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遠くに在りて弥栄を  作者: ばち公
2章 遠弥
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懺悔

 あれから遠弥に任せてもらう仕事も増えて、家事にも結構慣れてきた。

 寂しい、がらんとした印象だった遠弥の家にも、大分愛着が湧いた。

 物が少ないので、なにより掃除がしやすい。最高の家だ。ありがたい。


「ただいまー」

「おかえりなさい!」


 遠弥が帰ってきたら、必ず出迎えるようにしている。遠弥は仕事の手を止めてまで出迎える必要ないと言ってくれたが、他人と関わらない生活の今、遠弥の帰宅は何よりも嬉しいことなので出迎えにいっている。

 それから一緒に夕食を食べる。おかずは遠弥が毎日何種類か買ってくる。

 台所に立派な竈もあるし、火の起こし方も今は知っているため、作ろうか、と言ってみたこともあるが断られた。


「たまに作ることもあるけど、効率悪い気がするんだよな。米くらいは炊くけど」

「買うのって高くない?」

「あのね、これでも僕は……いや、なんでもない。気にしなくていい。それにあんた危なっかしいから、火なんか独りで扱わせられないよ」

「えー……」


 遠弥から見ると、私はだいぶ危なっかしいらしい。そんなに運動神経は悪くないと思っているのだけど、そうじゃなくて、


「全てに不慣れなのが一目で分かる」


 らしい。

 そりゃ、現代文明に甘やかされた身としては否定できないけど。


「でも、結構慣れたでしょ」

「最初に比べればマシ程度だけど……」


 へっと鼻で笑われた。これ、遠弥の悪いところだと思う。

 まあ絶対料理をしたいわけでもないし、そもそも遠弥のお金なので私が口出しすることでもないし、それに遠弥の買ってくるおかずはどれも美味しいし、文句はない。


「今日もご飯美味しいね!」

「そうだね。おかわりしよ」

「遠弥はいっぱい食べてすごいね」


 運動してるのもあってか、遠弥は見ていて気持ちいいくらいよく食べる。たまに鍋でおかずを買ってくる理由もよく分かるくらい食べる。


「食事が口に合うようでよかったよ。あんたの世界も、献立はあまり変わらないってきいたけど」

「確かに同じ感じかも! すごく助かってる。食文化は似てるんだね」

「そうだね。あんたの好きな食べ物ってなに?」

「甘いもの、とか? 別腹だよねー」


 遠弥はふーん、という感じで、聞いているのかいないのか。まあでも甘いものなんて、全生命が好きなものだからな……。珍しい話じゃないだろう。

 それから私は、遠弥に聞かれて、私の世界のことを話した。ただ、遠弥は意外にも、私の世界のことをよく知っていたから、なんというか、情報のすり合わせくらいで終わった。


「詳しいね」

「まあ、表面上の情報ならね」

「表面上?」

「あんたの世界の文明の『仕組み』を理解している流境は、本当に少ないから」


 確かに、私も理屈がわからないまま、使用しているものばかりだ。


「そういう流境も、たまに流れてきてくれるんだけど……本当に貴重だから、この世界でもかなり重用されるんだ。まあ最終的には、元の世界に帰ってしまうんだけど」

「この世界に残りたい人はいないの?」

「いたよ。恋人が出来たり、ちやほやされたがったり、元の世界の政情が不安定だったり、元の世界を憎んでいたり……。でも全員帰した」

「どうして?」

「歴代の王がそれを望まなかった。政治的に不安な要素だからだろうけど」


 遠弥は空っぽの鍋に気づいて、蓋を閉めた。


「遠弥は、私の世界についてどう思ってる?」

「そうだな……楽園みたいだ」

「いい所だけど、さすがにそんなことないよ」

「分かってる。冗談。この世に楽園なんてあるわけないからね」


 遠弥らしい、現実的な回答だ。


「……こうして喋ってると、なんだか少し、懐かしくなるね」


 改めて、帰りたいな、と思う。


「家族に会いたい?」

「もちろん」

「家族想いだね」

「遠弥ほどじゃないと思うけど……」

「なんで母親と喧嘩したの?」


 直球だった。

 こういうことを私に尋ねてくる人だとは思ってなかったので、私はそれに驚いた。


「別に責めてるわけじゃないよ。家族喧嘩くらい、普通はするんだろうし。ただ少し気になったんだ。あんたはすごく、家族のことを大切に思ってるみたいだから」


 案外、私のこと、よく見てくれてるんだなあ、と思った。


「話したくないならいいよ」

「ううん。あの……おばあちゃんから、この、赤いネックレス――首飾りを探して、持ってきてほしいって頼まれたの。私はそれを優先したかったんだけど、お母さんが止めようとして……無視しちゃったの」

「ふーん。なんで止められそうだったの?」

「その、先にやるべきことをやってからにしたら? みたいに言われて」


 遠弥は一瞬黙って、


「先にやるべきことは先にやるべきだろ……」


 正論だった。私も今はそう思う。


「でもこの赤い首飾り、私にしか見つけられなかったと思うから……だから、絶対優先したくて」

「はあ。隠されでもしてたって?」

「うん。……私が小さい頃、隠したから」


 幼い頃、勝手にこの赤い首飾りを触ったことがあった。赤い石がきらきらと輝いていて綺麗だった。あっという間に虜になって、勝手に手を伸ばして触れた。そして、自分が一番触りやすいようにという勝手な都合で、棚の一番下に移動し、隠した。

