第84話 順調に進む発展
魔族領から帰還したイリアは、先ず溜まった仕事を片付けねばならない。ミルド公爵を中心とした新技術の開発、その確認と今後の方針について話し合う。
都合の良い事に魔族領で魔素の調整をした事で、新たな発展に繋がるアイデアが思い浮かんだ。
地中から湧き出ている魔素の量を少し増やす事で、農地の生育をより良く出来ないかとイリアは考えた。
「なんと! その様な事が可能なのですか!?」
「ええ。恐らくは可能でしょう。やり過ぎるとサフィラに怒られそうですが」
「居住地域の魔素も少し上げれば、人間の成長も促進できるやも知れんな」
「アルの案も良いですわね」
魔族領行きで得るものは無いと思っていたイリアだったが、案外悪く無い副産物を得られた。
上手く行けばアニス王国を更に強い国へと発展させられる。サフィラにバレない程度に留めるという微調整は必要となるが。
それにこの件に関してはバレた所で大した影響はない。サフィラの手が足りなかった結果、イリアとアルベールが調整方法を知ってしまっただけだ。
サフィラの尻拭いをしたから出来る様になった訳で、それに関して文句を言われる筋合いはない。
何よりアルベールではなくイリア自身が行えば、サフィラの言う神々のルールに背いた事にはならない。
それらしい理由付けは幾らでも出来る。何なら暗躍する為の囮として使っても良いぐらいだ。
「それで、新型魔道具の方はどうですの?」
「先ずはビニールハウスから着想を得た結界装置ですが、こちらはもうすぐ試作品が完成します」
「ああ、アレですか。一番簡単に作れそうでしたものね」
元々遮音効果を持った結界を張る魔道具が昔から存在していた。そこから応用するだけなので、開発の手間はそう掛からない。
これが完成すれば雨や雪を気にせず農業が行える様になる。冬季の食料生産が可能になったのは、国も国民も助かる話だ。
雪が降り始めるまでに全ての領地に行き渡らせる方向で話は決まった。こちらについては今更イリアとアルベールが手を加える必要はない。
ミルド公爵の采配に任せておけばそれで終わりだ。農地用結界装置についてはこれぐらいで十分だろう。
「それから自動車なる馬を必要としない馬車ですが」
「あれは少々厳しいのではなくて?」
「現状民間で使わせるのは難しいでしょう」
あの会議以降の調べでは、あちらの世界では道路交通法なる法律が存在しており、細かなルールが存在していた。
しかし転生者の知識には不明瞭な部分も多く、法を作成する上で不安な要素がやや多すぎた。
しかし大型トラックと呼ばれる運搬専用の車両については、実用性が非常に高いと思われ注目されている。
その点についてミルド公爵から説明があり、イリアとしてもその価値はあると判断出来た。
馬では運べる重量に限界がある。馬の数を増やして馬車を大型化すれば確かに運べる量は増える。
その変わりに要求される御者の練度もその分高くなるし、場所によっては通れなくなってしまう。
「そのトラックとやらが作成出来れば、商隊を組む必要も減り護衛のコストも減らせそうですわね」
「そうです、まさにそこが大きなメリットとなるでしょう」
「重力魔法の消費魔力を減らせたら、浮かせるという手段も取れそうだな」
アルベールのプランは将来的な目標として追加された。魔法で浮く事が出来れば川や山を越えるのも容易になる。
現在の飛行魔法では大量の荷物を運ぶ事は出来ないし、そもそも速度も大して早くない。
馬車を飛ばすという非効率的な方法とは違って、こちらの場合は速度も一度に運べる荷物量も段違いである。
こちらは完成すれば経済力も軍事力も、大幅に上昇させる事が期待出来る。攻撃魔法としての運用が中心だったが、これからは輸送関係に利用する研究も必要となるだろう。
なるべく早く消費を抑え、研究者達でも使えるレベルに落とし込まないといけない。
「重力魔法は課題が有り過ぎますわね」
「現状ではお2人しか使えませんからなぁ」
「まあそれは追々で。それより物資の搬入はどうなっています?」
実質傀儡政権となっているサーランド王国からは、続々と金属類が輸入されて来ている。
購入した量の8割ほどが既に届いており、あと1~2ヶ月程もすれば予定分の納品は終了となる。
ルウィーネの方からの素材も9割ほどが納品されている。こちらも大体予定通りで順調だ。
ただそれは別世界の技術を利用し始める前に行った取引だ。複数の新型魔道具を開発するには、追加の物資が必要となって来る。
ただそうは言ってもサーランド王国はほぼ言いなり、ルウィーネとは良好な関係である為それほど苦労する事は無い。資金も十分あるので追加購入は可能だ。
「ああそれから、騎士団長のカイル殿とエルロード家のマリオン殿から作りたい武具が出来たと報告が来ております」
「あの2人なら下手な使い方はしないでしょう。好きにさせて構いません」
「ではその様に手配します」
こうしてアニス王国は更なる発展へと向けて突き進んでいく。転生者騒動も落ち着き始めて来たので、後はサフィラとの決戦に向けた準備をするだけ。
この時イリアは、そう考えていた。ここから思いもよらない事態に発展するなど、彼女には想像出来る余地が無かった。




