第89話 得たモノと失ったモノ
※暴力表現があります。
分身体はイリアにより物理的に潰され、本人もサフィラに撃退されて自らのテリトリーに戻って来たエヴァ。
殆ど敗走と言っても差し支えない状況だが、エヴァはこの結果にそれなりに満足していた。
一応はある程度の復讐が果たせたし、サフィラとイリアが相当腹に据えかねているのは伝わった。
イリアにあっさりと撃退された事はやや不満が残るものの、とりあえずの目標は達成出来た。
エヴァは慢心していた、神という立場に。やった事はせいぜい人間や世界に悪影響を与えた程度。その程度で大きな罰は受けないと高を括っていた。
それにサフィラによって、あちらとこちらの空間の境は障壁で閉ざされている。この状況では人間に過ぎないイリアには何も出来ないと思い込んでいる。
「これでアイツも思い知ったでしょ。神と人間は生きる世界が違うのよ」
殆ど手も足も出せずに敗北したというのに、絶対的安全圏に逃げ込んだからと態度を大きくするエヴァ。
そういう所が実に小物感を醸し出しているが、本人にはその自覚がない。ここ最近の苛立ちをある程度解消出来たからと、再び地球の人間達を弄ぶ事に決めたエヴァ。
イリアに敗北した事で知った、弱者で遊ぶ楽しみ。散々これまで悩まされて来た人間達に、その分を返してやると言わんばかりに好き放題だ。
どうせ誰も気に掛けていない世界なのだから、今更どうしようと自分の勝手だろうと彼女は弱者をいたぶる。
「くふっ! バカみたい」
「ええ、貴女は大馬鹿ですわね」
「なっ!? お、お、お前、どうやってここに!?」
突然背後に現れたイリアに、驚いて飛びのくエヴァ。自分ですら突破出来なかった障壁を、どうやって突破したのかとエヴァは訝しむ。
その理由は簡単で、イリアはサフィラの研究をして来たからだ。彼女が使う神の力や障壁等を生み出す時の癖など、アルベールからも聞いて色々な事を調べて来た。
そこにエヴァの分身体から少量ながらも神の力を得た事で、人類から神寄りの存在になり障壁の一部を崩す事が出来た。
だからこうして、世界の境を越えて再びこの場所に来る事が出来た。そんな事は知りもしないエヴァは、どうにか切り抜けようと必死だ。
「お、お前! 分かっているのか? アタシは神だ、下手な事をすれば大問題になるぞ」
「だから何だというのです? そんな事、私には関係ありません」
「は、はは、何だよ。アンタ1人みたいだね? ならあの時みたいにはいかないね」
アルベールが側に居ない事に気付くと、途端に強気になるエヴァ。分身体を殺された時の恐怖が一瞬蘇ったが、あれは分身体だから殺せただけだ。
人間がどれだけ力を持とうとも、神を完全に殺す事は出来ない。一度神となった存在は、ケガを負ったとしても回復する。
仮に致命傷を受けても再び蘇る事が出来る。アルベールの様に格上の神でもない限りは、その再生力を阻害する事は出来ない。
まだ自分は死なないと思い込んでいるエヴァは、今の置かれた状況に気がついていない。格上のアルベールが居ない今なら、逃げ切れば何とかなると思っていた。
「逃がすと思いましたか?」
「カハッ!? お、お前、一体」
「さあ、始めましょうか」
イリアは分身体にした様に、再びその腕でエヴァの喉元を掴み持ち上げる。あの時と同じ様に、エヴァはイリアの拘束が解けない。
今度は手足を吹き飛ばされなかったが、その代わりに容赦なくイリアはエヴァの首をへし折った。その瞬間にだらりとエヴァの体は力を失う。
一度死亡したエヴァだったが、数秒後には再び復活を遂げ折られた首も元通りに復元している。
何の躊躇いも無く首を折りに来たイリアに驚きつつも、やはり完全には殺せないのだとエヴァは確信する。
これが人間と神の間にある明確な差であり、人間では越えられない大きな壁だと勝ち誇る。
「く、くくっ、無駄な、行為、だ」
「さあ? そうでしょうか? では続けましょう」
「ま、まっ、まて」
再びイリアはエヴァの首を容赦なく折った。またのその数秒後にはエヴァが蘇生する。目を開けたエヴァとイリアの視線が交差する。
その時になってエヴァは漸く気付いた、イリアの瞳に込められた異様なまでに鋭い殺意の念に。
コイツは殺せずとも心を折りに来ているのだと理解した所で、抵抗しようとしたがすぐに首を折られてしまう。
そしてまたエヴァは復活し、抜け出そうとしたらまた首を折られる。それを数度繰り返した事でエヴァは理解した、これはミアにやった事への当て付けなのだと。
だが分かったからと言っても抜け出せない。イリアを振りほどくだけの力がエヴァにはない。
「こ、これで、満足、かよ」
「いいえ? 貴女の全てを奪い去るのが目的ですわよ」
「な、なにを……」
エヴァはまだ数回の死では理解出来ていなかった。イリアの本当の目的がなんなのかを。
自分がエレナに与えた異能、それがヒントになって完成した魔道具。未完成であり本来の性能は発揮していないが、神であっても殺せばその力を奪えたのだ。
イリアとアルベールの解釈が、相手から能力を吸収するという原理であった事が影響した。
これが単なる人間が作成した魔道具ならば、ここまでの効果を発揮しない。だがこれはサフィラの眼を盗んで作成した、言わば神具とも呼べる代物。
流石に制作者のアルベールより上位であるサフィラにまでは、この効果を期待は出来ない。
しかし格下のエヴァであれば、こうして殺す度に神の力を吸収していく。一度に全て吸収出来ないのは、未完成だからこそなのだろう。
「ぐっ……あ、あれ?」
「おや、今頃気付きましたか? 貴女の全てを奪うという意味が」
「ま、まさか、まって、そんな、バカな」
自分の力が徐々に弱まっている事に気が付いたエヴァだったが、もう今更どうにもならない。最早エヴァの力の半分程はイリアに奪われてしまっている。
それに聖王国サリアを消し飛ばす程の魔法を使った事で、イリアには恐怖の念が集まり始めて来ている。
まだやったのがイリアだと特定されていないので、あの爆発を起こした何者かという漠然としたイメージしかない。
だが神罰の様な一撃であった事から、許しを乞う人々まで現れている。その様な人々の畏怖が、神の力を吸収し始めたイリアに集まりその力を増していく。
信仰や畏怖が神としての存在と力を確実なモノとしていく、世界の仕組みがイリアの存在をより神へと押し上げていく。
「本当に迷惑でしかありませんでしたが、丁度良い踏み台にはなりましたよ」
何度も何度も首をへし折られたエヴァは、その全てをイリアに奪い尽くされ最後には消滅した。
こうしてイリアは、アルベールと同様の存在になるという目標を果たしてみせた。想定とは違う方法であったが、その事自体は喜ばしい事である。
しかしその代償は、親友の命であった。その事実に虚しさを覚えたイリアは、暫くその場に立ち尽くしていた。