 おばあちゃんの大切な、宝物だったのに。


「私は、そんなこと全部忘れて、……最近、おばあちゃんにそれを見たいって言われて、やっと思い出したの。私がそれを、隠したってこと。だけど私は卑怯だから、誰にもそれを言えなくて、黙ってて……。だから、それを、誰にもバレないように回収して、何もなかったみたいにおばあちゃんに渡すつもりだったの」


 私はずるい、卑怯者だ。

 自分の過ちを誰かに言う勇気がなくて、結局、お母さんとも喧嘩した。

 そして、それきり離れ離れになってしまった。


「……私の話は、これでおしまい」


 遠弥の反応が怖くて、恐る恐る顔をみた。

 彼は、


「くっ…だらねー!!! なんだよそれ!」


 吠えた。


「くだっ、私は真剣に、」

「いや深刻な顔してたから、なんかもっとこうぐちゃぐちゃした後味の悪い思い出でもお出しされるのかと思ってたらしょーもねー! そんなこと今まで引きずってんの? そんな深刻そうな顔して?」

「だって私、おばあちゃんの宝物を隠したんだよ? 勝手に!」

「子どもの頃にしたことじゃん! 子どもなんて皆後のこと考えない馬鹿ばっかりなんだからさあ! しょうがないだろ! それともなに? あんたの大事なおばあちゃんは、孫が、しかも小さい頃の孫が、そんな悪戯したくらいで怒るような人間なのか? そうなのか?」

「そんなことない、と思うけど、でも私、黙ってたんだよ? 自分が隠したって。それで結局お母さんとも喧嘩して……」

「だからなんだよ! 謝ればいいだけじゃん。なんとでもなるだろ? 木っ端微塵になるまでぶっ壊したとか、黙って売り払って金にしたとかならともかくさあ。謝ったら絶対許される程度のことで深刻ぶるなよ。いい子ちゃんはこれだから……」

「い、いい子なのはいいことじゃん! 悪い子だったら、悪い子だったら、誰も相手なんてしてくれない!」

「……それは、そうだけど」


 遠弥は溜息をついた。


「大したことじゃないんだから、あんたの『お母さん』とは仲直りできるうちに仲直りして、『おばあちゃん』にはさっさと謝罪なりなんなりして、すっきりすることをお勧めするよ。ちゃんと話せるうちに話しておいた方がいい。……要らない世話だとは思うけどね」


 遠弥は一気にそれだけ言うと、「ごちそうさま」と両手を合わせて立ち上がった。私も慌ててごちそうさまをして彼の後を追う。彼を放っておくと、一人でさっさと後片付けをしてしまう。

 二人で後片付けをしながら、私は遠弥の最後の言葉について考えていた。

――話せるうちに、ということは、遠弥にはもう、話せない人がいるということだろか。


「……」


 さすがにそこまでは聞けなくて、私は黙々と食器を洗った。




 ふと、遠弥に話していて思い出したことがある。

 子どものころ、勝手に赤い首飾りを触ったあと、どうしたのかはわからないが、迷子になった記憶がある。

 今思うと、勝手に誰かの大切なものに触れた罰が当たったのかもしれない。

 幼い頃のことだから、あまり詳細は覚えていない。

 ただ、見知らぬ少年と遊んだ思い出がある。最初、意地悪をされないかと警戒していた私に、とても優しくしてくれた。年上には見えないのに、私のよく知る同い年くらいの子どもたちより、大人びていた。


「お家の人が心配しているといけないから、そろそろお家に帰ろうね」


 ちょっとだけ遊んだあと、彼は手を繋いで、家に帰る道を案内してくれた。

 そしてそこでばいばいした。


「帰り道では、絶対に、振り返ってはいけないよ」


 彼の言葉で特にしっかりと覚えているのは、その意味深な忠告だ。

 ただ、その後のことは何も覚えていない。早く帰りたくて、まっすぐ走った気もするが、正直なところ、記憶にない。

 行方不明になったと騒がれた思い出もないから、たぶんすぐに帰れたんだと思う。


「……」


 なんとなく、首飾りに触れる。

 赤い首飾りに触れて、どこかへ行き、そして帰った。

 今の状況と、似ている。


「……この世界に来た、とか?」


 なんとなく呟いた。そしてすぐに寒気がして、布団に潜る。


「そんなわけない」


 だってあの時はすぐに帰ることができた。今とは違う。


(本当に?)


 今が、おかしいのだとしたら?

 なにか事情があって、引き止められているだけだとしたら?

 一瞬ゾッとした。

 が、すぐに自分の日頃の生活を思い出し、考え直した。


(私なんかを? ないない)


 家事をして、遠弥の帰りを待つだけの毎日だ。ありえない。ありえないだろう。

 そう思いながらも、その夜はなかなか寝付けなかった。

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