第92話 対決の時
イリアとアルベールが大陸の7割を支配する所までは順調だった。しかしサフィラが新たな勇者を認定してからは、徐々に形勢が不利に傾いていく。
支配していた地域を奪い返され、徐々に追い込まれていった。人々の信仰や畏怖が必要である為に、以前ほど簡単に人を殺せない事が2人の足を引っ張り続けた。
全く手を出さなかったわけではないのだが、それではどうしても決め手に欠けてしまう。最高戦力が自由に戦えないのは大きな足枷だ。
それにアルベールとイリアがサフィラと拮抗する事は出来ても、勇者や聖女の様な存在を生み出す事が出来ない。
世界の管理を任された神ではない2人に、全く同じ事は出来ない。眷属は生み出せるが、勇者や聖女の様な特別な力を与える事は出来ない。
イリアが特別だっただけで、彼女の後継者が存在していないのは大きな痛手である。
「そこまでだ! 女王イリア!」
「ここまでひっくり返されるとは思いませんでした」
「もう諦めろ! 残っているのは貴女とアルベールだけだ!」
勇者に任命されたアクセルを中心に結成された特別部隊が、イリアとアニス王国の玉座の間にて対峙していた。
アルベールは王城の外でサフィラと激しい戦闘を繰り広げている。これが実に厄介な所であり、サフィラとアクセル達を同時に相手をすると非常に面倒なのだ。
それ故に分断する必要があり、仕方なく二手に分かれて行動している。神としての格がどうしても劣る以上は、こうするしか取れる手段がない。
先にアクセル達をイリアが倒し、アルベールに合流するのがイリア達の唯一の勝利条件である。
ただ厄介なのが勇者という肩書だ。ほぼイリアと互角になる程の力を与えられており、ただ強力な魔法を撃ち込んだぐらいでは死なない。
それだけサフィラが本気だという事だ。そして問題はそれだけではない。
「アクセル、俺達がついてるからな!」
「漸くここまで来たのです、負けられません!」
「私達がこの戦いを終わらせるんだ!」
それはアクセルと共にいる仲間達である。勇者と共にいる人類は、アクセル程ではないがその加護を受ける事が出来る。
彼らの強さはかつてのエヴァを大きく凌ぐ程である。単独ではイリアには劣っていても、こうして束になればイリアを打倒する可能性がある。
更に言えばアクセルを含めた4人の人間達は、全員がイリアと何らかの形で因縁がある。
モーランがまだ共和国だった頃、評議会で働いていた議員の息子。オーレル帝国から逃げ延びた元王女に、サーランド王国で働いていた宮廷魔導士の娘。
そして元アニス王国で商人の家庭に生まれたアクセル。全員イリアが関わった事で親が亡くなっている。つまりこれは因縁の対決でもあるのだ。
「私とアルは諦めません」
「もう無理だって分かっているだろ!」
「いいえ、私達は永遠を生きる者。幾らでもやり直す事が出来ます」
災厄の魔女として歴史に名を残す事になったイリアは神の地位についている。その命は基本的に無限であり、寿命という概念もない。
ここまで追い詰められようとも、ここで勝てば仕切り直す事は可能だ。諦める必要などどこにもないし、まだイリアもアルベールも負けてはいない。
そうである以上は抵抗するに決まっている。イリアが神になる前ならば、死ぬ可能性があった。この全面対決は避けねばならなかった。
しかし今はそうではなく、全力でぶつかって勝つべき戦いなのだ。イリアには譲れないものがある。
かつて友を守れなかった過去は、10年以上経った今もずっとイリアの後悔として残っている。
「貴方達は分かっておりません。サフィラのやり方は甘過ぎる」
「貴女は厳し過ぎるんだ! 着いて行けないんだよ!」
「だからと言って、後で悔いても遅いのです」
サフィラの在り方は理想主義だ。確かに平等で誰にでも優しく、そう在れるならば一番良いだろう。
対してイリアは徹底した現実主義である。強くなければ奪われるから。理不尽な出来事はこちらの都合なんて考えてくれない。
だからこその強者重視の世界を作ろうとした。ミアの様な悲劇が、かつて自分が捨てられた時の様な問題が起きない世界を目指した。
全てを徹底してイリアが管理する、そんな世界を求めた。いつかミアの魂が再びこの世界に戻った時、また悲劇に遭わずに済む様に。
今のイリアはただアルベールとの未来だけを願う少女ではない。友の未来を守りたい、1人の大人として戦っている。
「ならせめて話し合いだけでも!」
「お断りしますわ。サフィラと私では目指すモノが違い過ぎる」
「クソッ! 何故分かってくれないんだ!」
大人になったアクセルは、もうイリアに復讐したいとは思っていない。ここまで戦って来て、イリアがただ厳しいだけの下種ではないと理解した。
特にアニス王国での戦いは熾烈を極めた。イリアを慕う人々が、必死の抵抗を続けて来た。
ただ理不尽な方針で国を運営していた女王ならばそうはならない。救いを求めてアクセル達を迎え入れただろう。
それはアクセルの仲間達とて同様である。イリアは女王として、確かに国民達には認められていたのだ。
しかしだからと言って、侵略戦争を認める訳にはいかない。ここで止めなければならない。お互いに譲れない想いはぶつかり合い、戦いは激しさを増していった。
92話と93話は追い込まれた2人というエピソードになりますが、雑にバッドエンドにしようという意図はありません。最終話に向けて、敢えて入れています。