第81話 ある意味真っ直ぐな男
魔王軍の精鋭達を含めたイリア一行は、魔族領にある霊峰エルレーネの頂上付近に来ていた。
アルベールの転移能力で来た為に、多少はマシとは言え狂暴化した魔物が集まって来ている。
暴走しているのかイリアやアルベールがその力を放出しても、怯える事なく向かって来ている。
むしろ魔族の方が怯える始末であり、無意味と判断して2人は元に戻した。平気だったのは大陸会議で直接見ていたミランダと、対峙した経験のある魔王ガルドぐらいだ。
「あんなとんでもない女はやめましょうガルド様」
「あぁ? だから良いんだろうが。嫁にするならあんな女が良い」
「正気ですか!? あんなのもう人類ですらないですよ!?」
2メートルの長身を誇るアルベールと大差ない背丈を持つ巨漢の魔王ガルドと、副官のジルヴァは部下達に指示を出しながらそんな会話をしていた。
ガルドと比べたら貧相に見えるジルヴァだが、それは彼が頭脳派なだけである。短い赤髪と知性的な顔立ちが特徴だが、決して戦えない男ではない。
むしろ魔王軍の中では強い部類であり、知力と武力でナンバー2の地位まで上がった男だ。
しかしその彼をしても、イリアを嫁にしたがるガルドが理解出来なかった。ジルヴァにはイリアが得体の知れない化物にしか見えない。
最早同じ人類とすら見ていない。ドラゴンが人に化けていると言われた方がまだジルヴァにも納得が出来る。
「それに、あっちの方も悪くねぇな」
「……あの戦斧を振り回している人間の女ですか?」
「噂には聞いていたが、ルウィーネの女王も肝が据わっていて良いじゃねぇか」
「あれも大概おかしいでしょう。いい加減に普通の魔族の女性を選んで下さい」
イリアはどちらかと言えば魔法に特化したタイプで、肉弾戦を好んではいない。出来ないのではなく、得意なのが魔法の方だったというだけ。
対してルウィーネの女王ミランダは、イリアとは真逆で近接戦闘が得意な戦士タイプだ。
均整の取れた美しい肉体美からは、全く想像も出来ないパワフルさを誇っている。巨大な戦斧を軽々と振り回し、迫り来る魔物を葬っている。
戦斧だけでなく、肉弾戦も得意らしく拳打や足技も使用していた。その勇猛果敢な姿に、ガルドは興味を引かれているがジルヴァは呆れ返っている。
そして同時に思った、停戦協定を結んで本当に良かったと。こんな女達など相手にしたくないとジルヴァは心から思った。
「それより、このままで良いのですか?」
「あん? 何がだ?」
「魔素の異常ですよ。あの2人に任せきりで良いのですか?」
魔物の狂暴化と直接的な関係があると思われている魔素の異常流出。その修繕作業をしているのはイリアとアルベールである。
現状そんな事が可能な者は他におらず、アルベールが主導しイリアがサポートする以外に手立てがない。
だからと言って魔族以外の者に頼り切るのは危険ではないのか、というのがジルヴァの懸念である。
魔素の異常を直せるのなら、逆も出来るし何かを仕込む事だって出来るとも考えられる。
魔王軍の頭脳を担当している彼としては、どうしても完全に信用する事は出来ない。だからこその提言であった。
「構わねぇよ、任せておけ」
「ですが!?」
「お前の言いたい事は分かるがな、そんな小細工がアイツらに必要か?」
「そ、それは……」
今しがたジルヴァは思い知らされたばかりなのだ。イリアとアルベールの強さを。魔女と呼ばれる女王に、古の邪神である男の力を。
それよりも劣るミランダですら、真っ向から敵対するのは避けたいと感じたぐらいなのだ。
あの2人は小細工などしなくても、魔王軍など簡単に殲滅出来る事は想像するまでもない。
そもそも未成年だったイリアに、一度魔王軍はほぼ壊滅させられている。大人になった今のイリアに、普通の魔族など束になった所で相手にもならない。
例え10万の軍勢を率いたとしても、生き残るのはガルドぐらいだろう。だからこそガルドは、文句も言わずに梅雨払いに専念しているのだ。
「停戦するしかなかったのは、聖女の事もあるがアイツが何よりも問題だ」
「だからと言って、諦めるのですか!?」
「わぁってるよ! だから嫁に貰うって言ってんだよ。結婚するなら最低でもルウィーネの女王レベルでないとな」
勝つのは厳しいと分かっているからこそ、ガルドは婚姻により更に強い魔族の子を授かろうとしている。
その極上の相手がイリアだという事だ。もともとガルドは強い女性が好みであり、イリアはその条件に合致している。
何者も恐れないその気の強さもまた、彼にとっては好ましい要素だ。今回初めて戦っている所を見たミランダもまた、ガルドにとっては興味を引かれる相手だ。
イリア程ではないが、ガルドと互角に戦えそうな戦闘力をしている。彼はどこまでも実力主義である為、種族の壁など全く気にしていない。
そこだけ見ればガルドは、珍しく人間に対する差別感情を持っていない魔王であった。
「人間って奴は侮れねぇぜ。目移りしちまうなぁジルヴァ!」
「そんなの貴方ぐらいですよ……」
早く王として魔族の女性と結婚して欲しい部下の嘆きは、次々とやって来る魔物達との戦闘音に掻き消されていった。




