第88話 対峙する暴君と女神
世界の外にある次元の狭間。様々な世界と繋がる神々の空間。その何もない場所で、イリアとアルベールは女神サフィラと対峙する。
イリアの紅い瞳と、サフィラの紺碧の瞳が交錯する。共にどちらもが、相手を非難する意思を込めた眼差しである。
イリアはサフィラの不手際について、そしてサフィラは過剰な報復について不満を募らせている。
「やり過ぎで済む範疇を超えていますよイリア」
「貴女がちゃんとしていれば、ここまではしていません」
「ミアの事については私も当然許すつもりはありません。あちらの世界に対してそれなりの措置を行います」
サフィラとて、自身の見定めた聖女を殺されて黙っているつもりはない。何度もこの世界に干渉し、十分攻撃と判断出来る行為を繰り返された。
これはもう神としての権限を剥奪しても良い領域にある行動である。サフィラは然るべき相手に報告し、それ相応の処罰を与えるつもりでいる。
だがそれよりも先に、イリアが動いてしまった。操られて認識を改変されていたとは言え、民も含めて聖王国サリアごと吹き飛ばすのは明らかに過剰な報復である。
確かに人間同士の争いにサフィラは干渉しないが、今回の事に関しては口を挟まずには居られなかった。
「民達は元に戻す事も可能でした」
「そんな事は知りません。ミアを殺した国である事実は消えません」
「貴女はどうしてそう極端なのです!?」
イリアが非常に極端な性格をしているのは間違いない。興味のない存在に対しては本当に情け容赦がない。
他人が生きようが死のうが、殆ど気に留めていない。全ては自分の為になるかならないかで、ならない存在は簡単に切り捨てる。
今回の件で言えば、ミア殺害に手を貸した国の人間は存在価値がない害虫だとイリアは判断した。
操られていたかどうか等、イリアには知った事ではない。何であれ罪は罪として纏めて吹き飛ばしただけだ。
ミアを殺したのに、彼らがのうのうと生きる事を許すつもりは無かった。一撃で消し炭になっただけ、十分な温情は与えたつもりでいる。
元々イリアには弱者を無駄に苦しめる趣味がないというのもあるが。
「もう良いですか? 私はあのゴミを始末しに行きますので」
「待ちなさいイリア! 貴女、神を殺すつもりですか!?」
「ええ。あの様な害悪、ここで殺す方が良いでしょう」
「それは貴女が決めて良い事ではありません! 神々が決める事です!」
神には神のルールがあり、全ての神はその内容に従う。だがエヴァやアルベールの様に、人が神になった場合は少々特殊だ。
アルベールの様に神として成り上がるつもりが無い者は、担当するより上位の神に管理される。サフィラとアルベールの関係性が正にそうだ。
そしてエヴァの様に立場の向上を目指す場合は、サフィラと同じくルールに従い担当する世界の管理をせねばならない。
そのどちらであっても、処罰を決定するのは創造主と最高位の神達と決まっている。人間のイリアにエヴァの処遇を決める資格はない。
「神のルールでは、ミアを守れなかった」
「それについても、こんな事があったのだから見直されます!」
「知りませんわそんな事。それでは私の気が晴れませんので」
あくまでもルールを重視するサフィラと、個人的感情を重視するイリア。交わる事のない平行線であり、これまでと変わらない。
サフィラのやり方とイリアのやり方は何もかもが合わない。イリアにも彼女なりの優しさはあるが、それを受けられるのは選ばれた者だけ。
対してサフィラの優しさは、誰しもに平等に向けられる。どう足掻いても手を取り合う道が無い、決定的なスタンスの違いが2人の間にはある。
お互いがお互いを理解出来ないのではなく、分かっていても合わせる事が出来ないのだ。互いに譲れないラインがあり、今回はその違いが明確に出ている。
「駄目ですイリア、止まりなさい」
「いいえ、行かせて貰います」
「行くが良いイリア、この場は任せておけ」
睨み合う2人の間に、アルベールがイリアの庇う様にして立ちはだかる。まだ戦力的に2人掛かりでもサフィラに勝つのは難しい。
2人の計画は道半ばであり、真っ向から戦える状態ではない。しかしアルベールがサフィラの足止めをするぐらいならば可能だ。
負けない様にしながら、この場に釘付けにするぐらいなら今の戦力でも十分だ。これは勝つ為の戦いではなく、イリアを行かせる為の時間稼ぎ。
なるべく手の内は晒さず、しかしサフィラをここで抑える重労働だ。だがこの作戦が上手く行けば、2人の計画は大きく前進させる事が出来る。
分かり合っている2人は、ここで話し合いをする必要はない。アルベールの意思を汲み取ったイリアは、彼を信じて行動に移す。
「アル、無茶はしないで下さいね」
「難しい注文だが、善処しよう!」
「待ちなさいイリア!!」
サフィラの静止を無視して、イリアは何もない空間を飛翔する。向かう先はエヴァの担当するエリア。
エヴァの存在そのものを抹消し、ミアの仇を取る為に。そんなイリアの邪魔をさせない為に、格上との戦いをアルベールは開始する。
アルベールがサフィラに突破されてしまう前に、その全てを終わらせてしまわないといけない。
イリアは一瞬だけアルベールに視線をやると、前を向いてエヴァの下へと急いだ。