第93話 1つの結末
「クッ……私はまだ戦えます」
「もう諦めるんだ!」
サフィラと勇者アクセルが、イリアとアルベールを追い詰めていた。アニス王国の玉座の間で2人はボロボロになっている。
王城の外で戦っていたアルベールは、サフィラにここまで吹き飛ばされた。その際に出来た大きな穴が、王城の天井にぽっかりと空いている。
戦闘中にサフィラの一撃からイリアを庇ったアルベールは、腹部に大穴が開き玉座にもたれ掛ってぐったりとしていた。
そんな彼を額から血を流したイリアが守っている。サフィラや勇者アクセルの一撃は特別な効果があるらしく、イリアとアルベールの傷が中々回復しない。
明らかに追い詰められた状況だが、それでもイリアはまだ諦めていなかった。
「もう良いでしょうイリア? 大人しく従いなさい」
「ミアを守れなかった貴女を信用しろと? バカを言わないで下さい」
「その事と貴女がやって来た事は別です」
イリアの在り方は自分にも他人にも厳しい。賛同出来る者だって確かに居るが、多くの者には着いて行くのが難しい。
ましてや世界規模ともなると、賛同出来ない者の方が多くなる。どうしてもサフィラの方針の方がより多くの人々に支持される。
それでも強行に推し進めた結果が戦争であり、それにより失われた命は非常に多い。イリアにとっては必要な犠牲であったが、世界にとってはそうではない。
イリア派とサフィラ派に分かれた神々の代理戦争は、自由と平和を願う人々に軍配が上がった。
イリアの支配はどうしても自由とは遠い。弱者には厳しく強者でなければ生きられない世界だ。
アニス王国の人々や魔族達の様に、全ての人々がそう在れる訳では無い。
「本来なら貴女を罰する必要だってあったのですよ?」
「情けをかけたつもりですか?」
「そうではありません! この世界と、貴女の為です!」
神殺しを成したイリアは、上位の神々から罰せられる可能性があった。しかしそれを阻止したのは他ならぬサフィラである。
イリアの手でアニス王国が発展したのは事実であるし、魔族達に停戦や和平の道を選ばせてみせた。
その功績は軽視出来る程軽い内容ではないし、その点についてはサフィラも評価している。
だが世界を支配しようとするのを許す訳にはいかない。互いに手を取り合って世界を守ろうというならサフィラも協力する。
しかしミアの件でイリアはサフィラが信用出来なくなっている。だからこその対立であり、こうして本気の戦いへと発展した。
「諦めて投降してくれ! 他にやり方だってある筈だ!」
「あの戦いを知らない貴方に、何が分かると言うのです?」
イリアはアクセルの提案を拒否する。どうあってもイリアはサフィラと手を取り合う気にはなれない。
この戦いはかつてのアルベールが起こした戦いと良く似ている。対象が異性ではなく、根源にあるのが友愛という違いだけ。
誰かを失った悲しみが故の、世界を変える戦いだ。同じような理由で世界の統一を願ったという点では、イリアとアルベールは良く似ている。
だからこそお互い惹かれ合ったのだろう。アルベールもイリアの気持ちが良く理解出来るからこそ、こうしてギリギリまで付き合い続けた。
例えこうしてボロボロになろうとも、後悔などしていない。むしろ申し訳ないという気持ちで一杯だ。
「すまない……イリア……」
「貴方が謝る事ではありませんよ」
まるで愛し合う2人を引き裂く様で、アクセルは複雑な気分になる。イリアの言いたい事や、やりたい事は理解出来る。
だがその方法は苛烈であり、彼らから見れば十分悪である。到底認める事は出来ないが、しかしこの世からの消滅を願う程に悪しき存在とは言えない。
確かに多くの命を奪いはしたが、ではイリアしか戦争を起こさなかったのかと言えばそうではない。
イリアとアルベールを倒せば、この世から争いが無くなるわけではない。むしろルウィーネやグライアの様に、イリアの方針に賛同した国々は反発するだろう。
それらの国々にも一旦は勝利したが、国民達の考えまで変わりはしない。
「イリア! これ以上続けるつもりなら、封印するしかなくなります!」
「どうあっても私達は手を取り合えない! ここで諦める訳には参りません!」
「お待たせしました勇者様! サフィラ様!」
どうにかして巻き返す為に魔法を放とうとしたイリアの目に、1人の幼い少女の姿が映る。
どう見ても10歳ぐらいで、こんな戦いの場に来るべき存在ではない。この世界では珍しくもない、ありふれた金髪の可愛らしい少女。
子供の頃にミアが着ていた、見覚えのある聖女の正装を纏った少女。その姿を目にしたイリアには分かった。
その魂が誰の者なのか、見ただけで分かった。イリアが怒りと後悔に染まっていたから見逃したのか、それともサフィラが匿っていたのか。
唐突に現れたその少女は、あまりにも見覚えが有り過ぎた。外見は違うし、別人なのも分かる。しかし宿した魂はミアのものである。
「危険です! まだ貴女は下がっていなさい!」
「す、すみません! どうしても気になって」
「くっ……私は……」
サフィラも意図的にここに呼んだのではないらしく動揺している。当然イリアも動揺しており、魔法を放つのを躊躇っている。
ここでミアの魂を宿した少女を巻き込む気にはなれない。それでは何の為に戦って来たのか分からない。
その躊躇いが生んだ僅かな間を狙って、サフィラの封印術式がイリア達に向かって放たれた。
イリアは抵抗を試みるが、やはり格上の力である為に効果が薄い。イリアとアルベールに神の鎖が纏わりつき、その自由を奪う。
よろけたイリアを、ボロボロになったアルベールが強引に支える。鎖に絡まれた2人の足下から、少しずつ水晶の様な物体が2人を包み始める。
敗北を悟った2人だったが、それでも悲痛な表情を浮かべてはいない。
「すまないイリア。また、こうなるとは……」
「仕方ありませんよ。それに今度は、貴方1人ではありませんよ」
お互いの体を寄せ合う様に、2人は互いの体重を預け合う。例え封印されよとうも、2人はずっと永遠を生きる者同士。
その目的自体は果たせているのだから、悲壮感に包まれる必要はない。本来ならば、イリアが神になれるかも分からなかったのだ。
それさえ果たせているのだから、やり直すチャンスはまだある。それにイリアには予感があるのだ、まだこれは終わりではないと。
いつか必ず、サフィラ1人では解決出来ない時が来ると。それまでアルベールと2人、封印されているのも悪くない。イリアは気持ちを切り替える事にした。
「そこの小さな聖女さん?」
「はっ、はいっ!」
「何か困った事が起きたら、私の下へ来なさい。これからを生きる聖女達に、そう伝えておいて下さいね?」
ミアの魂を持つ少女には、その意味が良く分からなかった。だけど何故か、凄く大切な約束に思えた。
遂には大きなクリスタルが完成し、その中央には封印されたイリアとアルベールが居た。
こんな結末の為に自分は戦ったのかと、アクセルは自問自答する。本当はただ、認めて欲しかっただけではないのかと。
どこにでも居るスラムのガキではなく、1人の男性として。そんな自分の気持ちに気付いたアクセルの手から、立派な剣が滑り落ちた。
床に落ちた剣が奏でる音が、玉座の間に虚しく響いていた。
このアクセルのオチは最初から決めていた作者の性癖詰め合わせセットです。
幼い頃に憧れて、でも憎んでもいて、けど大人になったら理解も出来て、今は敵同士なんだよねっていう拗らせた感。
そんな可哀想で可愛い青年って良いよね~~っていう。