動する、その最後尾で、颯はぼんやり考える。

 別に、小さな消耗品くらいなら買っていってもいいだろう。普段の家事の礼だ。以前も買っていったことはある。あの時は、彼女には伝えなかったが、看病してもらった借りを返すためでもあった。

 つらつらとそんなことを考えたところで、なんか言い訳みたいだな、と颯は思う。

(……言い訳?)

 誰に。何を。……。

 黙りこくって歩いていると、前を歩いていた同僚らの背中が止まったので、足を止める。

 彼らの視線を追うと、そこには一人の男が立っていた。大きな身振りと大きな声で、町を行く人々に自分の主張をひたすらに訴えかけている。しかし、彼のために足を止めようとする者は一人もいない。それでも、彼は切々と訴えかけるのを止めようとはしない。


「共に楽園へ行きましょう! 流境の客人の故郷(ふるさと)へ!」


 流境信仰には、二つの主だった主張がある。

 一つが、流境が政治をすべきだという正統性の主張。これは流境がこの国を建国したという伝説(与太話)に基づいている。

 そしてもう一つが、流境の世界である楽園への憧憬。皆で共にそこへ回帰することこそが幸福なのだと主張している。

 今は後者の主張をしているらしい。男は叫ぶ。


「我々はいついかなる時でも貴方のそばにいます! 貴方がどんな立場であろうと、我々がそばに居ます!」

「どうする? 通報する?」

「折角の休憩時間に? 誰かがしてるだろ」

「あ、連れていかれた」


 問答無用で引っ立てられ、乱雑に引きずられながらも、男は主張するのをやめない。大した精神力だ。


「最近余計に取り締まりが厳しくなったよな」

「ふーん。颯、なんで?」

「知らないよ」

「なんか聞いてないの?」

「お気に入りだろ、主上の」

「知らない。あの人は誰も信じてないだろ」


 その言葉に、周囲は納得したらしい。

 こういうところを目撃する度、仕えている主人の人間性を実感させられる。悪い意味で。


「しかし誰も止まらなかったな。田舎なら何人かは面白半分で聞くもんだが」

「野次とか飛ばしてな」

「そりゃ楽園なんて憧れるの、現状に満足できてないやつだけだからだろ。この城下の、明るく豊かな商店街で演説してもねえ」


 颯は自嘲するように呟く。


「この世に楽園なんてあるわけないのに」




(別に、楽園だと思ってたわけじゃないけど)


 この世界って、思ってたより厳しいのかも。

 風呂に水を汲むポンプを押す手を止め、私は独り溜息をついた。

 遠弥の話を聞いてから、ずっと、考えていることがある。

――誰も信用できないという遠弥の言葉を、なんとかして、否定できないか、と。

 遠弥は良い人だ。親切で、冷静で、よく気がついて、優しい。遠弥のような人の力になりたい人は、大勢いるだろう。

 貴族の立場とか、考えとか、色々あるだろうけど、人が動くのって、それだけじゃないはずだ。

 遠弥は、他人よりもずっと合理的な性質だから、それ以外には考えられないのかもしれない。自分自身がそうだからと、周りもそのように捉えてしまっているのだ。


(絶対世の中ってそれだけじゃないけどなー!)


 でも理屈や理論だけじゃ済まないことって、たくさんあると思う。遠弥がそんなこと知らないわけじゃないと思うんだけど。

 成長してきた過程が昨日聞いたとおりなのであれば、そうならざるを得なかったのは分かる。分かるが。

……家族のため、敵陣で独り働く、幼い遠弥のことを考えると、物悲しくなる。

 彼の仕事への熱心でひたむきな姿勢も、その場で自分の有用性を主張するための、必死さの表れだったとしたら。

 

「早く大人になりたかった」


 と、遠弥は以前言っていた。私は無知でどうしようもないから、遠弥は小さい頃から優秀ですごい、というようなことを言った。それから、私も小さい頃は早く大人になりたかったよ、と軽率に同意したけれど。

 同じ重さで考えていいことじゃなかった。

 遠弥が優秀なのは命懸けでそうであらねばならなかったからだし、大人になりたかったのは無力な自分を嫌悪していたからだ。

 自分が恥ずかしい、と思う。無知が言い訳にならないくらい、彼にとっては図々しく映ったのではないだろうか。


「……」


 浴槽に蓋をする。あとは時間になったら、火をおこして沸かすだけだ。

 なんとなく戸口まで来たが、家に入る気もせず、壁を背中にしてもたれかかる。日向ぼっこがてら、膝を抱えてぼんやりする。日光が暖かい。日焼けするだろうか。心地よいし、少しくらいはいいだろう。

 膝に額をあて、俯いてじっとしていると、ふと、影が落ちたのを感じた。太陽が雲に隠れたのだろうか。

 不思議に思って顔を上げると、


「え?」

「……」

 

 天女が、舞い降りたのかと思った。

 見覚えのない、とても美しい女の人が、足音もなく、佇んでいたから。

 彼女は私を見つめて、それから、柔らかく微笑んだ。美しく長い髪がそよ風に靡いて、まるで時間が止まったのかと思った。


「わたくしを楽園へと誘ってくださいな」

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