第91話 アニス王国の快進撃
脅威の魔法を使用したアニス王国の女王イリアは、聖王国サリアを消滅させた日から災厄の魔女と呼ばれる様になった。
その名は瞬く間に世界中に広まっていき、最終的にはハルワート大陸以外の大陸まで知れ渡った程だ。
今では邪神アルベールと並ぶ恐ろしき神として恐れられており、知らぬ者は居ない程に有名である。
特に現在も大きな争いが続いているハルワート大陸では、多くの人々がイリアを恐れている。
しかしそれは敵対した国家での扱いだ。イリアの治めるアニス王国やその同盟国で、イリアの味方をしている人々の評価は真逆である。
身勝手な別世界の神から、この世界を守ってくれた頼れる強き女王として認識されているのだ。
それに彼女のお陰で発展もどんどん進んでおり、彼女の統治下で暮らす人々は幸せな日々が送れている。
例えばかつては中央都市ファニスの裏通りにあった『止まり木』というバーは、表通りに進出している。
現在はこの都市でもトップクラスの規模を誇る飲食店になっている。そこでは傭兵達が相変わらず飲み明かしている。
「おいおい聞いたかよ、またうちが勝ったらしいぜ」
「流石だな。もう大陸を制覇するのも時間の問題じゃないか?」
「反抗する奴らの気がしれないぜ。こんなに便利な生活が送れるってのによ」
聖王国サリアが消滅した日から10年程の期間で、アニス王国の発展はかなりの早さで進んだ。
今では中央都市ファニスの生活水準は世界最高峰であり、並ぶ都市はないと言われる程の便利さを誇っている。
地球から得た知識も活用して作られた様々な魔道具が流通し、今では地球以上の技術レベルを誇っている。
魔法と科学の融合によって生まれた、新たな文明と言っても良いだろう。だからこそここで暮らす人々には、アニス王国の傘下に収まる事を嫌がる理由が分からない。
素直に従えばそれで幸せになれるのにと、ただただ疑問に思うばかりだ。
「今じゃあ魔族だって仲間だってのによ」
「まだ俺は慣れねぇけどな」
「勿体ねぇぞ? 魔族でも美人は居るんだからよ」
10年前、正式に魔族の国グライアがアニス王国との同盟を結んだ。魔族の上層部がイリアの強さを認めざるを得なくなり、敵対するよりも味方をする道を選んだ。
最初の間は国民同士がぎこちない関係にあった。しかしアニス王国も傭兵が集まって出来た国だという歴史があり、強さこそが全ての魔族とは親和性が高かった。
結果として両国の関係はわりとスムーズに進んだ。そもそも魔族も元は同じ人間だという事実が、イリアとアルベールによって公表されたのも大きい。
同盟から5年後、海洋国家ルウィーネの女王ミランダが魔王ガルドと結婚した事も大きな後押しとなる。
それ以来アニス王国やルウィーネでは人間と魔族の婚姻が増えて来ている。
「なあ大将、あんたも魔族の女を狙ってんだろ?」
「おいまじかよアーロン!?」
「ばっ! お前、どこで聞いた!?」
カウンター席で酒を飲んでいた傭兵が、店主のアーロンに話題を振る。50代となったアーロンは、そろそろ情報屋を引退しようと考えていた。
そのついでにいい加減落ち着こうと思い、共に余生を過ごす相手を探していた。彼はそんな中で知り合う事になった、魔族の女性とわりと良い関係を築いていた。
だがそれは秘密であり、隠していた筈なのに何故知っているのかとアーロンは慌てる。情報屋をやっているだけあって、情報の管理は完璧にしている。
魔族の女性とも2人きりでしか会っていない。どこから漏れたのか、彼には全く見当がつかない。
「この前イリア様に聞いた」
「…………はぁ、あの人かよ」
「がははは! 流石に女王様は口止め出来ねぇわな!」
イリアは今でもこの店に通っている。神となったからと言って、全知全能になったわけではない。
都市に生きる人々の意見や、感情を知る事は重要視している。また転生者騒動の様な何かがあるかも知れないという懸念もあるからだ。
それにイリアは城内で高い酒を飲むよりも、こう言った場でアルベールと飲む方が好みである。
単純にそんな理由もあって、たまにリーシェやアルベールと共にフラッと現れるのだ。
今や神であるイリアは、人類からの信仰や畏怖を集める必要もある。傭兵達の様なイリアの支持者達と接点を持つ意味もある。
「ったくあの方は本当にもう、自分は結婚したからってよぉ」
「まあ良いじゃねぇか! で、どうなんだよ実際?」
「ちょっとぐらい教えてくれても良いだろアーロン?」
そんなバーでのひと時と同じ様な光景が、アニス王国では日常である。平和で安全で裕福な暮らしが続いている。
しかしその一方で、真っ向から対立しているイリアとサフィラは世界を賭けた熾烈な争いを繰り広げている。
かつてのアルベールと同じく、ミアが死ぬ様な事態が起こらない世界にすると決めたイリア。彼女は大陸を、世界を全て支配下に置くつもりでいる。
その為の侵略を続けており、大陸各地での争いは絶えない。かつてミアがイリアに伝えた様に、全員がイリアの様に強い意思を持つ事は出来ない。
だからこその反発により、従わない国も多くある。それに彼らは怖がっているのだ、一撃で国を消してしまえる災厄の魔女の力を。
そんな人々を守ろうと、サフィラは彼らの味方をする。今のイリアが神として存続する為には、そう簡単に国や人を消して回るわけにもいかない。
あくまで戦争という形で支配地域を広げる地道な争いを、イリアはどうしても選ばざるを得ない。
そうして世界の方針を賭けたイリアとサフィラの戦いは、人類を巻き込みどんどん激化していった。