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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
2章 遠弥
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遠弥

 ふと気づくと、この世界に来てから、かなり時間が経っている。日を数えるのは、ある日忘れてしまったから諦めているけれど、二週間は経っているだろうか。

 半月くらい経った今も、進展は、ない。


「帰りたい……」


 目覚めてすぐ、呟いて溜息をついた。

 最近はなかった衝動だ。寂しい。元の世界が恋しい。おばあちゃんは元気だろうか。お母さんは心配しているだろうか。友達は今何をしているだろうか。

 赤い首飾りを握りしめるが、変わらず反応はない。

 これに触れた瞬間、この世界に来てしまったのだから、これがきっかけで帰れるんじゃないだろうかと思っていたけれど、こうも全然反応がないと、勘違いなんじゃないかと思えてくる。調査したもらった結果も、何の変哲もない首飾りだったらしいし、これに触れたからこの世界に来たんじゃなくて、この世界に来る瞬間、偶然これに触れていただけなんじゃないだろうか。

 分からない。


「……帰りたい」


 ぐす、と涙を拭う。

 この世界での生活は、遠弥のお陰で安定している。静かで、穏やかだ。

 それでも、家族に会いたい。家に帰りたい。

 信じてもいない神様に願うけれど、この世界にいてそれが届くのだろうかとも疑う。疑ったら、今度は疑ってしまったから叶うはずもない、と思ってしまう。

 延々とそんな、無駄なことを繰り返している。


「遠弥、おはよう。あれ、もう準備できてる」

「おはよ。早くおきたから、……」


 身支度を整えてから、朝ご飯に向かった。

 目はほとんど赤くなっていなかったと思うけど、目敏い遠弥には気づかれてしまったらしい。彼の正面に座って、「いただきます」と手を合わせたところで、


「……なんかあった?」

「えーと。少し、家に帰りたくて」

「そう。……そういうの、初めて聞いた気がする」

「そうかな。そうかも?」


 生活の面倒を見てもらっている手前、目の前でめそめそして帰りたい、帰りたい、と言うのも失礼な気がして、遠弥の前では、そんな素振りみせていなかった。


「心配しなくても、ちゃんと帰れるよ」


 遠弥は平然としている。その落ち着いた様子を見ると、なんというか、本当にすぐにでも帰れる気がして安心する。


「そういえば、あんたの名前ってどんな、……どんな雰囲気?」

「雰囲気……雰囲気? 普通の名前だよ。あったかい感じで、私は気に入ってるけど」


 名前の雰囲気ってなんだろう、と思った。

 訳のわからないまま遠弥を見つめると、彼は、


「だって、何もなかったら探せないだろ」

「さがす」

「あんたが迷子になったり、どっか行ったりしたら」

「…………遠弥って、」


 言いかけて、なんでもない、と呟いた。思わせぶりになってしまった気がしたが、遠弥はそれ以上言及してこなかった。

 遠弥って、優しいし、親切だ。

 つい先日「馴れ合うつもりはない」と言われたばかりだから、今の親切な言葉は遠弥にとっては多分、些細なことなのだろう。特筆すべきことでもない、確認くらいの気持ちなのだろう。

 もしくは遠弥にとっては、仕事だから、で済む範囲のことなのだろう。たぶん。

 でも普通、仕事だからって、そんなに気を配らないと思う。こんなことにまで心を砕けるということは、遠弥がそういう人柄だからじゃないだろうか。


「ねえ遠弥」

「なに?」

「どうしてその……誰のことも信用してないの?」


 二度目の問い掛けだ。だって本当に不思議だったのだ。

 遠弥のように優しく親切な人が、どうしてこんなにも周りを遠ざけようとしているのか。

 遠弥は嫌そうに溜息をついて、箸を置いた。


「あんたもしつこいね」

「ごめん。でも、どうしても気になって」

「変わってるね。……まあいいか。別に隠しているわけでもない」


 遠弥がそう言って姿勢を正したので、私も足を崩すのをやめて正座して、背筋を伸ばした。


「別にあんたが畏まる必要ないだろ」

「そうかな……」


 遠弥は少し笑ってから、説明してくれた。


 以前、少しだけ説明してくれたとおり、この国では以前、大きな戦争があった。それぞれに思惑があり、多様な陣営があった。

 遠弥の家は、現在の体制に対する勢力についていた。つまり、


「僕の家は、反体制派だった。戦後の今でも、その過去は変わらない」


 領土こそ保たれたが、それもいつまで続くかは分からない。砂上の楼閣だ。

 主流に乗ることもできなかったため、ただ遠巻きにされながら、細々と命を繋いでいる。今でこそ王に忠誠を誓ってはいるが、文字通り周囲は敵だ。油断はできない。

 遠弥がわざわざ周りを寄せ付けないようにしているのはそのためだ。誰が何を考えているか、分かったものではない。


「こんな政治の話、無関係なあんたは知る必要ないだろ。無知なままでいればいい。巻き込む必要もないんだからさ」

「……気遣いだったんだ。ありがとう」

「説明が面倒だっただけだよ」


 そう言いながら、遠弥は説明を続けてくれる。

 そんな立場の遠弥がなぜ王の元で働けているかというと、人質だ。遠弥の身内の子女であれば誰でもよかったらしい。

 しかし遠弥は、自らその役目を申し出た。

 私は思わず、どうして、と尋ねた。


「理由? ……家族の誰もそんな目に遭わせたくなかったし、早く大人になりたかった。幼く、無力な自分が嫌いだったから」


 王様は笑って遠弥の申し出を受け容れた。


「無能なら殺すよ」


 と言って。

 遠弥はそれから、人質を兼ねて、王の下で働き始めた。いつでも指先一つで自分と、家族全員を処分することのできる人物の下で。


「怖いね」


 と私が小さな声で言うと、遠弥は笑った。


「怖いよ」


 自分の誤ち一つで、最愛の家族が殺されるかもしれないという恐怖。それに耐えて生き延びる必要があった、と遠弥は語る。


「だから僕は誰も信じてないよ」


「誰も信用なんてできない」


「自分だけだ」




 出勤する遠弥を見送ってから、私は、人気のないところにぽつんと建てられた、物の少ないがらんとしたこの家のことを考えた。

 遠弥が一人でこんな、辺鄙な所に住んでる理由も分かった。周囲の人間を、本当に誰も信じていないからだ。あんな状況じゃ、近所付き合いもできないだろう。だって、誰がいつ敵になるか、そもそも敵なのかも分からない。戦争のときの恨み辛みが、どこに燻っているかも分からない……。

 ぼんやりと考える。


――自分が、遠弥の信頼に足る存在になれないだろうか。


 そして、彼を疑った自分には、その資格はないだろうか、とも思った。

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