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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
2章 遠弥
12/24

関係

 今日も出勤する遠弥を見送ったあと、庭で落ち葉を掃き清めている。最近ではこれが趣味みたいになってきた自分がいる。

 あまり細かい動作を要求されないので、ぼんやりと考え事をするのにもってこいだ。


「……」


 遠弥を信じたいと願っている。

 その一方で、どこか彼を、いや、彼らを疑う自分がいる。

 私は本当はもう帰れるのに、訳あって、留め置かれているのではないか。


「(まあその理由は分からないけど)」


 だってしてることなんて掃除くらいだし。毎日暇潰しを探して生活しているだけだし。うん。

 でももし私が本当に幼い頃、この世界に来ていたら。そしてさっさと帰宅できていたとしたら。いやそれがそもそも、もしかしたら、程度の根拠しかないわけで。


「うーん」


 唸る。気付いたら、掃除する手を止まっていた。

 落ち葉が散らかる地面を見て、溜息をつく。本当はこんなことしたって、明日にはまた落ち葉が散っているから、あまり意味がない。掃除しないよりはマシだろうと思っているが。でも冬だからだいぶ木々の葉も減ってきている。木の葉が全て無くなってしまうまでには、家に帰れるだろうか……。


「こんにちは」

「うわ!?」


 驚いたままの勢いで振り返ろうとして、バランスを崩した。転ぶ、と思った瞬間、肩を抱えるように引かれる。


「大丈夫ですか?」

「か、要、さん」

「はい。要です」


 にっこり微笑まれる。至近距離で、綺麗な顔が綺麗な笑みを浮かべている。なんというか、有り難いな……。両手でも合わせるべきだろうか……。遠弥にも見せてあげたい……。

 首を傾げられ、はっと我に返る。謝って、お礼を言うと、


「いえ。私が驚かせてしまったので。こちらこそ申し訳ございません。ご無事でなによりです」


 と軽やかに返される。さ、爽やかだ……。


「ええと、今日は遠弥にご用事ですか?」

「いえ。今日も巡邏――見回りです。家屋があり、人が住んでいる所は、何処へでも行くようにしているので」


 さらっと言われたが、それってすごい労力なんじゃないだろうか。

 遠弥が要さんを、「善人」と評価していたことを思い出した。要さんは、以前出会ったときから思っていたが、本当に真面目で、親切な人なのだろう。

――真面目で、親切。貴族っぽい品のある佇まいで、貴族とは思えない気さくさな、美形。

 この人、欠点とかあるのだろうか……。


「何か、悩んでおられるようでしたね」

「え?」


 困惑して要さんを見ると、彼はええと、と頬を掻いた。


「もし、勘違いなら申し訳ないのですが、そう見受けられたので。もし私でよければ、相談に乗りますが」


 すげーーーー。

 私はもう半ば呆気に取られていた。

 優しさが全開だ。留まることを知らない善性。要さん株がストップ高。


「あの、要さんはなんでそんなに……その、優しいんですか?」

「い、いえ! 違います! 私は優しいのではなく、ただ、困っている人を、放って置けない性分なだけなんです。つまり、結局は、自分のためです」


 滅相もない、と謙遜されるが、それって良い人の証拠なんじゃないだろうか。だってさっきからひたすら良い人の発言しかしていない。

 普段遠弥の、距離感と壁を感じる言動を浴びているせいで、言葉すら眩しく思える。いや、遠弥のことは尊敬しているし、彼も優しくて親切で素敵なところはたくさんあるけど……。

 要さんは微笑む。


「市井の皆様に耳を傾け、お話をうかがうことは、治安を守ることに繋がります。もし私でよければ、ぜひ」

「……相談、してもいいんですか?」

「もちろんです。あまりお力にはなれないかもしれませんが」


 はは、と要さんは苦笑する。

 でも正直、聞いていただけるだけでありがたい。この世界で私が相談できるのは遠弥くらいで、今回はその遠弥にも相談できない。要さんが現れてくれて良かった、とさえ思っていた。


「あの、ええと、大したことじゃないんですが、」

「はい」

「この世界でも、私に友達ができまして。その友達を、信じたい自分と、でも、どうしても疑ってしまう自分がいるんです。私は――信じたい。確かにそう願っているのに、疑っている自分がいることを、見ないふりはできない。それは私の感情なので。目を逸らしても、なかったことにはならないんです。……私、どうしたらいいでしょうか」


 要さんは、しばらく考え込んでいた。詳細を聞いてこないことに、私は勝手に安堵していた。聞かれたくないと思っていたから。

 この親切な、優しい人に、あまり嘘はつきたくないと思った。

 やがて要さんは、うん、と一つ頷いてから、口を開いた。


「両方、はどうですか」

「両方」

「片方の気持ちを抑えつけるのは不健康でしょう。気持ちは、湧き上がるもの。意識してどうなるものではありません。それに人の想いなんて複雑なんですから、片方だけじゃなれけばならない、というものではないでしょう。信じつつ、疑う。できないことは無いと、私は思いますが」


