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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
2章 遠弥
11/24

幸福

 その日は、冬とは思えないくらい暖かくて、天気の良い日だった。心配事も全部吹き飛ぶような陽気な日和だった。

 そのため朝からなんとなく気分が良くて、なんだか良いことがあるんじゃないかと直感で思った。

 だから、遠弥が朝ご飯のときに、「今日は仕事が午前だけなんだ」なんて言うから、私は驚いてしまった。


「なにその顔」

「今日は朝から、良いことがある気がしてたから……。当たると思わなかったけど」


 嬉しくて思わず笑ってしまうと、遠弥は「ふーん」とだけ言った。

 独りは嫌いではないし、快適だが、インターネットも何もないこの世界では本当に退屈なので、遠弥がいてくれるのは本当に嬉しい。

 遠弥は退屈しないように本を用意してくれたが、全部読み終わってしまった。子ども向けの読みやすい物語ばかりで、どれも面白かった……のだけれど、この世界では本は貴重品らしい。そのため、追加を頼むのはさすがに気が引けてしまう。

 遠弥がいてくれると話し相手になってくれるため、本当にありがたい。

 そのため、私は朝から機嫌が良かった。鼻歌をしながら風呂掃除をして、風呂桶に手押しポンプで水を貯め(結構重労働だ)、ゴミが入らないように蓋をしておく。後は夜に火を起こして沸かすだけだ。それは遠弥がしてくれる。

 朝すべきことを終えてしばらくしたくらいに、遠弥が帰ってきた。


「遠弥、おかえりなさい! 本当に早かったね」

「ただいま」

「……あれ、そんなの持ってたっけ?」

「買ってきたんだよ」


 風呂敷の包みだった。遠弥の後を追って居間に行くと、遠弥は早速それを卓上で広げて見せてくれた。いい匂いが部屋中に広がった。


「わー! お団子だ! しかも箱にいっぱい!」


 箱に綺麗に敷き詰められていたのは、お団子だった。あんこのかかったものと、醤油で香ばしく焼いたものが、半分ずつぎっしりと並べられている。一本一本が大きく、食べ応えのありそうなお団子だった。


「これどうしたの?」

「普段、しなくてもいい家事をしてるあんたへのご褒美」

「私に!?」


 私は遠弥に抱きついて感謝を伝えたくなるくらい嬉しくなった。もちろん比喩で、本当に抱きついたりはしないけど。

 代わりに、うっとりと深呼吸した。幸せの匂いがする。


「いい匂いー。この世界の甘いものって初めてかも。お団子あるんだね、すごく美味しそう! 遠弥、ありがとう。本当にいいの?」

「いいよ。あんたに買って来たんだって言っただろ」

「わあ……ちゃんと偶数あるね。半分こでいいよね? うーん、食べれるかなあ。あ、遠弥は足りる?」

「僕は食べないから全部食べていいよ」

「無理!!!」


 何本あると思ってるんだ。大きなお団子が五本ずつあるから十本? 昼食だとしても多い。半分ずつでもかなり厳しいかな、とちょっと思ったくらいなのに。

 遠弥、もしかして、いや、もしかしなくても、自分基準で考えてる?


