第79話 研究の成果
重力を操作する魔法についてはある程度形に出来たイリアとアルベール。他の異世界知識に比べれば、理解するのは簡単だった。
重力を操作しする事で実現した高速移動と、一定範囲に高い重力を加える魔法はほぼ完成した。
魔の森に移動していくつかの実験を行ったが、重力魔法はドラゴンですら圧殺する程の破壊力を発揮していた。
非常に強力な力を手に入れたが、しかしこれでサフィラに勝てるかと言うと微妙なラインである。
「威力は現存する魔法でもトップクラスですわね」
「しかし問題は範囲だな」
「そちらはもう少し改良が必要でしょうね」
ゼロから2人で作り出したばかりの魔法であり、改良出来る点はまだまだ多い。今はまだ直径50メートル程の範囲までが限界だった。
おまけに消費する魔力量が非常に高く、イリアやアルベールで無ければ発動すら出来ない代物だ。
先ず普通の人間には使用できない問題作であった。とは言え魔法として形になったので一区切りはついた。
あとは【経験値】と【パーティー】の概念を利用した魔道具の開発だが、そちらは今も難航している。
魔族領に向かうまで、残り1ヶ月を切っていた。その期限がジリジリと迫って来ている。
「重力魔法はこの辺りで良いでしょう」
「魔道具は……まだ実用には厳しい所があるな」
「現状の性能では完成とは言えません」
倒した相手の力を数値化して吸収する、という所まではどうにかこぎつけている。そこまではどうにか形に出来た。
しかしエレナが使って居た様に、増加させる事は出来ていない。そして【パーティー】の方は再現と呼ぶにはまだまだ及んでいない。
遠く離れた位置に居る者から、イリアの居る所まで吸収した力を運ぶという機能が特に難しい。
今までにそんな魔道具は存在していないのだから当然だ。近い機能で言えば通信用の魔道具だが、あれはあくまで音声を送受信しているだけだ。
戦って得た力の移動なんて機能とは別物である。一旦はそこから応用してはみたものの、一切の劣化なく届けるのは困難であった。
「無意味とは言えませんが、想定には届いていません」
「魔の森から王城までの距離ですら、6割まで減ってしまうからな」
「減衰する理由が分かりませんね」
試験運用を行う為に作られた試作品では、劣化版としか言いようのない仕上がりだった。
イリアが魔道具を所持して自分で倒す分には、概ね想定通りの動作をしている。しかし問題は、騎士に持たせる予定である子機の役割を持つ魔道具だ。
親機の役割を持つイリアの魔道具から、距離が遠くなればなる程届けられる【経験値】が減少してしまう。
この原因がハッキリとしておらず、あまりにも不安定だ。これでは効率的とは言い切れず、非常に微妙な出来である。
一応は使えなくもないが、このままでは想定の半分も効果が出ないのは確実だ。
「通信用の魔道具とは、違う物をベースにすべきでしょうか?」
「それとも完全に新しい視点が必要なのか」
「新しい視点、ですか……」
この魔道具自体がこの世界を基準にすれば全く新しい代物だ。別の世界から仕入れた知識で作られた、画期的な発明であると言える。
単なる一般人が使用するのであれば、とんでもない効果を持っている。これがあれば平民の青年でも、あっという間に騎士相当の力を得る事が出来る。
だがそれではイリアクラスの存在には力不足である。必要な総量が違い過ぎるので、一般に売る範囲でなら優秀なんて性能では足りないのだ。
一応イリアが所持して自分で使う価値だけは出来ているが、それだけと言えばそれだけだ。
「時間が足りませんね」
「せめて何かヒントでもあればな」
「例えるなら、魔力を別の相手に与える様な方法……」
現存する魔道具には、その様な機能はない。魔法陣でなら近い事は出来るが、それでは移動させられない。
布に書いてしまえば移動自体は出来るが、戦う時にいちいち地面に敷いて設置せねばならない。それでは戦闘行為などほぼ不可能だ。
イリアやアルベールなら可能でも、普通の騎士達では難しい。イリアなら出来る、という品では本末転倒でしかない。
イリアやアルベールが表立って動く事なく、秘密裏に力を得る為の道具を作っているのだから。
やはりここで必要となるのは、新たな視点や発想になって来る。イリアやアルベールにはない何かが必要だった。
「そうですわ! 聖女の支援魔法は参考になりませんか?」
「……可能性はあるな。私もそこまで詳しくはないが、求めるモノに近いかも知れない」
「ミアの所に行きましょう!」
聖女が使う支援魔法は、言うなればミアから力を対象者に届ける魔法。力を付与しているという意味では、今回求めている機能に役立つ可能性はある。
サフィラの裏をかく為のヒントが聖女の魔法というのは皮肉なものだが、その程度を気にするイリアではない。
利用できるものなら何でも使うのがイリアという女性だ。結局ミアの説明により幾らかのヒントは得られたが、期限が来てしまい開発は途中で終わる事になった。
魔族領から帰って来たら、またミアに話を聞きに行くという事で魔道具開発は中断となった。そしてイリアとアルベールは、これより魔族領へと向かう事となる。