第86話 復讐に走る愚かな神
地球の管理を任されていた女神エヴァは、あれ以来イリアへの憎しみを燃やし続けていた。
それに抗議をして来たサフィラも気に食わなかった。自分とは違ってエリートコースを歩み続けているのが腹立たしい。
こんな外れの世界を任された自分とは違って、かなり質の良い世界を任されているのが憎らしい。
一度痛い目を見て片腕になっても反省の色など微塵もなく、自分は何も悪くないと思っている。
明らかに自分から招いた結果であるにも関わらず、身勝手な他責思考でイリアとサフィラ、そしてアルベールを憎み続けていた。
「あの女ぁ~~~!!」
美しかった顔は怒りと憎しみに歪み、イライラと腹立たしさを募らせ続けている。しかし真っ向から対峙したとて、人類であるイリアにすら勝つのは難しい。
その事がまた余計とエヴァを苛立たせる。ただの人間に良い様にコケにされた事実が、彼女の高いプライドをズタズタに引き裂いた。
せっかく人間から神へと昇華し、称えられ敬われる筈だったのに。それが今では無様な姿を晒している。
そのストレスから担当世界の管理は滅茶苦茶で、八つ当たりを地球で暮らす人類に向けて行っていた。
弱い者への嫌がらせで多少は気持ちが和らいでも、すぐにまた怒りと憎しみが沸き上がる。
「クソっ! あいつらのせいで! イリアぁぁ!!」
あの後すぐにエヴァはイリア達が何者か調べた。せめて嫌がらせをしてやろうとしたら、サフィラに対策を取られてしまった。
暫く色々と試してみたが、エヴァのいる領域からは何も出来なくなっていた。それでもどうにかして仕返しがしたい。
少しでもこの気持ちを晴らしたいという執念から、一旦別の世界を経由するという方法を見つけ出した。
無駄に悪知恵だけは優秀であるエヴァは、無関係な第3の世界も巻き込んでイリア達への嫌がらせを考える。
そしてエヴァは気付いた、イリアとサフィラの両者が大切にしている存在が居るという事に。
コイツを痛めつけてやれば、アイツらは傷つくだろう。そう考えたエヴァは行動を開始する。
「見てなよ、イリアぁ! お友達を滅茶苦茶にしてやるからさぁ!」
エヴァは先ず、自分の世界から送り込んだ転生者を探した。サフィラにまだ見つかっていなかった者を見つけだし、自分の分身体を1人の少女に植え付けた。
エヴァにしてみれば、自分の世界の魂をどう扱おうが自分の自由だと思っている。それ故に平気でその様な行為が行える。
この行動により罪なき魂が1つ失われてしまったが、そんな事を彼女は気にも留めない。
そうして分身体に行動を開始させると共に、エヴァ本人もまた次の段階へと移る。サフィラへの嫌がらせとして、少しずつ世界のバランスを壊していく。
エヴァの方が神としての格は低くとも、神としての力がある事には変わりない。知識を活かした姑息な手段を続けていく。
「くふふふ……良いのかなぁ? こっちばかっかり気にしていて」
エヴァの行動により、サフィラは外部からの干渉に手を取られてしまう。こんな行為を行う神は居なかった為に、サフィラはかなり手を焼いていた。
魔族領の異常はこの様なエヴァによる世界への攻撃の一部だった。大体はサフィラが対処していたのだが、転生者達への対処もあったのでキャパオーバーを起こした。
流石のイリアもこれには気付く事が出来なかった。アルベールも基本的に世界の管理には関わらず、イリアとの日々に集中しているので気付けたのはサフィラただ1人。
それに外部からの干渉だと理解したのはかなり後だ。最初は異世界から複数の魂を受け入れた事で、世界に異常が起きてしまったのだとサフィラは考えていた。
「さあ、始めようか」
エヴァの分身体が聖王国サリアへと到着した。分身体が使用するのは適当に与えたスキルなどではない。
正真正銘の神が行う奇跡である。彼女はその力を使ってサリアに住む人々を次々と操っていく。
それはもう洗脳なんてレベルではなく、意識改変の域である。認識を上書きされてしまった人々は、もう元に戻る事は無い。
ミアにはどうにも出来なかったのはそれが理由だ。ミアが生み出した精神の異常を治す魔法は、エヴァ力で認識を歪まされた人々には通じない。
徐々にミアが追い詰められていくのに合わせて、エヴァは世界への攻撃を更に激しくしていく。
流石にこの段階になると、サフィラも気付くが時すでに遅し。ミアは捕えられ、エヴァの分身体に痛めつけられていた。
「ぐっ!?」
「あはははは! 痛い? 痛い? でもアタシも痛かったんだからぁ!」
「くっ!? 一体、貴女は何がしたいのです!?」
エヴァの分身体が乱暴に振り回す鞭で、縛られたミアは何度も打たれている。それでも聖女であるミアは、この程度で根を上げる程軟弱ではない。
エヴァもまた今殺すつもりは無く、ただ鬱憤を晴らしたいだけだ。そしてこの映像をイリアに見せてやるつもりなのだ。
お前のせいで友人が酷い目に遭ったのだぞと。イリアが呑気に暮らしている間に、友人がボロ雑巾の様にされていたと知ればさぞかし苦しむだろうと考えた。
どこまでも醜悪で最悪で性格の悪い復讐だった。本人に直接手を出さない辺りがなお悪い。
「アンタを痛めつけたらさぁ、イリアがさぞ悔しがるだろうってね! あはははははは!!」
「っ!? ふっ、ふふ………………そういう事ですか。貴女はイリア様に負けたのですね? だからこんな事をしている」
「……何だって?」
「どうやっても勝てないから、あの方が怖いからこんな卑怯な事をしている。なら私は、絶対に貴方が喜ぶような事はしません!」
そこからのミアは、気丈に振る舞い続けた。どんな事をされようとも、決して折れない信念を貫き続けた。
例え殺される事になろうとも、イリアの親友として無様な姿は見せないと。それがまたエヴァには面白くなかった。
結局最後は断頭台でギロチンに掛けてミアを殺した。エヴァは自分の犯した過ちの重さに、気付く事は無かった。