「食べれるだろ、これくらい」

「無理だよ……。遠弥、一緒に食べよ」

「はあ。僕と?」

「美味しいものは一人より二人で食べた方が美味しいよ。というか物理的に私一人で完食するのは無理だよ。私、ご飯もいつもお茶碗一杯分しか食べてないでしょ?」


 確かに、とようやく納得したらしい。

 よく食べる男性を基準に考えるのやめてほしい。気持ちはありがたいけど。


「そうだな……天気いいし暖かいし、縁側で食べようか。お茶淹れてくる」

「遠弥が淹れてくれるの? 手伝おうか?」

「いいよ。あんた転ぶか躓くかして零しそうだし」

「こ、零さないよ!」


 遠弥は私を子ども扱いしている気がする。

 まあ確かに、子どもよりこの世界の常識はないかもしれないが……。

 別に鈍臭くもないつもりだ。運動神経だって悪くない。

 まあ確かに、遠弥ほどてきぱきとはしてないかもしれないが……。

 なんか自信なくなってきた。ちょっと落ち込んでいると、遠弥が小さく笑った。


「あんたへのご褒美なんだから、座って待っててくれたらいいよ」


 そう言うと、さっさと台所へ向かってしまう。そんな遠弥の背中を見送りながら、彼はいつでも行動が早いと改めて感じた。

 お団子の箱を持って、縁側に腰かけ、外を眺めながらぼんやり待っていると、遠弥がお茶を持ってきてくれた。立ち上がろうとするのも制される。


「はい。おまたせ」

「ありがとう。全然待ってないよ」

「火を起こしたついでに、後で風呂も沸かそうか。ちょっと早いけど、たまにはいいよな」

「うん。私、明るい時間にお風呂入るの好き」

「そっちの世界は電気が通ってるから、夜でも昼のように明るいんだろ?」

「それとこれとはなんか違うんだよねー」


 こう、やるべきことをさっさと終わらせる喜びと、自然光の中でお風呂を楽しむ感覚と、いつもと違う小さな非日常感と……。


「分かる?」

「分からない。食べないの?」

「食べる! いただきまーす!」


 醤油で焼いたやつからいただく。かぶりつくと、もちもちとした柔らかい触感と、香ばしい香りが口いっぱいに広がった。お餅自体もほんのりと甘い。それも醤油の味を邪魔しない程度に。

 つまりめちゃくちゃ美味しい。


「美味しいー! このお団子すごく美味しいね。遠弥っておやつ選び得意なの?」

「そんな特技ないって」

「美味しくて一個が大きいから最高! まだこんなにあるの嬉しい! お茶もあうねえ」

「ゆっくり食べなよ。喉に詰まらせないようにね」


 子ども扱いされていることに、いい加減何か言ってやろうかと思った。

 だけど、そう言って私を見つめる遠弥の目がなんだかとても優しくて、お団子もとても美味しくて、天気はいいし風も穏やかで。

 なんだか全てがとても幸せだったので、私は黙って頷いた。

(こんなに幸せでいいのかな……)

 この時、私は初めて、この世界も悪くないな、と思った。

 思ってしまった。


「……」

 

 縋るように、おばあちゃんの首飾りを服越しに握りしめる。元の世界を忘れたわけじゃない。いつも帰りたいと願っている。

 それでもお団子一つで揺れ動いてしまう私って、やっぱり結構、薄情なのかもしれない……。


「あんたまた変なことで落ち込んでる?」


 遠弥は一瞬でそれに気付いたらしい。本当に目敏い人だ。人の心が読めるのだろうかとすら思う。それとも、私が単純で分かりやすいだけ?


「落ち込んでないよ。その、この世界も結構……好きかもって思っただけで」

「いいことじゃん」

「でも、私の、元の世界を裏切ってる感じがしない?」

「しない。適応は悪いことじゃない。単純に、好きな場所が複数できたと考えるべきだろ。不得手な場所だと能力も落ちるしね」


 あっさりと。新しい考えを見せてくれる。


「遠弥って、」

「なに?」

「すごいね……」


 感嘆の溜息が零れる。

 世界を自分の言葉で捉えて、形作って、日々を過ごしているのだろうと思う。そうでなければ、このようにすんなりと話すことはできないだろう。

 一歳だけとはいえ、一応年上なのに、なんか情けないな、と自分を省みる。まあ日々の積み重ねが足りてないので、省みたところで、遠弥みたいな人に一瞬でなれるわけじゃないんだけど……。


「……来月、祭があるんだ」

「お祭り……」

「細工祭っていって、いろんな工芸品が城下の商店街に並ぶんだけど」

「そうなんだ。すごいね」


 城下に出たことはないので分からないが、きっと賑やかなのが更に賑やかになるのだろう。普段見かけない屋台が、ずらっと並ぶイメージでいいのだろうか。

 遠弥は何か言いかけて、口を閉じた。どうしたのだろう、と待っていると、彼は頭を振った。


「なんでもない。……あんたはもう、その頃には帰っているかもしれないね」


 遠弥はそう言ってお茶を飲んだ。

……ちゃんと帰宅できると、慰めて――あるいは、励ましてくれたのだろうか。

 遠弥は、とても良い人だ。

 いつも説明が丁寧で、親切だ。今日なんて普段のお礼としておやつをくれたし、いつも必ず帰れるって断言してくれる。お茶も淹れてくれた。慰めてくれた。励ましてくれた。

 この世界で暮らすときの、最初の頃の漠然とした不安感も、今は大分と薄れた。ほとんどが遠弥のお陰だ。

 彼のことを、信じたらいいのか、疑ったらいいのかは、まだ分からない。

 それでも、ただ信じたいとは思った。

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