 ね、と要さんは笑う。

 両方、と私はまた心の中で呟く。


「……それで、いいんでしょうか」

「いいんじゃないでしょうか。天秤のように、釣り合ったり、傾いたり。今回は信用と疑念ですが、それ以外の感情だって、そんなものでしょう。愛と憎しみ、喜びと怒り……」


 本当にいいのだろうか、とまだ思ってしまう一方、心は確かに、楽になった。

 私は頭を下げた。


「ありがとうございます。あの、話せて、とても気分が楽になりました」

「それはよかった。また何かありましたら、いつでも話してくださいね」

「何か、お礼をしたいのですが。その、私、何もなくて」

「え? いいんです、いいんです。私が聞き出したようなものじゃないですか」

「でも……」


 要さんは、大丈夫ですよ、と困った顔になる。恩人にそんな顔をさせたいわけではない。

 私達はそれからちょっとだけ雑談をした。私はなんとかして要さんに恩返しがしたかったので、彼がしたいことなんかを聞いた。


「いつか、どこか遠くに、旅行にでも行ってみたいですね。ここじゃないどこかへ」


 要さんはそう言って、楽しそうに笑っていた。

 私はいいですね、と相槌を打ちながら、さすがに旅行代は出せないな、と残念に思った。この世界で私は、ただの無職の一文無しなので。




「うわ」


 遠弥が帰ってきてすぐ、ただいまも言わず嫌そうな顔をしたので、私は戸惑った。とりあえず、「おかえりなさい」だけは小声で伝えた。


「……別に何をしていたかは聞かないけど、あんまり無警戒に他人に近寄らないほうがいいよ」

「どういうこと? もうちょっと説明してくれないと分かんないよ」

「……」


 遠弥は苦い顔をしながら、重たい口を開いた。


「男の匂いがべったり付けられてる」

「へー。なんで? 遠弥って鼻いいね」

「よくないし、なんでかなんて知らないよ。自分の胸に聞いてみたら?」

「分かんないよ。私、香水なんて付けてないし」

「そういうんじゃないんだよ……ほんとに分かんない? 誰かと、あー、密着しなかった?」

「……」


 密着。そうは言っても、今日あったのは遠弥と要さんだけで。要さんとはある程度の距離を保ってお話しして、……


「あっ」

「はあ。まあ、何をするのもあんたの自由だけど。せめて僕が気付かないようにやってくれないかな」

「うん。あの、今日ね、転びそうになって、要さんに助けてもらったの」

「……ああ、そう」

「要さんて、とても良い人だね」


 遠弥は渋い顔をしたまま腕を組んだ。今日ずっとこんな顔してるな。


「人懐こいのはあんたの長所なんだろうけど。あまり他人に近寄らないほうがいいし、信じないほうがいいよ」

「でも、遠弥だって、要さんは良い人だって言ってたのに」

「外面が良いだけかもしれない。そういう奴ほど危険かもしれない。信用できるかは別の話だ。あんただって子どもじゃないんだ。分かるだろ?」


 言いたいことは分かるけど。それをすんなりと受け入れられるかどうかは、それこそまた別の話だ。

 もちろん、遠弥は間違ったことは言っていない。

 だけど、それでも私は、悲しくなった。遠弥に欠片も信用されていない自分のことも。誰のことも信用できないと言って憚らない遠弥のことも。


「……遠弥は、どうしてそんなに、誰のことも信用してないの?」


 とうとう、聞いてしまった。

 遠弥は、怒るか、嫌がるだろうな、と思った。入ってはいけない所に、足を踏み入れてしまった私に。

 でも彼は、いつもと変わらない、冷静な様子で、


「あんたには関係ない。僕はあんたと、馴れ合うつもりはない」


 きっぱりと、言いきった。

 突っぱねられるとは思っていた。でも、遠弥が全然動揺しないことや、当然のように言い切ったこと、その全てが、思いの外悲しくて。

 それが表情に出ていたのだろう、遠弥は組んでいた腕を解いて溜息をついた。そして私の横を通って、さっさと家に入った。


「……いつまでそんな所にいるの。風邪引くよ」

「あ、うん、ごめん」


 馴れ合うつもりがないなら、こんな風に、優しくしないでほしいな、と思ったが、遠弥にとってこれは、人間関係を維持するための最低限の愛想かもしれないとも思った。お団子を買ってきてくれたのも、お茶を淹れてくれたのも、いつも私は必ず帰れると言ってくれるのも、優しくしてくれるのも、親切にしてくれるのも――彼の行動を、私が勝手に、好意的に捉えてしまっているだけなのかもしれない。

 だとしたらそれは、遠弥にとっては迷惑なのかもしれないな、と思った。

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